決意
私は小さな堀にかかる橋の下の土手に白蓮と並んで座っていた。辺りにはわずかになった虫の音がかすかに響いている。
百夜ちゃんは白蓮の背中で小さな寝息を立てている。どうやら骨が折れたりとかは無く打ち身で済んだらしいが、一言『大丈夫』と言ってそのまま寝てしまった。
いつものこの子とのやり取りに、その体は小さい少女のものにすぎないことを私は忘れていた。私が彼女を守らなくてはいけない立場だったのに。
なかなかしゃくりあげるのを止められないでいる私の肩を、白蓮が抱いてくれている。一の街を出てから、こうして泣くことしかできないでいるのは何度目の事だろう。私はその胸に体を預けて崩れ落ちそうになる体と心を必死につなぎとめていた。
全て私のせいだ。いつの間にか寝てしまって、男が部屋に入ってきたのにも気づけなかった。私は何も、何も出来なかった。
「ごめんなさい」
今の私が言える精いっぱいの言葉。
「ふーちゃんは、何も悪くないよ。僕が油断していた。もうちょっと様子を伺ってからあそこを離れるべきだった。本当だったら指全部切り落として、口につめてやりたいところだったけど……」
「ごめんなさい」
「ふーちゃんらしくないな。もしかして何かされちゃった後だった!?」
「ごめんなさい」
今の私は彼に向かって顔を上げる事すらできない。
「それ、冗談じゃなくて?」
白蓮が私に、わざとおどけて見せる。
「私が悪いの。寝てしまうなんて。百夜ちゃんに何かあったら取り返しがつかないところだった」
出来る事なら地面に頭をこすりつけて謝りたい。それで全て無しにできるのなら何でもする。
「とりあえず、二人とも無事だったからそれで良しとしよう」
白蓮が大外套の頭巾の上から私の頭をなでた。今は白蓮のそのやさしさが、心に突き刺さった針のように感じられる。どうせなら「そうだよね。役立たずだよね」と言ってくれた方がまだましなくらいだ。
「本当に役立たずだよね。みんなと旅をしてきたのに何も学んでいない。なんの役にも立っていない」
旋風卿、貴方は正しいです。私は役立たずです。
「ふーちゃん、思いっきり間違っているよ」
その白蓮の声にはいつものお調子者の感じはなかった。思わず足元をじっと見ていた視線をずらして、彼の顔を見上げた。
「僕らはどれだけ君に助けられたと思っているんだい?」
『止めて!慰めなんかいらない!!』
白蓮は私の無言の叫びを無視して先を続けた。
「君が居なかったら僕は戦場で死んでいた。君が居なかったら僕らは湖畔でおばけになっていた。あそこで緑香さんが、僕らを助けてくれたのも君が居たからだ」
そう言うと、白蓮は私の膝をまくらに寝ている百夜ちゃんを指差した。
「この子だって君がいるから、僕らに力を貸してくれているんだと僕は思う。アルさんさって、歌月さんだって、世恋さんだってこの子だって、みんなよく分かっている事だ」
「それが分かっていないのは君だけだと思うな。僕らの『組』には『風華』という冒険者が必要なんだよ」
どうして私をそんなに泣かせるの。白蓮のくせに生意気だぞ。そうだよね、私達は同じ森に入った『組』だよね。そしてその仲間が私達の助けを待っている。
白蓮、どうせ助けに来るならもう少し早く来い。服の上から胸をさわられたじゃないか。でもお前を許してやろう。なぜなら君は私の目を覚ましてくれたのだから。
歌月さん、今やっと分かりました。『無駄だと思えることを真剣に続けられるかどうか』という意味が。それは単に何かをするとか出来る出来ないとかじゃなくて、それだけの『決意』をどれだけ持ち続けられるかどうかなんですね。
「白蓮、追手が現れたらどうするか決めよう。最初の不寝番は私がやる」
今、自分が出来ることをやるだけだ。