表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
229/440

千夏

「美明さん、お呼びですか?」


「あんたはまだマナ除け気分が抜けていないね。ここでは姐さんと呼ぶんだよ」


「はい、美明姐さん」


「もう、本当にしょうがない子だね」


 美明さんが僕らの前に立った女の子に向かって、僕を指し示した。向こうで歌を歌っている、真ん中辺りを紹介した方がきっといいと思いますけど……。


「こちらは白蓮さん。探索組の新人さんだそうですよ。この子は千夏(ちか)という子でここの新入りで、私が面倒を見ている子なんです」


 見ると、髪は肩を超えるぐらいに揃えている。美明さんと同じ黒髪の子だ。年はふーちゃんと同じくらいだろうか? それほど差はないはずだ。


「はじめまして白蓮と申します」


 とりあえず立って、彼女に向かって頭を下げる。それから右手を差し出した。挨拶は大事です。ふーちゃんの座右の銘ってやつですからね。


千夏(ちか)、何をぼうっとしているんだい?」


「あ、千夏といいます。よろしくお願いします」


 くりくりした大きな目がこちらを見た。油灯でよく分からないけど、目の色も黒かな? 一応紅をさしているらしいが、他の人と比べたら、ほとんど化粧をしていないと言ってもいい。あの花輪ちゃんが大きくなったら、きっとこんな感じだっただろう。


「あのね、ここは酒場なの。組の挨拶じゃないんだけどね。お願いだから、次に力の紹介とか始めないでください」


 美明さんがあきれたように僕らを見た。


「千夏、何をつったっているんだい。お客さんが座れないじゃないか?」


「美明さん、私は……」


「姐さん!あんたは本当にマナ除け気分が抜けていないね」


「あ、姐さん、私は……」


「千夏、いいのかい? 私がとっちゃっても。この人はついさっき、森で新種を狩って帰って来た人だよ」


「新種!? 本当なの?」


「たまたまですよ。たまたま」


 このネタはずっと続くのかな? 面倒くさくなってきた。もう無限さん辺りが狩ったでいいんじゃないですか? この件じゃふーちゃん受けするとは思えないですしね。多分、「あ、そう。ふーん」ぐらいで終わりですよ。


「どんな奴」


 あれ? 千夏さんとかいう子が、いつの間にか横に座っている。美明さんはどこに行ったんだ。あの、何ですかその口元に手をやって、息を吹きかけているのは? そんな手信号無いですよね? 意味わからないんですけど。


「ちょっと、こっちに集中してください。あなたは新種を狩ったんでしょう?」


 千夏さん、ちょっと顔が近いですよ。さっさと説明して終わりにしよう。


「蜥蜴もどきですね」


「蜥蜴もどき?」


「大きな蜥蜴ですよ。うろこは細かくてほとんど目立たないから、ぱっと見は胴が太った蛇に手足をつけたという感じですかね?」


「大きさは?」


「そいつは尻尾の先までいれれば、12杖(12m)くらいですかね。もしかしたらもうちょっと長いかも。でも頭から後ろ足までは、5〜6杖あるかないかぐらいかな?」


 千夏さん、顔が本当に近いですよ。だいたい手が僕の太ももに思いっきり乗って居ます。勘弁してください。


「他に特徴は?」


 何だかな。もう監督官を前に調書を書いている気分になって来た。


「鱗の地の色は真っ白です。でも生きているときは、周りの色に合わせて色が変わっていましたね」


「色が変わるの?」


「ええ、鏡みたいなというより、うろこの一枚一枚の色を、周りの景色に合わせて変えている感じかな?」


「そいつの目と、舌の色は」


「血のような赤」「血のような赤」


 二人の声が重なった。この子はあれに会ったことがあるのか? なら話は簡単だ。新種だというのは無限さん達の勘違いだ。いまや彼女の片手は、僕の膝の上で体重を支えて、もう片手は僕の胸元で体を支えている。彼女の顔は僕の目の前だ。


「ああ、新種ではないという事ですね」


「いや、新種よ。誰も見たことはないはず。私も話に聞いただけ」


 彼女の僕を見る目が怪しい光を帯びている。何だろう、このうっとりとしたようなよく分からない目は。


「今の話は私の祖父から聞いた、黒の帝国時代からの伝承。私は『壁の国』の人間で、それを確かめたくて国を出て冒険者になったの」


 なるほど、そう言う事か。


「けれど私の実力では城砦に入ることが出来なかった。でも城砦じゃ無ければ確かめようがない。それでここで働くことにしたの。でも、冒険者として諦めた訳じゃない。ここなら色々と伝手も出来るって聞いているし、いつかは必ず嘆きの森に潜ってみせる」


 彼女が僕の目をじっと見ている。勘弁して下さい。そんな目で見られたら、耳の後ろが熱くなるじゃないですか。


「ありがとう」


 この子は何を言っているんだ? それに何で彼女は泣いているんだろう。彼女の大きな目から涙が一粒、二粒と頬を伝わって落ちていく。


「あなたは祖父が言っていたことが本当だと証明してくれた。私以外は、誰もおとぎ話だと言って信じていなかった」


 彼女の顔というか、唇がもう当たりそうなほど近い。何やら柔らかい物が胸にあたっている。これは無限さんじゃなくてもむらむら来そうなやつだ。だが彼女には聞かなくてはいけないことがまだ残っている。その前に機嫌を損ねられるのはまずい。


「千夏さん、あなたの祖父は蜥蜴もどきの急所がどこか知っていましたか?」


「前足の間の中央」


 一気に酔いが覚めた。この子は本物だ。今の城砦にとって、この子の知識は二つ名持ちなんかよりよほど重要だ。


 無限さん、仁英さん、何で二人とも床に転がっているんですか。とても大事な事が分かったんですけど。


 あれ、ちょっと何も見えないじゃないですか。千夏さん、前が見えない……唇を塞がないで……息が出来ない。


 本当に勘弁してください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ