旋風卿
誓約!?
そんな仕組みなんだ。初めて知りました。あの眼帯男と、その仲間達も結社の一員のはずですよね。奴らの誓約を保証した人は何処のどいつなんだろう。
呼び出して、正座させて、何時間でも説教してやりたいです!
白蓮は床に視線を落としながら何かを考えているらしい。どうやら彼は父の遺品を金に換えて袖の下にし、私を結社の一員にすることでこの街を抜け出すことを考えていたらしい。普段は○○なやつなのだが、彼なりに色々と考えていたようだ。
白蓮にしてはえらいぞ!
ちょっとだけ見直しました。でも歌月さんの言い分も十分に分かります。白蓮一人だけじゃ頼りないということですよね?
「あの~、取り込み中すいません」
歌月さんの後ろから野太い、そして少しのんびりした声が聞こえた。
顔がない?
違う。ものすごく大きな人なんだ。視線を上にずらしていくと、襟を立てた黒い大外套を来た姿があった。
服の上からでも一目で分かる岩のようなというのを絵で描いたような体つきをしている。その厚い胸板の上にちょっと朗らかそうな、それでいてとらえどころのない笑顔らしきものがあった。
「お話し中すいませんね」
「お前、おもかろいな」
さっきまで、我関せずだった百夜(仮称)ちゃんが不意にその巨人に声をかけた。彼女が天井の方まで顔を上げ、左目をぎょろりとさせて大男を見ている。大男も腰をまげて百夜ちゃんの顔を覗き込んだ。
その図はまるでどこかで見たおとぎ話の挿絵のようだ。ただし、それはほのぼのした話の筋ではない。怪談話に近いやつのだ。
「面白い? うんうん。ありがとうね」
大男は百夜ちゃんにそう答えると、私と白蓮の方をふり返った。
「取り込み中のところすいませんね。聞こえてしまったもんだから。彼女達の兄弟姉妹でしょう。どうですかね監督官殿。私と妹とそこの彼で足りないかな?」
大男が歌月さんに向かって告げた。その言葉を聞いた歌月さんが、その美しい顔を硬直させて大男に問いかけた。
「監査官殿、卿がこの子達の誓約の保証人を?」
大男は歌月さんに向かってゆっくりと頷いて見せた。
「まあ、山櫂さんみたいに一人でというわけにはいかないでしょうがね。私と妹と彼の三人ならなんとかなると思うんですよ。いかがでしょうか?」
「査察官殿に向かって言うのは失礼ですが、誓約の保証は……」
大男が右手を上げて、歌月さんの言葉を遮った。
「査察官なんて言うえらく肩の凝る役を押し付けられて城砦からこっちにでばってきたものの、長は出てこない。ああ、不在、不在でしたよね。それに今日はどの組も随分お疲れのようで誰も出てこない。これではここまで何しに来たのか分からないじゃないですか?」
大男は私と百夜(仮称)ちゃんの方をちらりと見ると話をつづけた。
「こちらのお嬢さんたちが、私達の兄弟姉妹になりたいというのに誰もいない。ならばせめて復興領、今は辺境領ですか? まで来て何もしないというのも無粋な話でね。せっかくの機会なのでお受けしたいと思いますが、いかがでしょうかね?」
「やっぱりお前、おもかろいな?」
百夜(仮称)ちゃんが、奥の暗がりの方をちらりと見ると言葉を続けた。
「妹? もっとおもかろいな?」
百夜(仮称)ちゃんが大男に向かって謎の突っ込みをしてみせた。もっとも私には彼女が何を面白がっているのかはさっぱりだ。
大男に圧倒されて腰がひけていた歌月さんだったが、大男に向かって口を開いた。
「旋風卿!いかに卿でもこの子達が私達の兄弟姉妹にふさわしいというのは、おふざけがすぎていませんか? このいたいけな娘さん達を結社の一員にするだなんて、私にはとっても……」
「監督官殿」
感情的に声を張り上げた歌月さんに対して、大男の声は静かですごく冷静だった。
「監督官殿。私は彼女達は兄弟姉妹として十分な素質を備えていると思いますよ。例えるならそのマ石の原石のようなものです。今はまだ呪符師に加工される前の原石ですがね。監督官殿、時は待たないです。誓約の儀書の用意をお願いします。これは私『旋風卿』ことアル・マインの正式な依頼ですぞ」
大男が、「正式」というところを強調して歌月さんに告げた。その言葉に歌月さんはいかにも納得がいかないという表情をしながらも、受付の奥へと歩み去って行った。
一体何が起きているのだろう?
私にはさっぱりだ。歌月さんの後姿を見ながらあっけにとられていた私の顔を、大男が覗き込んだ。これは歌月さんみたいな美人で大人な女性でも確かにびびると思います。
いや、ともかくお礼だけでも言わないと……。
「すいません。誓約なんて大変なことをお引き受けいただきまして、ありがとうございます」
私は彼に向かって、下げられるだけ頭を下げた。
「やはり面影がありますかね? 私は直接は知らないのですが、あの男から聞いた話に思い当たるところがありますね」
大男、もとい旋風卿は、私の顔を覗きながら何やらうんうんと頷いている。
「白蓮といいます。旋風卿、僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございました。僕一人ではどうにもならないところでした」
白蓮が大男に握手を求めて手を差し出した。はたから見るとその違いはまるで大人と子供のようだ。
「白蓮君でしたっけ? まあ、神様のいたずらというところですかね。私達がこの瞬間に、ここに居合わせたということは。それと兄弟姉妹になる人間に『旋風卿』はやめてもらいたい。アルと呼んでくれないかな」
「お前、やっぱりおもかろいな? 『カミ』? 本当にあるとはおもていない?」
またしても百夜(仮称……もう疲れた……)ちゃんが、大男に向かって謎の突っ込みを入れた。機嫌を損ねたりしたら困るので、少し遠慮していただきたいのですが?
「ああ、あなたも本当に面白いですね。『百夜』嬢」
大男は百夜ちゃんに答えると、にっこりとほほ笑んで見せた。
こ、この二人、本当に会話が通じているのだろうか?