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弥勒

 その診療所は堀からほど近い広場から少し引っ込んだところにある、二階建ての木造の建物だった。


 診療所らしく表側は白い色で塗られていたが、風雨にさらされて端の方は地の木の色を見せている。曇ってはいたが窓には貴族の家みたいに硝子が使われていた。だが何か所かは割れたままらしく、油紙が張ってあるところが少し庶民的に見える。


「前の医者が引退してそのままになっていたところを使わせてもらっていてね」


 弥勒(みろく)と名乗った医者は、青い色で塗られた真ん中に小さく硝子の窓がついているおしゃれな扉を開いて私達を中に招いてくれた。百夜は白蓮の背中で目をつむっている。いつもは青黒くみえるその顔も、少しは上気しているように見えた。やっぱりつらいのだろう。


「あれ、先生ずいぶんとお早いお戻りですね。忘れものですか?」


「お客様、いや患者さんだよ三春(みはる)さん」


 奥から少し太った愛想のよい女性が現れた。


「おやおや、お休みの日の散歩に患者さんをつれて帰ってくるなんて、珍しいこともあるものですね。どうぞこちらにおかけください。何かお出ししましょうか?」


「君もお休みのところすいませんね。何か温かい飲み物をだしてもらえるかな? それとできれば胃にやさしい食べ物もお願いします。うちで住み込みで働いてもらっている三春さんだ。えっとこちらは……」


白亜(はくあ)と言います」


赤音(あかね)と申します。こっちは妹の黒子(くろこ)です」


 私達は三春さんに丁寧にお辞儀をした。


「おや、お若いのにしっかりした方々ですね。すぐにお持ちしますから、そちらに座ってお待ちください」


 そう言うと、三春さんは奥へと引っ込んでいった。三日月通りのおばさん達を思い出す。あんな事になる前はみんな優しい人達だった。白蓮との噂話など、とてもやかましい人達でもありましたけどね。


 そんな思い出に私がふけっている間に弥勒先生は百夜ちゃんを診察台に上にのせて服を脱がし始めていた。白蓮、百夜ちゃんだって女の子なんだぞ。少しは遠慮して向こうを見てろ。


「うん、虫とかに刺された跡はないね。多分疲れかな。ちょっと座ってもらってもいいかな?」


 百夜ちゃんがおとなしく診察台の上に座る。今日は『おもかろい』とか言う元気もないようだ。


「君たちは冒険者なんだね」


 弥勒先生が百夜ちゃんの胸に刻まれた目の紋章をみて驚く。ばれるとは思っていたけど、百夜ちゃんをほったらかしにはできない。この〇〇男が適当に言いつくろってくれるのを期待するだけだ。


 彼は百夜ちゃんの膝を小さな木槌でたたいた。何をしているんだろうこの人? 彼が木槌で膝を叩くたびに、百夜ちゃんの足がぴょこんと上がる。


「ちょっと栄養状態は良くないみたいだね。君たち野菜や果物とか少しは食べているかい?」


「復興領からずっと旅でしたから、そういうものをあまりいただく機会はありませんでした」


 白蓮が答えた。本当にろくなものを食べていませんでしたから……。


「小さい子ほど影響をうけるからね。これからは野菜類をきちんととってくださいね。疲れからきていると思うから、熱さましと胃の薬をだしておこう。疲れがとれればすぐによくなるでしょう」 


 この人、本物の医者なんだ。というか塀から落ちた時以外、ほとんど医者に行ったことが無かった私が想像する医者そのものだ。


「餌のにおいがするぞ……」


 三春さんが引っ込んだ奥の部屋から、なにやら鳥の出汁らしいいい匂いが漂って来た。これに反応するようなら、百夜ちゃんは大丈夫なような気がする。

 

「ちょっとだけ、肌をみさせてもらっていいかな、なんだろうな、全身の肌に出ているのか? まるで一部が何か別の生き物の肌が混じっているような感じに見えるね。生まれつきだろうな」


 弥勒先生が、百夜ちゃんの背中と腕を見ながらひとり納得している。多分こういう学者肌の人って、自分の興味があるものに集中している時は、周りは全く見えなくなるんだろうな。


 父の武器を眺めながら磨いているときの世恋さんがちょっと似た感じだ。彼女も『研ぎが』とか『つり合いが』とか一人でぶつぶついいながら磨いていた。


「驚いたな、この子も冒険者とはね。まあマナの才能は年は関係ないという話だから、そうなんだろうね」


「復興領を出て旅をするのには、冒険者になってもらうのが一番手っ取り早かったので、この姉妹にはそうしてもらいました」


 がんばれ白蓮。君の適当能力が試される時だ。


「なるほどね。でも推薦とか、最初は上納とかが大変という話を聞くけど。大丈夫だったのかい?」


「推薦をとるのに大分使いました。おかげで今はすっからかんですよ。正直あと何食か食べたら無一文です」


 お金が無いのは事実です。診療代やお薬代っていくらだろう? 今は働いて返しますって訳にはいかないし……。


「そういう時に結社には頼れないものなのかね。高い上納を取るんだろう?」


 三春さんが私達にお茶を持ってきてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 先生と白蓮は話を続けている。三春さんは彼らの邪魔をしないように、お茶を置くとまた奥に引っ込んでいった。きっとこの先生の扱い方をよく心得ているんですね。


「冒険者の世界も色々ありまして、僕らのような復興領の田舎からこちらに出て来た場合は特にそうなんです。城砦に行く許可料を払う金もないですし、ここまでくる間の上納の滞納もありまして、結社に行くとや藪蛇なんです」


 ちょっと待て白蓮。上納ってなんだ? 聞いてないぞ。


「まあ僕達、医者の世界も()()あるからね。それで僕もこの田舎ぐらしさ。まあ冒険者の世界も()()なんだろうね」


「それで、どうするつもりなんだい」


「城砦に行きます。城砦にこの子の父親の知り合いがいて、そこを頼りたいのですが、結社に行くとその前に上納の問題でにっちもさっちもいかなくなるので、なるべくこっそり城砦に行きたいと思っています」


「なるほどね。その年で君も大変だな」


 先生違います。大変な目に巻き込まれているのは私だと思います。それに白蓮、お前次から次へとよく適当な話を作れるな。冒険者より詐欺師になった方がよかったんじゃないか?


 もしかして、記憶がないとかもお前の適当話だったりしないか? 私は居座り強盗に色々盗まれた挙句に、詐欺師に騙されている?


「まあ、君たち冒険者と同じで医者にも色々誓いがあってね。患者の秘密は守るというのもその誓いに含まれている。仮に誰かが君たちの事を訪ねてきても、何も言ったりはしないから安心しなさい。組合も結社もお互い似たような組織だから、相手の領域を犯さないことにかけては慎重なはずだよ」


 是非、その()()という奴でよろしくお願い致します。


「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「何かな?」


「『緑の三日月』という酒場をご存じではないでしょうか?」


「亡くなった彼女の父親の知り合いがやっている酒場らしいのですが、そこをたよって城砦に行くつてをあたろうと思っています。ですが何分田舎者で、この街がこんなに大きな街だとは知りませんでした」


「うーーん、あまり酒場というところには縁がないのでね」


「三春さん、『緑の三日月』という酒場を知っているかい?」


「酒場ですか? 変わった名前ですね。この街には星の数ほどありますからね。私は存じ上げません。お役に立てなくてすいません」


 三春さんが、鳥出汁で作った雑炊のようなものを持ってきてくれた。百夜ちゃんが、診察台から抜け出て三春さんが器をおいた卓に素早く移動する。


 うんうん、この動きが出来るのであれば君は大丈夫だ。そして匙で一口、口に入れると、私が作ったものでは見せたことが無いような幸せそうな顔(ですよね?)をした。感動しているらしい。


 はいはい、私だってちゃんとした材料を渡してくれれば……なにこれ。めちゃくちゃおいしい。刻んだ生姜が絶妙で体の奥からあったまる。私達の分には油でいためた細く切った葱も乗っていて、なんとも香ばしい香りがする。この人、本当に料理が上手だ。


「誰か患者さんとかで詳しそうな人はいるかな?」


「そうですね。この前、手の骨を折って来られた啓生さんとか?」


「酒場の用心棒ね。酔った客を殴ろうとして柱なぐった奴だろう」


「後は、光山の旦那さんとかは、酒場に酒を卸してますから詳しいんじゃないですかね?」


「どこかの女性から虫を移されたって来た人か?」


 弥勒先生。さっきの誓いって大丈夫ですか? 秘密全部駄々洩れのような気がするんですけど。この人本当に信用していいんだろうか?


「三春さん、この子に熱さましと胃の薬をお願いします。食べ終わったら飲んでもらえるかな? 少し苦いから、何か甘い飲み物も一緒に出してください。飲み終わったら奥の部屋で少し横になった方がいいな。安静にして疲れを取るのが一番だ」


「先生、お薬代はおいくらでしょうか?」


 私はさっきからずっと気になっていたことを聞いた。


「何を言っているんですか、いりませんよ。僕が皆さんにお願いして来てもらったんです。いやと言われたら、お金払ってもいいから見させてくれと言うつもりでしたから、気にしないでください」


 弥勒先生がにっこり笑う。世恋さん、ここにも『神』がいました。


「この街は広いからね。君たちが探して回るより誰かに聞いた方が早そうだ。三春さん、僕のは香油少な目でお願いしますよ」 


 この人、この味付けに文句が言えるんだ。旦那さんにしたら恐ろしい事になりそう。


「申し訳ないけどね。誰かに駄賃をやって、二人のところに『緑の三日月』という酒場を知らないか聞きに行ってもらえるかな? 知らないようなら他を当たってくれるようにお願いもして欲しい」


「はい先生」


 私達の皿をさげに来た三春さんが答えた。百夜、さすがにお代わりはずうずうしいからやめた方がよくないか? それに胃があれているんですよ。その渡された薬をまず飲みなさい。ちゃんと見てますよ。ずるは無しです。


「よく休めば夕方には熱が引くとは思いますが、無理はだめですね。今日はここは休みだから夕方まで休んでください。その頃には何か知らせが来ると思います」


「そんなにご迷惑をおかけするわけには……」


「下心ありですから気にしないでください。私からもお願いがありまして、黒子さんの熱がさがったらその症状の模写をさせてもらえませんかね?」


「黒子のですか?」


「我はいいぞ。でも餌はよこせよ」


「もちろんですよ!」


 弥勒先生は満面の笑みを浮かべた。


「三春さん、ああ、もう出かけたか……熱が下がったら何でも好きなものをご馳走します」


「お~~!休むぞ!」


 君は本当に餌でつられる人ですね。魚だったらもう食卓に上ってます。


「皆さんもお休みになってください。私は似た症状の報告がないか、奥の部屋で文献をあたりますので、気にせずゆっくりしてください。明日も休みにしようかな……」


 弥勒先生は、どうも文献とやらの調べを早くやりたくてうずうずしているらしかった。

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