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世恋

 私が夢のような寝所で静かに寝息(乙女は決していびきなんかかきません!)を立てていた頃、階下では白蓮が興奮気味に旋風卿に色々と話しかけていた。


「旋風卿は、ふー……風華さんのお父さんのことはよくご存じなのですか?」


 白蓮は気になっていたことを旋風卿に聞いてみた。保証人を引き受けるという行為は単なる好意で行うようなものではない。


「まあ、話だけですけどね。私とは世代が違います。あと、私のことは『アル』でお願いしますよ。公式の場でもない限り、二つ名は使いたくないんです」


 そう言うと、旋風卿は白蓮に向かって肩をすくめて見せた。


「そういうものなんですか? それよりも、風華さんのことは助かりました。僕からもお礼を……」


 頭を卓の上にこすりつけようとする白蓮に向かって、旋風卿はゆっくりと手を横にふった。


「本当に礼にはおよびませんよ。まあこんなことをしても、せいぜい今夜一晩くらいゆっくり寝かせてあげられるぐらいですかね」


 白蓮は旋風卿の目を見て、彼が自分を卑下しているわけでも何かを遠慮しているわけでもないのに気が付いた。


「あのお嬢さんは女ですからね。生き延びることはできるかもしれません。でも、あなたはお気の毒ですが、まず生き残るのはむずかしいでしょうな」


 旋風卿は白蓮の前にその大きく四角張った顔を近づけた。一体、何の話なんだろうか?


「今やこの復興領は、橙の国のあれやこれや、結社のあれやこれや、いらなさそうなものを全部ぶち込んで、黒の帝国よろしくすべて無かったことにする場所のようですからね。それで開けた場所にまた内地や結社でいらなくなったものを持ってくるつもりですよ。まあ、ゴミ捨て場というところでしょうか? 全く、二つ名持ちなんてものにされるとろくな事がないですね」


 旋風卿は白蓮から顔を離すと、天井の明かり窓を細い目をさらに細めて眺めている。その姿からは先ほどの発言には誇張も何もないことが感じられた。一体、ここで何が起きようとしているのだろうか?


 白蓮は自分を落ち着かせるために結社の職員の誰かが気を利かせたのか、目の前に置かれた白い茶器(カップ)に注がれたお茶に手を伸ばした。だが緊張からか、恐怖からか、指が思うように動かない。


「私なら、そのお茶を飲むのはお勧めしませんねぇ。まあ古典的な手ですけど血を見ないという点では紳士的ではありますな」


 白蓮は、ひっくり返しそうになった器をあわてて抑えた。器が皿とぶつかって「ガチャ」という音が人気のない結社の天井に大きく響きわたる。


「旋……アルさん!?」


「君も確かに面白いね。普段の私はこんなにしゃべる人じゃないんだ。申し訳ないが、明日以降は私は自分と妹が生き残るので相当に忙しい。君も結社の一員で彼の人の弟子ならば気概を見せてあの二人を守ってやるんだね。でも、一人は君の助力はいらないかもしれないな」


「英雄持ちのあなたでも?」


 旋風卿は僕の問いにうんざりした顔をしてみせた。


「白蓮君。英雄持ちなんてマ者相手ならいざしらず、人相手には全く意味はないよ。何人にも囲まれて朝から晩まで追い回されたらマナがあろうがなかろうがお終いさ。所詮は一人の力に過ぎない。百人、千人同士が争う場ではそれに大した意味はない」


 この二つ名持ちの英雄持ちは、自分が想像していた英雄像とは全く違う種類の人間、かなりの現実主義者らしい。


「お兄様、それでは私達の兄弟姉妹に対してあまりに冷たいのではないでしょうか?」


 その時だった。不意に旋風卿の背後からまるで鈴の音のような声がした。そしてその声の先には見たこともないような金髪碧眼の美少女が一人、白いお茶用の壺と器を手にして立っていた。その美少女は手にした壺と器を卓に全く音を立てずに置くと白蓮に向かって深々とお辞儀をして見せた。


「はじめまして白蓮様。アル・マインの妹の世恋(セレン)と申します。どうかお見知りおきを」


 そう言うと、頭を上げて白蓮に向かってにっこりと微笑んで見せた。白蓮は慌てて立ち上がると彼女に向かって頭を下げた。


「白蓮といいます。追憶の森で冒険者をしています」


 何を当たり前のことをしゃべっているんだ。しどろもどろもいいところだ。白蓮がそう思っていると、美少女は優雅に手を差し出して白蓮の手を握った。


「はい、お会いできて光栄です。どうぞお座りになってください。私もこれでも一応は結社の人間ですから、同じ冒険者ですね。実際は、兄の単なるお荷物ですけど」


 そう白蓮に告げると隣の旋風卿をちらりと見た。本当にこの人の妹なんだろうか?


 白蓮は言われたまま、糸の切れた凧みたいにふらふらと椅子に座った。このふわふわした感じはなんだろう? 普段ふーちゃんを相手にするときと違って頭の中が真白になる。


 世恋(セレン)と名乗った少女は旋風卿と白蓮の前においてあった器をとると、中に入っていた茶をきれいな放物線を描いて床に捨てた。そして自分が持ってきた壺から軽く湯を注いでもう一度床にすてる。最後にゆっくりと壺から、お茶らしいきれいな黄色の液体をなみなみと注いだ。辺りには柑橘系のさわやかな香りが漂ってきた。


「すっかり茶も、器も冷えてしまったみたいなので、暖かいものを入れ直しました。お口にあえばいいのですが?」


 そう言った世恋が少しばかり顔を傾げて白蓮の顔をじっと見つめた。


「お顔の傷は大丈夫ですか? 痛みがあるようでしたら、私の手元の物で良ければ何か薬などをお持ちいたしますけど?」


 白蓮はあわてて顔に手をやった。色々あって忘れていたが、昨日、あの衛士に殴られたせいでそれはひどい顔になっているに違いない。白蓮は耳の後ろが熱くなるのを感じながら慌てて手を横に振った。


「かすり傷です。今朝、ここに来るのに慌てて転んでしまって、おはずかしぃ……」


 最後の方はしどろもどろもいいところだ。旋風卿は何か言いたげに妹の方を見たがあきらめたらしく、彼女が入れたお茶を口元まで運ぶと一口すすった。


「さっきの偽物の香りとは違って本物の祖国の香りがしますね? 城砦からわざわざ持ってきたのかい?」


「はい、お兄様。見知らぬ土地の味を試すのも悪くはないですが、お茶だけは飲み慣れたものが一番ですから。長い旅路で香りがだいぶ飛んでしまっているのがちょっと残念です」


 それを聞いた旋風卿はしばし茶を楽しみながらも何か考えるような表情を見せた。そして口を開くと妹に告げた。


「宣戦布告かい?」


 兄の言葉に世恋が小さく頷いて見せた。


「はいお兄様。こういう事は、はっきりさせないといけません」


 妹の言葉に、旋風卿は二階に登る階段の方を少し振り返ると妹に尋ねた。


「今からで持つのかい?」


 世恋が再び小さく頷いて見せる。


「はい。兄弟姉妹の命もかかっていますので持たせないといけません。それにお兄様、私は白蓮様、風華様、それに百夜様、皆さんに大変興味があるのです。きっと私の良きお友達になってくれると思います」


 そう告げると、兄に向かってにっこりとほほ笑んで見せた。旋風卿は妹に向かってやれやれという表情をすると通用口の横の正門に目を向けた。そしてその細い目をさらに細めると妹に告げた。


「残念だな世恋。相手の方が一枚上手のようだ。申し訳ないがお嬢さんたちを起こしてきてほしい」


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