表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/440

意地

「それは本当か?」


 復興領子爵、(かい)家の13代目当主、(かい)知覧(ちらん)は密偵から早馬で届いたばかりの報告を見て思わず声をあげた。


 部下や領民の前では冷戦沈着に振舞う事を日頃心がけている彼にしては、まさに思わず声がでてしまったとしか言いようがない。


 あの狂人が住民で軍を起こしてこの塊領に向かわせているだと!


 報告によれば、それは軍と呼ぶには程遠いもので、徒手空拳で一の街の城塞を追い出してはひたすらここへ進むように追い立てている。


 そんなものは軍ではない単なる難民だ。彼は塊の街の郊外に陣を引いて他の子爵の到着を待っていた。


 やっと面倒な面子や利害関係の調整が終わり、後は集結を待って一の街に向かうだけだというのに、一体どうしたことだ。一の街の城壁をすてて奴らがこちらに向かってくるとは?


 知覧は、40代半ばのまさに働き盛りとでもいうべき男で、他の三領主が少し腹が出ている、いかにも領主様という体をしているのに対して、引き締まった体をしていた。


 背はあまり高くない。そして頭の毛はかなり薄くはなっていたが、日に焼けた顔と短く切りそろえられた髭と合わせてこの人物の精悍さを引き立てていた。


 彼自身も自分が他の三領主と同じ単なる田舎者だとは思っていない。若い時には内地に行って軍にも所属し、努力して宮廷に連なるものにも知り合いを作ってきた。


 逆に当主としてこの地に戻ってからは、率先して開拓の指揮をとり、危険を冒して森に入ることもいとわなかった。


 領民には公平を持って臨み、先代と違い特定の商家に肩入れをせず均衡を保ちながら商業の発展にも尽くした。


 その努力が実って今では、この塊領は一の街をしのぐ復興領での第一の街に育ちつつある。この地は13代にわたる努力の成果をやっとつかみつつあるのだ。


 そこにあの狂弟がやってきた。すべての街を直轄にし、税を復興領税として一括徴収、そこから各領主に統治費用として下げ渡す!?


 いったい誰が切り開いた誰の土地だと思っているんだ。宮廷雀どもが歌や踊りにうつつを抜かしている間、こちらはひたすらこの地を少しでも豊かにするために努力をしてきたのだ。


 一方で、彼はこの少しはましになったことこそが、宮廷の目をこの復興領に向けさせた原因であることも分かっていた。


 それがこれから我々が力をつける前にこの地を奪う事にしたのだ。その点で言えば、もっとゆっくりかつ確実に力をつけていくべきだったのかもしれない。


 しかし少しでもいい暮らしをしたいという人々の願いを無視することなどできるだろうか?


 この復興領はその願いが無ければ生き抜くことなどできない土地だ。それを今どうのこうの言っても始まらない。


 あの狂人がここに送られてきたのは、彼の甥たち、次の国王を狙うもの達がともかくあの男を宮廷から遠くにやっかい払いするためだ。つまり奴に内地から助けが来ることは絶対ない。


 宮廷雀どもは我々がやつを撃った後で今度は我々からこの地を取り上げるつもりだろうがそうはいかない。


 一の街を抑えてしまえば内地から長躯ここまでくる軍を我々だけでも十分抑え込むことができる。その間に力を蓄える。


 そうすれば宮廷雀どもの中には我々を排除するのではなく、手を組んだ方が得だと思う奴が出てくる。


 昨年から優柔不断を絵に描いた現国王が病に伏して以来、この国は誰が次の国王になるかはまだ決まっていない。


 ここを狙う勢力があれば、かならずそれを快く思わない勢力がいる。例外はあの狂人だけだ。あの男は、あの男以外のすべてのものから忌み嫌われている。そもそもどうしてまだ命を保っているのか不思議なくらいだ。


 残念なことに高い金を払ってこちらが送った刺客の手を奴は逃れた。それで済めば話は簡単だったのだが。確かに宮廷雀の噂通り悪運だけには恵まれているらしい。


 知覧はそこまで思いを巡らせると、この絵を描いた奴の目論見が何か分かったような気がした。


 つまり先ずは四子爵家の中で一番に力があるこの塊家を弱らせる。そのため一の街の住人達を追い出して一路こちらに向かわせたのだ。


 我々がそれを撃てずに難民として受け入れれば、こちらの進軍が止まる。またこの難民をどうするかで四子爵家は長い押し付け合いをはじめるだろう。もちろん塊家だけで彼らを引き取るわけなどいかない。


 住人が減れば食料が持つので奴は一の街を維持できる。膠着状態だ。そのうちに宮廷雀の誰かが奴に援軍を送る気になるかもしれない。


 逆に我々が、一の街の住人を迎え撃った場合はどうだろう。いかにあの狂人の命令の結果とは言え、直接手を下した我々は一の街の者たちから深く恨まれる。


 その負の感情はこの地に混乱をもたらし、内地が次に軍を送ってきたときに我々はこの地を維持することができない。


 あの狂人の考えとは思えないが裏で糸を引いているやつはかなり切れるやつだ。どっちを選んでもこちらに得な事はない。


 だが、これ以外の結末を得られる手段は何かあるだろうか?


 一の街の住人達もこの復興領の人間だ。我々と戦などしたいと思っている訳ではない。一の街の住人をあの狂人のくびきから解き放って、一の街へと押し返せばいいのだ。


 あの狂人は人質を取っているらしいが、人質に手をかけるのは我々ではなくてあの狂人だ。そうすれば、一の町の住人達の怨嗟はすべてあの狂人と内地の者たちに向けられる。そして次に内地からくる連中に対する強力な結束力になり得るはずだ。


 問題は一の町の住人が難民になるのか、それとも自分の街を家族を取り返そうとする戦士になれるかの分岐点、一の街からの距離こそがこの戦の要という事か。つまりお互い時間の勝負ということだな。


 他の三領主をここでのんびりと待っている暇はない。なるべく一の街に、復興領城塞に近いところで奴らを迎え撃つ必要がある。


 あの狂人が内地から連れてきた兵は1000そこそこだ。一の街の守りにも人を割いているだろうからこちらにこれる数はもっとすくない。しかもこの復興領を、森の近くでの暮らしを知らぬ者ばかりだ。今まさにやつらはマナ病で苦しんでいる。


 こちらは農繁期が終わった後で2000は動員できるし、みなあの狂人に怒っていて戦意はすこぶる高い。ゆえに多少の強行軍になっても消耗は最低限に抑えられるだろう。


 会敵の後で一の街の城塞を落とすのは何の問題もない。あそこは数百の兵ではとても守り切ることはできない。城壁はここ数十年何も手入れをしていない隙間だらけだからよじ登ってでも十分落とすことは出来る。


 どうせ攻め込む前にあの狂人は内地へと逃げ帰り、責任を取らされてお終いだ。いや内地にたどりつく前に一の街の住人に八つ裂きにされるだろう。


 ここをがら空きにしたらあの田舎領主どもが裏切ってこちらを攻めるという事はあるだろうか?


 密偵によればやつらはまだ隊列すらろくにそろえていない。やつらの動きの遅さには本当に辟易したが、今では奴らの腰の重さは我々の保険の様なものだ。


 もっとも森にもろくに入ったことがない奴が率いる軍などおそるるに足りない。もしもの時は単に取って返して撃つだけだ。


 あの狂人と一緒に内地の有名な将が随行しているらしいというのは気になるが、息子を奴に殺されているという話だ。奴のためにまともに戦などする気はないだろう。


 事の後で生き残っているようならむしろこちらに鞍替えさせればよい。宮廷雀の連中には我々同様恨み骨髄のはずだ。


 知覧は勤勉なだけでなく慎重な男だった。自分の思案に漏れがないか慎重に再検討した後に、満足げに頷くとそばに控えていた兵士長に声をかけた。


「馬を引け。いますぐ出陣だ!」


 そして、背後でお茶の準備をしていた妻に声をかけた。


「行ってくる。お茶は帰ってきてからだ」


 妻のためにも、子供達のためにもここで引くわけにはいかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様です。さっそく読んでみました。これ、戦争の形態としては、帝政ローマ?それともナポレオン時代あたりを想定しているんでしょうか?歴史好きとしてはちょっと気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ