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出会い

 棺を覆う最後の石が、墓守達によってゆっくりと嵌められようとしている。その隙間からは中に収められた茶色い棺が、僅かに顔を覗かせているだけだ。墓を覆う石も、その向こうに立つ墓石も、降る雨に黒く濡れている。


 そして私も同じ様に細かい雨に打たれて立っていた。その雨はこの町外れの墓地を、雲の中にでも居るように白く覆いつくし、全ては幻だったかの様に感じさせている。


 私は自分の右手にそっと添えられた左手を、ぎゅっと握った。その手は少し驚いた様に一瞬指を開きかけたが、私の右手をそっと、だけどさっきより力強く握り返してくれる。


 その手の温かみに感謝しつつ、棺が収められようとしている墓の隣に建つ、少し小さくそして苔むした墓石に目をやった。これで私には家族と呼べる人達はもういない。


 棺を収めた墓守達は私達に一礼をすると、円匙(シャベル)やかなてこを肩に担いで、ゆっくりと丘を下っていく。その姿は白いもやに包まれてすぐに見えなくなった。この雨は明日には晴れるのだろうか?


「晴れるよ」


 私の横から声が聞こえた。そうだ。私達には常に明日が待っている。



―――― 復興領 一の街 三日月通り


 降らないうちに戻れたのは幸運だったと、鉛色の空を振り返ってはにかんだ笑顔を向ける彼を、父がここに連れて来たのはもう二年近く前の事だ。


 その空の色をさらに暗くした、暗灰色のおさまりの悪い髪を片手でかきながら、彼は二日がかりで探した割にはめぼしいものが取れなかった事を申し訳なさそうに、そしてまるで他人事のように私に向かって侘びている。


 (とう)の国、「追憶の森復興領」の三日月通りにある、あまり繁盛しているとはいえない八百屋の屋根裏部屋の住人。私は彼の話に相槌を打ちながら、父が彼をつれて来た日の事を思い返していた。


 それは私が十七の誕生日を少し過ぎた頃だ。朝から今日と似たような空で、お昼前には重く冷たい雨が降り始めていた。


 天気のせいか客もほとんどいない。私を生んだ後にすぐ亡くなってしまった母に代わって、十歳を過ぎたころから家の切り盛りの手伝いをしており、早朝から追憶の森に向かっていた父の帰りを、心配しながら待っていた。


 父は長く「城砦」でマ者狩りを専門にしていた冒険者で、あまりその時の話はしたがらなかったが、それなりに手練れだったらしい。だが慢性のマナ病を患い、「城砦」での冒険者を引退してこの復興領に来た。


 慢性のマナ病というのはマナを体内に蓄積、放出を長く繰り返すとおきる病気で、めまいや不意の痙攣を引き起こし、最後はそれの繰り返しによる衰弱で死に至る病である。父は自分が慢性のマナ病を患っていたのを、自分の仲間たちには隠していたらしい。


「城砦」の近くの様な、マナが濃すぎるところでは耐えられない。でもマナが全くないところでは、逆に体がマナを求めて発作を起こす。


 どうにも耐えられなくなる前に、適度にマナの濃度が内地に比べて高く、同時に冒険者としても稼げそうなこの街を、終の棲家として選んだそうだ。でも追憶の森の収穫物の卸先の母と良い仲になって、八百屋の主人をやることになるとは思ってもいなかったと思う。


 父はあまりいい噂を聞かないこの街の「結社」に形ばかり属していて、単独で「追憶の森」、それも少し奥まったところまで出かけて行く。そして同業者が仕入れるのが難しい、森でしか取れない特殊な植物類を仕入れる事で、母から受け継いだ「緑の三日月」の暖簾をなんとか守っていた。


 今思えば私には決して辛さを見せたりはしなかったが、マナ病を患っていた父にとっては、それは楽な仕事ではなかったと思う。色々な税やら協力金やらで、他が店を畳んでこの一の街を逃げ出した後でも、父は「追憶の森」からの収益で、この店を何とか保ってくれていた。


 父の帰りが遅く心配だったが、まれに来る客の相手をしながら、どこかでこの雨をしのいでいるのだと、自分で理由を見つけては父の無事を祈っていた時だった。


風華(ふうか)!」


 不意に勝手口の方から、私を呼ぶ父の声がした。


「お湯を沸かしてくれ。暖かい茶も欲しい。それと乾いた布だ」


 人を散々心配させておいて、やっと帰ってきたかと思いきや、詫び言の一つも言う前に頼み事ですか?


 そう思って勝手口を振り返ると、父の横で、死霊の様な青白い顔の少年、いや、もう少し大人びた年齢不詳の男が、ぶるぶると震えながら立っている。


 慌てて台所の裏の洗い場に干してあった布を彼に渡すと、彼は私に向かって感謝の言葉を言っていた様だったが、震えてよく聞き取れない。


 森の中で別の冒険者にでも会ったのだろうか? それ自体かなり危険な事のはずだ。父の方を振り返ると、父は私が聞きたいことを察したらしく、自分から口を開いた。


「採取中に森で出くわした。わしも最初は新入りかと思ったが、まるで寝起きの様な格好だ。訳が分からん。紋章もないから、少なくとも冒険者ではないらしい。衛士所や結社で訊ねてみたが、彼のことは誰も知らない。おかげで収穫もなしだ」


「それじゃ、別の街から来たってこと?」


「分からないな。少なくともこの辺境領の人間とは思えない。なんだろうな、なまりかな? 単語は同じだが抑揚が違うようだ」


 父は途方に暮れたような表情で私に答えた。


「分からないって?」


 本人がいるのに、そんな事などあるだろうか?


「名前も、何も覚えていないそうだ」


「はあ?」


 私は男性の青白い顔を見つめなおした。


「それで衛士所も、どう扱っていいか困ったみたいでな。とりあえずはぶち込んでおけ、と言う事になりそうだったので、うちで預かることにしたのさ」


 父はそう告げると、背後の男を振り返った。


「森に無許可で入っていた事がばれたら即死罪だ。だからそれは伏せておいた。それでも誰も知り合いがいなかったら、ぶち込まれっぱなしだろうな。長くても月が一回り持つかどうかだ。面倒だって絞められて、すぐに裏口から出ることになってもおかしくはない」


 私は少しバツが悪そうな父の顔と、青白く辛気臭い男の顔を左右に見ながら、「天から石が降ってきた(晴天の霹靂)」の気分とはこのことだと思っていた。


「まあ、わしもここにたどり着いた時には、このあんちゃんと大して変わらんかったからな」


 父は隣で震えている男を見ながら、少し懐かしそうな表情で、白いものがかなり混じってきたひげを、右手でしごいて見せた。これは父が何か困ったことをごまかすときの仕草だ。


 何はともあれ、「森」の中で誰かに不意に会うというのは、本来はあってはならないことだ。そのために「結社」があって、森にはいる人間とその収穫物の厳密な管理が行われている。「結社」に顔が利く父が彼を引き取ると言わなければ、彼が明日の朝日を拝むことなど、永遠に無かったに違いない。


 こうしてこの名無し、記憶なし、謎のなまり持ち(現在はほぼ復興領なまりになった)の謎の少年?いや青年? 年齢も何もかもが不祥な男は父の親切心か、慈悲心かで「緑の三日月」の屋根裏の一角に住むことになった。


 彼の名前は白蓮(はくれん)。因みに名前はかなり適当だ。父が青白い肌から付けた。なんでも父の古い友人がこの名前の白蛇を飼っていたらしい。そして今日も私の目の前に彼は立っている。

 ハシモトと申します。ありきたりな話しで恐縮ですが、どなかたか楽しんでいただける方がいましたらうれしいです。


 不慣れなもので、話の筋はかえませんが、言い回しや段落の下げ忘れなど気になる点があると修正することがあります。お見苦しいかと思いますがご容赦の程をお願いいたします。


 突っ込担当、元気が取り柄の八百屋の娘の成長話ですが、異世界でいきなり騒動に巻き込まれるのも現代日本で進学、就職するのも、世界が変わるという点ではさほど違いはないのかな、なんて思っています。


 皆さんの日常の一服の清涼剤ぐらいになれるといいなと思ってますので、今後ともよろしくお願いいたします。


 活動報告に修正点や処女作につき、その反省点などをあげています。チラシの裏的内容で恐縮ですが、もしご興味がありましたら合わせてご覧いただくと嬉しいです。


 あとちょっとでもお気に召しましたら、コメント、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。何よりの励みになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界観とその描写がしっかりとしていて、地の文の表現も徹底されている事が素晴らしいと思いました。 特に一人称で紡がれる描写の数々が美しくも感じます。 今後も楽しみに読ませて頂きます。
[良い点] 1話拝読しました。風情のある文章がとても素敵です。
[一言] 橋本様、この前は私の作品への感想ありがとうございました。 感想頂いていたのに今頃の読んでの返しになりました。 正直、素晴らしいと思いました。 地の文に滞りがなく、言い回しにも不合がなく…
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