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行軍

 収穫期後の乾いた砂塵に茶色く染まった風に目を開けるのもつらい。


 口の中に至っては砂を吐き出す唾液すらもう出ない。先頭に近い自分達でもこうなのだから、もっと後ろの人達はさらにひどい目にあっている事だろう。


 隣を行く旋風卿の大きな顔も、白蓮の小ぶりの顔も乾いた大地が吹き上げる砂をかぶって真っ白だ。前を馬で行く兵士長の黒の軍礼服も砂塵で白と黒のまだら模様になっている。


 その後ろに続く騎衛士の持つ『橙の国(とうのくに)』の軍旗、お互いの尻尾に食いつこうとしている黒と赤と白の三匹の竜を描いた大ぶりな三角旗も、巻き起こる砂塵に大きく揺れていた。


「あの軍旗は……」


 白蓮の呟きに、旋風卿が口を開いて答えた。


「黒の帝国を滅ぼした三匹の竜ですな。『橙の国』は黒の帝国の生き残りの国ですからね。自分たちの失敗を忘れないための便法というやつです」


 結社の者は、兵士長直卒として兵士長が率いる衛士の後ろをそれぞれの組ごとに固まって歩いており、どの組にも属していない白蓮と、よそ者の旋風卿は自然と連れ添う形になってその列の後ろを歩いていた。


 その前をあのちょび髭の徴税吏がなぜかこの隊にいれられており、時折ぶつぶつと呪詛の言葉を唱えながら前をとぼとぼと歩いていく。


「これって、軍隊って呼べるもんなのでしょうか?」


 白蓮はその後姿を見つつ、傍らを黙々と進む旋風卿にたまらず聞いた。旋風卿は白蓮に向って、


「急ぐやり方としては合理的ですな」


 と手短に答えた。 


 塊の街へと進むこの隊列は、街道の真ん中に輜重が列を作り、住民たちが交代でそれを押しながら進んでいた。


 輜重の荷台にはなにやらさび付いて廃棄寸前の槍やら、胸甲やらが無造作に積み上げられている。荷車を押していない者は街道の脇を輜重の邪魔にならないように列を作って進んでいた。


 衛士達がその列の前後を牧羊犬のごとく馬で駆け回りつつ、立ち止まったものを棒でつつき、地面に尻をついたものには鞭をくれて急がしている。


 これは軍列などではなく、どこかに連れていかれる囚人の列そのものだ。


 ただ荷物が軽いのは助かった。背嚢一つに水と食料だけ。それも昨日からの行軍ですでにだいぶ減ってしまっている。あとは一の街を追い出された時と同じく着の身着のままだった。


「それに行軍日和ですね。この天気と大地なら輜重を連ねても泥に埋まることはない。君は少しでも雨が降った後で軍が通った街道を歩いたことはあるかね?」


 旋風卿の問い掛けに、白蓮はぶるぶると首を横に振って見せた。


「大勢の足でくるぶしまでつかるようにぬかるんだ泥道を一度でも歩けば、砂だらけでも固い道がどれだけ素晴らしいかよく分かるでしょうね」


「旋風卿は軍務の経験者ですか?」


「若い時に少しだけね」


「さっさと歩け!」


 立ち止まりかけたちょび髭の徴税吏が衛士の石突きに追い立てられ、ふらふらしながら辛うじて前へと進んでいる。旋風卿はその姿を見ると前を行く兵士長を見据えながら声を上げた。


「白蓮君。私はね、ここの衛士達は生温いと思っているんですよ。こんな槍でつつくくらいでは行軍速度は対してあがらない。まったくもってなってない」


 旋風卿は辺りをじろりと見渡すと先を続けた。


「囚人でもなんでも連れてきて見せしめに4~5人切ればよい。そうすれば連中はもっとまじめに歩きます。まあ、囚人連中のようないかにもというよりは住人達と同じに見える者を切った方が効果覿面ですな」


 そう告げた彼の姿には何やら殺気のようなものまで感じられた。


 旋風卿の声が聞こえたのか、徴税吏が慌てて前の方へと進んで行く。白蓮は旋風卿も人が悪いななんて思っていたが、旋風卿の顔を覗き込んで身震いした。


「白蓮君、私はねさっさと終わらせて妹を迎えにいかねばならないんだよ」


 この人は全く冗談なんかで言っていない。完全に本気だ。


 本当にこの歩みが遅いと思ってご機嫌斜めだ。恐ろしや、この人が衛士だったら4~5人なんかじゃなく止まった者すべてが殺されていただろう。


 日がだいぶ傾いて、衛士にどれだけ石突きでつつかれようがうごけないもの達が出始めたころ、やっと兵士長から「大休止」の合図が出た。


 普段から歩きなれているとはいえ、結社のもの達も疲れは隠せない。みなその声に合わせて倒れるように地面に座り込んだ。


 白蓮も皆と同様に地面に座り込んだ。だが白蓮の横で旋風卿は砂塵に大分薄汚れてしまった黒い外套を風になびかせながらじっと前方を眺めていた。


 街道の先の両側には自分が採取によく訪れる『追憶の森の』外縁部が黒い影を落としている。


「白蓮君。ありがたいことに相手の方も急いでくれたようですよ」


 旋風卿が前方の森の切れ目を指差した。旋風卿が見据える先には沈み行こうとする夕日を受けて鈍く輝く槍の列が幾重にも並んでいる。塊の街の軍勢だ。


 明日の朝にはこの槍が自分たちに向かってくるのだ。考えろ白蓮!お前には助けを待つものがいる!


 白蓮は収まりの悪い灰色の髪を両手で必死にかきむしった。


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