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虜囚

 本当なら夕飯の刻だろうか?


 すでに夜の帳が落ちた街を、私を含めた女性達は荷車の上にのせられてガタゴトと進んでいた。


 時折、通りのあちらこちらから悲鳴やら、何か物が壊れる音やらが、荷車があまり舗装の良くない石畳に立ててる音を通り越して響いてくる。


 色々と悪化はしていたけど、昨日の朝まではまだ普通の暮らしが続くと思っていたのに。一体どうしてこんなことになってしまったのだろう? きっと説明されても私の頭では理解できないだろうけど、誰かにそれを聞きたくなる。


 頭の中に白蓮のいつもの「ふーちゃん、そんなことも……」という声が聞こえてくる気がした。今は白蓮は私の横に居てはくれない。


 そういえば、何で白蓮は私にあんなに偉そうな態度で、私に何かを説明しようとするんだろう。ちょっと前までは何も知らなかったうえに、自分のことも覚えてないくせに。


 前を見ると、馬に乗って先頭を行く兵士長の後ろで、甲冑を着た衛士達がきれいに並んで小走りの速さで進んでいく。その幾人かが持つ松明の明かりが、行く先々の左右の建物や石畳を黄色く照らし出している。


 その明かりに挟まれるように旋風卿の大きな体と、その隣ではまるで子供のように見える白蓮や、眼帯男の組の生き残りが見えた。そして兵に小突かれながら本当にとぼとぼと歩くちょび髭の徴税士が見え隠れする。


 ちょび髭は、結社の前を出発するときに兵士長に向かって


「本官……は、職務にぃ戻ります」


とかなりどもりながら言っていたが、兵士長は不思議そうな顔をして


「徴税士殿、先ほど私はここに居る者は、即時に軍と行動を共にすると言ったはずだが? これからの貴公の職務は槍を持ち、王弟殿下にさからう不埒者に掣肘を加えることです」


と告げたうえに、


「貴公は極めて仕事熱心らしい。貴公には是非我が軍の前衛でご活躍願いたい」


と宣言した。ちょび髭の顔は恐怖を通りすぎて埋葬前の死人のようだった。


 今までの彼の白蓮に対する経緯があったので心中拍手喝采の思いだったのだが、こうして兵たちの槍の石突で小突かれながらとぼとぼと歩く姿にはさすがに哀れを感じてしまう。


 もっとも、こんなんだから私はだめな人間なのかもしれない。


 荷車の方には私に世恋さん、百夜ちゃん、そして歌月さんが乗っていた。兵士長は怖い人だけど私達女子供を槍の先で小突きながら歩かせるようなことはしない人らしい。


「縄にでも括り付けられて領主館まで歩かされるのかと思ってました」


 私は荷馬車で隣に座っていた世恋さんに問い掛けた。


「風華様、大丈夫ですよ。私達は結社の兄弟姉妹です。そんなにひどい目には合わされないと思います。白蓮様のご活躍で戦もすぐに終わります。それにお兄様もおります」


 彼女は私を励ますように、にっこりと微笑んで答えてくれた。お兄様は確かにご活躍されると思いますが白蓮の活躍はちょっと難しいと思います。


 白蓮は生きて帰ってこれたらそれだけで百点満点です。私としては彼にはただそれだけに注力してほしいと思っています、と心の中で付け加えた。


 私の目の前にいる世恋さんは、彼女の祖国、高の国のものだろうか、深緑色の異国情緒の頭巾付きの大外套に、山羊の裏地を張ったものを羽織っており、こげ茶の革の長めの上着を着ていた。


 下はもう少し明るめの茶色のぴったりとした細袴に脛より下には、白い脚絆を外套と同じ深緑の短革靴まできっちりとまいている。革はすべて油をよくなじませたものらしく衛士達の持つ松明の灯を鈍く映していた。


 さすが旅慣れた人の出で立ちは違います。私は白蓮の貧乏冒険者ご用達の薄手の大外套に、腰までの麻色の上着、白い(いまはお尻のあたりなんかはほぼ泥色ですけどね!)普通の細袴。まあ働く町娘がちょっと遠出する時の服装そのままです。


 それにいったいどういう仕組みか分かりませんが、私みたいに荷車が揺れるたびに舌を噛みそうになる座り方はしていない。


「あんたは見かけはちょっといいけど、頭の中はそこの小娘と同じでお花畑だね? 小娘、あんたなんかに縄をうったら歩みが遅くなってしょうがない。荷車にのせてまとめて運んだ方が楽で都合がいいだけだよ」


 荷車の端でむっすりと黙り込んでいた歌月さんが私達に向かって独り言のように呟いた。


 一番離れて座っている歌月さんは、黒地の前を紐で止める形式の結社制服の上に、冒険者用の皮の短外套を羽織り、靴と一体になった革の細袴(ズボン)を穿いていた。


 やっぱりこの人も一目で結社の者と分かる姿が様になっている。彼女の制服の紐止めは黒光りする牙だ。黒犬、追憶の森では厄介な上に集団でいる危険なマ者、その鋭い犬歯を加工したものらしい。


 家にも父の用具入れの中に加工前のものがいくつか転がっていた。ここの結社ではこれを狩れるようだと一人前と認められるらしい。


 そして最初に狩れた時に記念にそれを自分の装飾としてどこかに持つと父から聞いたことがある。歌月さんて単なる結社の受付(監督官って要は受付ですよね?)という訳ではないらしい。


 彼女は世恋さんをじろりと見ると先を続けた。


「これから先、一番つらい目にあうのは、多分あんただろうけどね」


 そう言うと世恋さんに向かって肩をすくめて見せた。


「歌月様、大丈夫ですよ。『信じる者はすくわれる』じゃないですか?」


 さすがは最強種様。大変心強いお言葉です。歌月さんは、フンと鼻をならすと荷車の外を向いて後はずっと黙ってしまった。


 百夜ちゃんは、何がうれしいのかよく分からないがご機嫌ならしく、たまにぴょんぴょんと体を動かしながら鼻歌なんだかよく分からないものをかすれた声で歌っている。この沈黙はすごくつらい。やっぱり白蓮がいないと調子が狂う。


 私がこの謎の鼻歌らしきものと沈黙に必死に耐えているうちに一行は、領主館前のそれほど広くはない広場へと入っていった。


 いつもは真っ暗なはずのそこは多くの松明の明かりに照らされて、まるで収穫祭の祭りの時が如く人、人、人であふれかえっていた。


 祭りと決定的に違うのはそこから聞こえてくるのは歓声ではなく、女性のすすり泣く声とときおり聞こえる衛士の怒号だった。まるでこの世の最後に来ると言われている審判の時が今この場で起こっているかのようだった。


 広場に居た衛士の何人かが兵士長の元に駆け寄って来た。彼はそれらの衛士に何やら指示を出すと、ふり返って私達の方を指さした。


 私達は指示された衛士にやや乱暴に(世恋さんは、なんか丁重だった気がしますけど、気のせいですよね?)荷車から降ろされると兵士長の一行から領主館の一角の方へと引き離された。


 白蓮と離れ離れになってしまう。思わず乱暴に引きずっていこうとする衛士に抵抗して白蓮の方を振りかえると、


「ふーちゃん、すぐ戻ってくるからさ、」


 白蓮は腫れたひどい顔に笑みらしきものを浮かべて私の方へ手を振って見せた。


「黙れ!」


 衛士の槍の石突きが白蓮の腹に打ち込まれた。体を折り曲げて必死に痛みに耐える白蓮。なんてかわいそうな。今日腹を殴られるのは一体何回目だろう? でも白蓮はむりやりにこちらに再び笑顔を向けるとまた口を開いた。


「さみしいと思うけど、ちょっとの間だから辛抱して、」


 今度は衛士の槍に足をすくわれて転倒させられる。目配せぐらいにしておけばいいのに。本当に〇〇なんだから!


「白蓮、絶対無理はしないで!」


 衛士に体を引きずられながらも私は必至に叫んだ。でも私の言葉は白蓮には届かなかったと思う。


 辺りは多くの女性や子供があげる悲鳴や泣き声に満ち溢れていた。私が素直についていかないのに腹を立てたのか、私の腕を掴む衛士の手に力が入った。


 そのあまりの力に本当に腕が折れるかと思った時、世恋さんが私の腕を衛士から奪った。そして私に向かって、


「風華様、大丈夫ですよ。すぐにまた会えますから。それにここで抵抗してもあまり意味はないと思います」


と励ましてくれた。最後の台詞はどちらかというと私に言い聞かせる感じだった。


 私は彼女のおかげで少し落ち着きを取り戻すことが出来たが、今度は世恋さんが衛士に殴られるんじゃないかと心配になった。


 でも世恋さんはさきほどまで私をあれほど乱暴に扱っていた衛士に向かってただ一言、


「参りましょう」


と告げると私と百夜ちゃんの手を引きながら前を歩いていく。私はおそるおそる振り返って後ろからついてくる衛士を見た。


 兜と一体になった面頬のせいで表情を読むことはできないが、すくなくとも怒り狂っているようには見えない。


 はい分かりました。世恋さんと私では当然扱いが違うんですね。最強種恐るべしです。歌月さんはというとむっとした表情のまま私たちの後ろをついてきていた。


 私たちが連れ込まれた場所は領主館の広場の横にいくつか天蓋をつなげて作った場所で、この中も大勢の人、人、人であふれかえっていた。


 今年は行われていないが収穫祭の後だからもうだいぶ涼しい季節なのだが、この集まった人の数で天蓋の中は真夏よりひどい蒸し暑さと、恐怖におののく人たちが放つ酸っぱい匂いやらの悪臭が漂っている。


 きっと私も似たような匂い、いやもっとひどい匂いをさせているに違いない。昨日から一度も水浴びも着替えもできていない。


 ここに集められているのは、北側に住んでいる大店だったり、えらい役人だったりの奥方やら娘子供が多く集められているらしかった。


 着ている服がみな私の様な庶民とはまったく違う。歌月さんがあのちょび髭徴税士の前で来ていたようなお高い、そしてお高く止まったものばかりだ。


 ここに集められた人たちこそ自分たちがこんな目にあうとは思いもしなかった人達だろう。残念ながら私がこの中で一番みすぼらしく汚く見えるに違いない。


「もっているものは全部差し出せ」


 奥にいる兜と面頬を後ろに落として顔を見せていた衛士が、天蓋内の人々に命じた。そして手直にいたいかにもか弱いご令嬢らしい女性の手を引き上げると、


「俺としては、隠し持ってもらっても別にいいがな。後で我々でじっくり調べるだけだ」


 と告げて、いかにもいやらしそうな眼付きで人々を眺めながら周りの衛士たちに同意を求めた。幾人かの衛士たちが彼に同調して卑下た笑いを漏らす。


 あちこちから漏れ始める子供の泣き声やらすすり泣きが響いた。いやらしい目つきの衛士は大声で、


「誰が声をだしていいといった!」


と叫ぶと、入り口あたりにいた私達、いや世恋さんに目を止めた。


 衛士は猟犬が極上の獲物を見つけたような表情を見せると「ひゅー」と短く口笛を吹いた。天蓋内にいた衛士もそこに集められていた住人達も全員が私たちの方を振り向く。


 口笛を吹いた衛士はまるで音楽に合わせて飛び跳ねるかのように私たちの前に進むと、世恋さんの顔をまじまじと覗き込んだ。


「おい、こいつらは?」


 彼は、私たちを連れてきた衛士に尋ねた。


「分隊士殿。兵士長がさきほど結社から直接連れてこられました。なんでも二つ名持ちの結社の一員の人質と、明日の結社のやつらの確認役だそうです。二つ名持ちの人質は丁重に扱えとの事でした」


「結社のねぇ。とてもそんなあぶないことが似合いそうには見えないが……。もちろん丁重に扱わせていただきますよ。おい、この小娘たちも結社のやつなのか?」


 男は信じられないという表情丸出しで私と百夜ちゃんを指さした。百夜ちゃんはらんらんと光る左目でこの分隊士を面白そうに見ている。


「よくは分かりませんが、そのようです」


 そうですよね。見えませんよね。何せ今朝入ったばかりの新入りも新入りのほやほやですから。他のお二人とは格が違いすぎます。


「おまえ……」


 私は慌てて百夜ちゃんの口をふさいだ。世恋さん、だっだい丈夫です。今回は私が担当します。分隊士はさもうさんくさそうに私と百夜ちゃんを眺めた後、再び世恋さんに向き直った。


「お嬢さん、そんなにいやそうな顔をしないで頂きたいな。こう見えても女性には優しく紳士的だと評判なんだ。でもとりあえずは胸の証でも見せてもらおうか?」


 これが男の本性という奴ですか? ニタニタした笑い顔でこちらを見る。気持ち悪い。本当に寒気がする。見ると心なしか世恋さんも青白い顔をして気持ち悪そうにしている。


 分かります、分かります。こんな男にそばに寄られたら寒気もしますし、鳥肌も立ちますよね?


「分隊士様、このような小娘なんかより、」


 歌月さんが世恋さんの胸元をのぞき込もうとしている分隊士の横に行こうとすると、世恋さんがその腕をつかんで自分の後ろへと追いやった。


「歌月様。ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です」


 世恋さんは、この下劣男を見上げるとにっこりとほほ笑んだ(もったいない!)。


「分隊士様、証をお見せするのは藪嵩ではありませんが、さすがにここは人の目がありすぎまして少し恥ずかしい思いがします。できましたらもっと静かで他の方がいらっしゃらないところでしたらご希望に沿えられるかと思うのですが……」


 えーーーっ、世恋さん、あなた何を口にしているか分かっているんですか? それってまるで世恋さんからこの下劣男を誘っているようにしか聞こえないじゃないですか!


 分隊士は、世恋さんの台詞を聞くと、今や食事の前の飼い犬のようによだれをたらさんばかりの表情を浮かべた。彼は背後に控えていた別の衛士に、


「尋問室の空きはあるか?」


と尋ねた。


「分隊士殿、尋問室は特に予定がないので空いています。でもいいんですか? 人質は分けて収監しろと言われていますが?」


「こいつらは、結社の家族ではなく一員らしいからな。別々に分けてそれぞれ騒ぎを起こされたりするとめんどくさそうだ。こんな天蓋よりは尋問室に収監した方が逃げられたりする心配もないだろう。おい、こいつらを尋問室まで連行するぞ」


 分隊士は背後の二人に声をかけると、率先して私たちを天蓋の外へと連れ出した。見上げると松明の明かりに領主館が黄色く照らし出されている。館とはあるが実際は砦のようなものだ。


 私達は前後を衛士達に囲まれてその外壁に穿たれた細く急な階段をのぼらされた。暗闇でよく足元が見えないのと足がすくむのでなかなか体が前にすすまない。


 昔はどんな高い塀の上でもへっちゃらだったのに。だれかに押されたら、足を踏み外したりしたら頭から下の広場に真っ逆さまで即死間違いない。


 でもこの後のことを考えるとその方がまだましなのかもしれないなんて考えが頭をよぎる。


 何を弱気なの風華。白蓮が戻ってくると言っていたじゃないですか!


 ここで死んだらあの〇〇だって、この世で独りぼっちになってしまう。それでいいんですか? こんな18(もうちょっとで19ですけど……)歳のみそらで人生終わってしまって?


 私は自分に気合を入れ直すと、すくむ足を全集中(ぱくりじゃないです~)で前へ前へと押し上げて先を行く世恋さんを必死で追いかけた。ここで「遅い!」とか言われて、石突きで押されでもしたら本当にお終いだ。


 私達は階段の途中にあった小さな扉から領主館の中に入った。所々に置かれた灯の燃えるジーという音だけが響いている。そのかすかな明かりが両側の壁を不気味に照らし出していた。


 私の後ろに続く百夜ちゃんはどういうわけか相変わらず鼻歌(?)らしきものを「ふんふん」と歌いながらずっと上機嫌だ。


 そして私達の先頭には同じように鼻歌交じりで上機嫌な分隊士がいる。きっとこれからするあれやこれやを色々と妄想しているに違いない。


 世恋さん、これは乙女の危機ですよ絶対に!


 彼は通路の角にあったいかにも誰かをここに閉じ込めますよという重い鋼鉄の扉の前で止まった。分隊士はゆっくりとその重そうな扉を引くと、その向こうに私達四人を押し込めた。


 暗がりに慣れた目を凝らすと簡素な木の卓に何客かの椅子と長椅子がある。天井は私たちの背の三倍はありそうで、その天井近くに鉄格子つきの落とし戸があり、そこからわずかに外の月明かりを部屋にもたらしてくれていた。


 そしてなにやら異臭のする穴というか、すり鉢状の場所が部屋の方隅にある。


 これってもしかしてお手洗いですか?


 目隠しも何もないんですけど。みなさんの前で、それはとてもとても使えません。


 許してください。本当にお嫁に行けないです。でも今はまだ持ちそうなので世恋さんや旋風卿の警告に素直に従って本当に良かったです。


 あっ、忘れていた。乙女の危機はこのお手洗いだけでなかった、衛士達だ。でもいきなり押し入ってくると思っていた分隊士の男は入り口で世恋さんに向かって、


「ここなら十分に静かだろう。満足か?」


と彼女に尋ねると、手にした角灯(ランタン)を世恋さんに差し出した。あれ、以外に紳士的ですね? 世恋さんは角灯を自分の手に取ると、


「はい。大変静かでありがたいです。ご案内いただきまして誠にありがとうございました」


と分隊士に向かって優雅に頭を下げた。なにやら満足げにうなずいた分隊士は扉の戸をガチャリと締めると、手下と共に通路を引き返していった。


 えっ、これで終わりでいいのですか? あの結社の証も、持ち物検査も何もしてないですけど……。これから一体何をされるのかと、張り詰めていた緊張の糸が切れて膝から床に落ちそうになる。


「おっしゃっていた通り紳士的な方でしたね」


 世恋さんは一つ溜息をつくと、手にした角灯の明かりの向こうで私に向かってにっこりと微笑んだ。


 気のせいだろうか天蓋で見た時より血色はだいぶ戻ってきている。もしかしたらこんな美少女相手だと世の男達は気後れしてとても手が出せなくなってしまうのかもしれない。


 〇〇な白蓮なら当然ですが、あんなおじさん達すら意のままに従わせるとは世恋さん、さすが最強種です。


「ここに来れて本当に良かったです。私は実は人見知りが激しいうえに人混みが本当に苦手でして。特にみなさんから注目されたりすると急に気分が悪くなってしまうんです。困ったものですよね?」


 そう言って、子供が親にいたずらがばれた時のように頭に手をやって、てっへと笑って見せた。


 えっ、本当に人見知りですか? 結社ではかなり優美にいろんな方に自己紹介をしていたような気がするんですけど!


「明日も奴らが紳士的だといいけどね」


 いつの間にか奥の長椅子に横になっていた歌月さんがつぶやいた。


「きっと大丈夫ですよ。皆さんお優しそうですから。でも歌月様、こちらはお返ししておいて頂いた方が良いかと思います」


 世恋さんは、長椅子に横たわる歌月さんの胸元に無造作に手を入れると、あのマ石をさっと取り出した。あっけに取れる歌月さん。でもそれを取り返しに飛びかかるほどの気力は今の彼女には無いようだった。


「勝手にしな!」


 捨て台詞を一つ吐くと、向こう側を向いて寝たふりをしてしまった。


「おい、おもからろい妹」


「はい、世恋です。百夜様。こちらはお返しした方がいいですか?」


「もつか?」


「はい百夜様。白蓮様やお兄様が戻るまでは」


「お前、やっぱりおもかろいな」


「はい百夜様。大変助かります。では皆様お疲れさまでした。今夜はもうお開きですね。お兄様が言った通り、今日は本当に長い一日でした」


 そういうと世恋さんは、手にした灯をふっと吹き消した。

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