表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/440

誓約

 それから先の宣誓のあれやこれやは正直よく覚えていない。


 大男、もとい旋風卿と歌月さんから、ああしろ、こうしろ、と言われたことにまるで人形のように従っただけだ。


 ただ胸元に結社の証の目を入れるときだけは、たとえ相手が歌月さんだとしてもかなり恥ずかしかった。


 そもそも歌月さんは大分ご機嫌斜めで、何かしようとする度にそれができない理由を大男、もとい旋風卿にあれやこれやと申し立てていたが、その度に旋風卿の冷静な反撃にあってその試みの全てを打ち砕かれていた。


 かくして歌月さんの必死の妨害工作(?)もむなしく一刻(2時間)で宣誓の儀は無事に終了した。そして晴れて(?)私と百夜ちゃんの二人は結社の一員となった。


 後で分かったことだが歌月さんが言った、「来るものを拒まず」という意味は、結社の兄弟姉妹が保証すれば、それがどこの誰か分からなくても結社の一員になれるということらしい。


 なので白蓮や百夜ちゃんのように本当にどこの誰か分からなくても、保証人さえ居れば結社の一員になれる。そして結社の一員としてどこの結社でも冒険者として扱いを受けることが出来る。


 ただし結社を裏切ることがあった場合の罰則は、運がよければ死罪。悪ければ「森」でおとりに使われるなど、簡単に殺してもらえないらしい。どちらも結局は同じことだけど。


 百夜ちゃんは結社というものがそもそも良く分かっているのかいないのか、旋風卿が手配してくれた食事、といっても黒飯に汁物という簡素なものをさっそく満足そうに頬張っている。


「すいませんねお嬢さん。今ここでは食料の手配がいろいろと大変ならしくこんな簡素なもので申し訳ないですな。本当ならお祝いのご馳走を何かというところなんですがね」


 旋風卿が百夜ちゃんに向かってさもすまなさそうに告げた。


「旋風卿、とんでもありません。本当にありがとうございました」


 白蓮が旋風卿に向って頭を下げた。この大男のおかげで白蓮の目論見、もとい私達(ちょっと悔しいので)の目論見がかなった。本当にどれだけ感謝しても感謝しきれないぐらいだ。


 そういえば今日は白蓮をはじめいろいろな人に命を助けてもらってばかりの一日だ。きっと神様が日頃の私の善行にまとめて利息をつけて返してくれたのだろう。


「本当は墓参りだけしてこいと言われていたのですが、まあ、ここで何もしないで帰ると小言がうるさそうですしね。まずは我々の兄弟姉妹になられておめでとうございます。あなた達を心から歓迎いたします」


 旋風卿はちょっとだけ肩をすくめてみせると、言葉とは裏腹に表情をほとんど変えずに私達に向かって右手をあげた。


「いや、ふーちゃん。二つ名持ちのしかも『旋風卿』に宣誓を保証されるなんて、なんて幸運なんだ。本当に一生の運を使い果たしたと思うよ」


 お調子者のくせに意外と冷静な白蓮が、珍しく青白い顔を紅潮させてべらべらとしゃべっている。


 さっきの日頃の善行発言を全て取り消します。思い出しました。一生の悪運が今日の前半だけで十分おつり込みで来ているような気がします。店を壊されて逃げ出して、矢で殺されかけて、小刀で刻まれそうになったんですよ?


 運? なんですかそれ?


「白蓮、『二つ名』って何?」


 白蓮が言っている意味がよく分からなかったので、小声でそっと聞いてみた。白蓮は心底びっくりしたような顔を私に向けると口を開いた。


「ふーちゃん!山さんの娘なのにそんな事も知らないの!英雄持ちの……、ふがぐが」


 白蓮の口を慌ててふさぐ。人が知らないと恥ずかしいかもと思っているからそっと小声で聞いたのに、大声でそれを非難するとはなんという不届き者!このまま奈落の底まで沈んでしまえ!


「マナの使い方がちょっとくらい上手な人につくあだ名ですよ」


 旋風卿が飄々と答えた。


「確かに『二つ名』は優秀なマナ使いに付くあだ名のようなものだけど、とても名誉あるものだよ。それに旋風卿はただのマナ使いなんかじゃない。英雄持ち、『森』の外でも『森』の中同様にマナを操れる人達につく人の称号も持っているしね!」


 これ以上何か聞くと墓穴を掘りそうなので、分からないけど分かったことにします。それよりお前、いつのまに奈落の底から這いあがってきた?


「それよりもお嬢さん方、ここで何かをお金に換えるのであれば早めの方がいいですな。何分、雲行きが怪しい」


 旋風卿は、たんたんと食事を頬張る百夜ちゃんを振り返ると告げた。


「そちらのお嬢さん。お嬢さんのマ石はまだしまっておいた方がよいと思いますね。多分、風華さんのお持ちの品で十分に食事代は出ますよ」


 そう言うと、今度は私の方を向いてにっこりと微笑んだ。あっ、ちゃんと百夜ちゃんのマ石だとばれている。白蓮のうその共謀者にならなくてよかったです。


 でもちょっと待ってください、旋風卿様。私達は大したものは持っていないと思うのですが?


「時間もなかったですし、大した物は持って来ていないのでご期待に応えられるかどうか?」


 革長靴の中や、外套の内袋嚢(ポケット)にしまい込んだ品々は、所詮は我が家で引き戸の片隅で忘れられていたがらくたのような物ばかりだ。


「いやいや、あなたの父親が大したことがない物をとっておくなんてあり得ないですよ」


 なぜか旋風卿は私に対して自信満々に答えて見せた。あなたは絶対に父を買いかぶっています。娘の私が言うのだから間違いありません。


 仕方なく私は外套の内衣嚢から、イモリの黒焼きを束ねて軒下に放置しましたようなものやら、さらにはとてもとてもみっともないことに、皆の見ている前で長靴、それも白蓮の借り物の詰め物の先から黄色く濁った謎の石だか樹液の塊だか分からない物やらを取り出した。


 旋風卿は外套の内衣嚢から方眼鏡を取り出すと、なぞの黒焼きやら黄色い物体やらを覗き込んだ。お願いですから黄色い物体を鼻先に持って行って見るのはやめてください!


 旋風卿は私がそんな切ない祈りを捧げていた間にも何やら納得したらしく、それらを明かり窓の光がよく入る卓の上に丁寧に置いた。


「どちらも、金貨百枚ではとても買えない品ですよ。ある意味、マ石よりも入手がとっても難しいものです」


「えっ!この得体がしれない物がですか?」


 思わず本音が出てしまった。


「この黒いのは巨牛蛙の生殖腺。こちらはそれを丸呑みにする四本牙蛇の肝ですね。マ石は硬いのでマ物から取り出すのは難しくないし、腐るわけでもない。でもこれらの品は相当入念に準備してなおかつ、相当手際よくさばかないと手に入れられない。いやいや普通の冒険者なら危険すぎて手が出ませんね。相当な経験者の組でないと、とてもできない仕事ですよ」


 そう言うと、旋風卿は私に向かって両手を上げて見せた。


「でもマ石でもないのに、これって何かの役に立つんですか?」


「こちらの黄色い方は宮廷の奥様達に大人気の品ですね。黒い方は宮廷の高官や、大商人辺りに大人気の品です。まあ、使い方は色々ですね」


 色々?


 父さん、これを机の引き出しの隅に大事に入れていたということは一体どういうことですか?


「ここで手放すと、安値で手放すことになりますがどうされますか?」


 旋風卿が私に向かって聞いてきた。


「売ります!もちろん売ります!私にはまったく必要のないものです」


 旋風卿は私の「必要ない」という意味をどう理解したのか、私と白蓮の顔を見ると一言、


「まあ、そうでしょうね」


と告げて、くすりと笑って見せた。旋風卿様、話がややこしくなるから突っ込みませんけどあなた絶対に何か誤解しています!


「核は餌にならなか? 森の近くで餌になりと聞いた」


 どう誤解を解けばいいかを、必死で考えていた私の横で百夜ちゃんが旋風卿に問いかけた。


「そうですね」


 旋風卿は少し私たちの方に屈みこむと、声を潜めて語り掛けた。


「この結社の金庫にはお嬢さんのマ石の代金になる金貨なんかは到底ないでしょうね。残念なことにあなたはマ石をここで出してしまった。まあ、出さなくても、本当のマナ使いなら気が付くかもしれませんが、ここの人たちならねぇ。出さなければ……あるいは……」


 大事な話だと思うのだけど眠い。とっても眠い。旋風卿の話の途中なのに私はあくびをかみ殺すのに一生懸命だった。そんな私の努力を見越したのか、


「いずれにせよ、今日は朝からお疲れだったでしょう。誓約の儀もありましたしね。二階に、ここの結社が私の妹用に用意した部屋があります。そちらでしばし休まれたほうがよいと思います。今日はまだまだ長い一日になりそうですから」


 そう告げると、白蓮に部屋の鍵らしきものを渡してくれた。そして私と百夜ちゃんを二階に連れて行くように即した。


 本当ならご迷惑なのだろうけど安心したせいもあるのか、体もとても重かったので彼の好意に甘える事にした。白蓮が私達を奥にあった階段から二階の客室らしきところへと案内してくれた。


 白蓮が開けてくれた扉の向こうは別世界だった。天蓋付きの寝所に真っ白な敷布。窓の目隠しの隙間から漏れる昼を過ぎた明かりが、天蓋から垂れる薄布を通して敷布の上に柔らかく差し込んでいる。私が大商家の娘だったりしたら毎日こんな寝所で寝られるのだろうか?


 私は自分の服が泥だらけの上に、相当に汗臭いと思われるこの格好で真っ白な敷布に横たわっていいものか真剣に悩んでいると、百夜ちゃんは靴だけを脱いで外套のまま寝所の足もとの方にバタンとうつぶせになり、すぐに軽やかな寝息をたてはじめた。


 でも旋風卿の妹さんは後で泥だらけの寝所を見て悲鳴物だろうな。でももう無理。外套と革長靴だけを脱いで彼女の隣に倒れこんだ。


 薄れゆく私の意識の中で、誰かが「おやすみなさい」と言ってくれたのが聞こえた。そして扉の閉まる音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点]  文章が軽妙で、結構、するすると読み進められます。  この文章量と構成力で一日に1、2回と更新されるのは、僕には無いもので尊敬できます。 [気になる点]  僕も似たような問題を抱えていて反…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ