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僕は小学三年生 ハイ!サイン<<初夜>>


物語は四十女のセックスで始まる。

昇天。ぐっすり。夜が明ける。



起きろや起きろベルが鳴る。起きる永作、食べる永作、着替える永作。ちゃっと磨いてぺっと出す。入らぬか入れよ靴をとん。こっちを向ける招き猫、あっちへ向けて()()行った。

タイヤペダルブレーキちりんちりん、タイヤペダルブレーキちゅんちゅん。

「お早う御座いまーす」

「お早うさん、行ってらっしゃい」と某婆。

近道坂道獣道、チャリに轢かれる水溜り、信号待ちの同級生、そら青信号。永作その脇通り越す。

「優等生は今日も朝から快調ですな」

「君、もたもたしてると次の信号遅れるぞ」

「なに、学校には遅れまいさ」

自転車快速いい天気。



「――この行に書かれたことが、つまりは筆者が最も言いたかったことであると思います」

「その通り。はい、有難う。いま束帯君が言ってくれた通り、映画とは人々に非日常を見せるものであると筆者は述べているのですね」然るにすなわち云々。

束帯永作は中学生である。教室はこの初老の教師に耳を向ける。生徒は彼をカニ公と呼ぶ。

席に座った永作は、ちらと節子の方を見る。窓際列中央に位置するこの席からは、節子はその反対なるものの決して一瞥するに怪しまるる角度ではない。こちらから教卓を向く角度があるに、ちょいと目を動かせば節子の子細は判然(はき)と分かる。さりとて視線というものは人間の五感を得ずとも第六感なるものの働き得るを心得、永作は顔を隠すような頬杖を付きつつ、()()という位にして窓外に目を遣る。遠くを見つめがちなるは、おつむの出来た奴に多い。最上階なるこの教室はさぞ見晴らしが良かろう、校庭も一望出来る。


校庭にサッカーボールが一つ。


仁王立ちで登場する少年の足。日の光を翻す白いパンツの股下からはボールが覗からる。少年は奥なるボールに向かって歩き出す。

窓の奥にはそれを見つめる永作と、その窓にはボールを遊ばす少年の姿と両者が映る。

ボールに足置く少年は、こっちを向いた。

少年は人差し指の銃口を僕に向ける。

バン。


サッカーボールがスローモーションで窓ガラスを割る、八月の濡れた砂の春であった。


キーンコーンカーンコーン。帰ろう帰ろ烏と一緒にさあ帰ろ。


「節子ちゃん帰ろ」と節子の仲良し女子三人。節子はちょっと待ってと未だ何やら書き留めている。

「全く節子ちゃんたら勤勉なんだから」

「そうよ、映画女優でここ迄勤勉なのは屹度節子ちゃんくらいよ」

「映画スタァなんてみんなキャバレーで遊んでるのよ」

「あらそうでもないわよ。みんな私より賢いわ」

「そんなの無いわ、もしそうだとしたら映画女優ってみんな私より頭が良いことになるでしょ。お顔が良いのに頭まで良いなんてそんなのないわ、不平等よ」

「あらデコちゃんどうして、あんた私より成績も良くて、それに可愛いじゃない」

「もうよして、私こういうこと言われると困っちゃうの」と照れるデコちゃん。

「そうよデコちゃん」と段々ひそひそ声になる。

「どうだったの」

「何がよ」とデコちゃんしらを切る。

「何ってアレよ」

「アレって何よ」ともう一人。

「気になるわ」と節子。

「ねえアレって何よ」

「あんた聞いてなかったかしら、ほらね、デコちゃん昨日の放課後、自転車置き場でね」

「やだ!自転車置き場って誰に!」

「しっ!」

「だあれ?」

「く、ろ、さ、わ、くん」

途端にすすり泣きじゃくるデコちゃん。

「デコちゃんどうしたの」と事の次第を知った三人は心配な面持ちで、この場をどうに乗り切るか思案する。

「泣くことないじゃない、ほらデコちゃん」

泣き止まぬ。

「そうだ私この前の節子ちゃんの映画観に行ったよ!」とデコちゃんを泣かせた本人は話を逸らさんとす。

「真夜中の〜潮騒〜っていうの、えっと、何て題だったかしら」

「怨歌情死考 傷だらけの」

「演歌女子高?行ってみたいわね」と節子が言い終える前にもう一人が要領を得ぬことを言う。

「ほら皆で歌いましょ、さんはい。真夜中の〜潮騒〜聞こえる〜停車場〜」


追われるように汽車を待つ

私の髪に 私の髪に星が降る

暗く静かな水平線に

怨みを込めて漁火燃える


デコちゃんが泣き止む筈が無い。


「束帯君、今日も頼むね」

少女の戯れを眺めていた永作は、白髪交じりのカニ公に邪魔をされムッとする気を抑えつつ、繕った返事をする。カニ公は年がら年中、ツイードのジャケットを羽織っている。今年はこの教室の担任である。

「何時もすまんね、ぢゃよろしく」と封筒を手渡して去る。

永作は預かった封筒を、開いていた教科書に挟み鞄に仕舞った。



学校帰りにひとっ漕ぎ。到着。自転車立て掛けて、

「ろぉっきぃー」

何時もは郵便受けに入れてちゃっと帰るのだが、今日は久し振りに修に会おうかと呼んでみた。家の中に動き無く、仕方無しに郵便受けに手を掛ける、と道路沿いの先なる桜並木に明らかにこちらを凝視していた人影が消える。永作は儘に封筒片手に駆け出す。あれはきっと修に違いない。隠れんぼか、よおし。そら、今に着くぞ、やい!と電光石火の如く走り抜いた勢いで木蔭を覗くも其処に人はあらず。残るは修の立ち小便なり。修の影はいま何処。立ちん坊に辺りを見回す永作に、木の上から何者かが背負い被さる。あらあらあらすってんころころすってんてん。

「えーと、なになに」

先の揉みくちゃの跡も見せず颯爽と立っている少年は、何やら眉の間から引き出さんという具合に手にした紙に顔を顰めている。

「何だかな、こりゃちっとも分かんねえや。よう、この答え教えてちょうだい」

宿題の問題を指差し見せるは修である。白いパンツに白いシャツ、上には焦茶の革ジャケット。何処か70年代を感じさせる装いも、彼の身の丈に合わず、修は立っている。

「全く乱暴だなあ。折角折れないように持ってきたのに」

溜息混じりに永作は腰を上げる。

()んだよ、どうせこんな紙切れ」

修はフンと鼻をかんで丸めて捨てた。

「噫、君はどうしてこうも無下なことができるのでしょう。毎日毎日君んとこへ宿題を届けに来て、とんだ御足労だよ」

永作はくちゃった地べたの紙に言う。修は「じゃあ辞めりゃいいじゃねえか」と丸くした紙を蹴飛ばす。

「君も判らず屋だね。僕だって先生に頼まれなきゃ、こんなとこ来ることないの。別に家に帰っても暇だし、学校に良い顔向けなら幾らでも寄り道するってこと」

「へえ、問題児の俺の前なら何でも言えるって訳」

「君も判ったなら明日から学校に来たまえ」

「なに、今日だって顔出したじゃねえか」

「まあいいさ、君みた奴が学校に来ると厄介だろうしね。君もこんな所ほっつき歩いてないで家で勉強でもしたらどうだい。今年は高校の入学試験だってあるんだよ」

「勉強するくれぇなら、公園でも散歩してた方がマシだぜ。それに」

先の鼻かみで出切らなかったか、かえって出るべからざるを引っこ抜いてしまったか、修は左の鼻を押して右からフンと飛沫を散らす。永作は修の左鼻に居たが為に鼻水から免れた。言葉と鼻が同時に出かかったものを、鼻を出し終えた修は続ける。

「それに家っつったら、あのババアがうるせんだ」


修の家の内に筆を移してみる。


「あん、あん、そこ、もっとちょうだい」

四十と見えし修の母は成程、セックスをしている。

「ここかい」と顔を赤らめる男性は、昼下がりに誘惑された配達員と見える。

「そうよ、そこ、突いて」

「ああ、奥さんどうです」

「あっ、あん」

「ああいけない僕の方が、あっ」

「もっと、もっと突いてぇ」

両者は時に調子を整え、時に脈を乱し、なお突きつ突かれつ。

「ああっ、奥さん、息子さん今いくつなんです?」と偶には世間話も挟む。

「二十五っ、センチっ」

「そりゃ奥さん、僕の息子ですよ。ほら、奥さんの息子さん」

「知らないわよ。今ごろ中学生ぢゃないかしら、あん」

「いけませんな奥さん、そんなないがしろにしちゃ。きっと息子さん悲しんでますよ。まあ、

僕の息子の方は、元気なのですがっ」

「あん、あん」

「はあっ、ふんっ、あああ」

昇天したり。

修の家の前には、鞄を籠に置いたまま、立てかけられた永作の自転車がある。

筆はまたムンムンとした部屋に戻る。今度は煙草も臭う。

「奥さん、それじゃあまりにも息子さん可哀そうじゃないですか」と草臥れた男が煙に混ぜて言う。

「息子さん、悪い子になっちゃいますよ」

「いいのぉ、はぁん」女は跨がる。

「奥さん、もう駄目ですって!」

「まだできるでしょ、ほら」

「あっ、はあっ、ああああ」

灰皿に置かれた煙草は呆れたように溜息をつく。


煙草にマッチの火がつく。ふぅと咥えるは修の口である。

「君の家庭も大変だなあ」

大変は修の吐く煙に明らかである。

「手前みてえな澄まし屋には判らねえさ。ったく家ごと燃やしちまいたいぐらいだぜ」と吐き捨てる。

永作は同級生が煙草を吸っていることに、どうも馴れない。修の口から出る煙をじいと眺めている。

「吸うか」

「吸わないよ」

そう答えた永作の脇で、修は威勢よく吸う。と溜息混じりにこんなことを言う。

「はあ、地震雷火事おなご。全く世の中どうなっちゃってんだか。俺たちの方がよっぽどまともだぜ」

煙草を吸う奴は存外気分が良いのか悪いのか判然せぬ。ぷかぷか蒸気を上げていると、何処から来たボールが二人の座る長椅子に足に転げ着く。

「そこん兄ちゃんボール取ってよ」

その方を見れば、子供たちが遊び場からこちらを見つめて立っている。永作はボールを拾って子供たちの方へ行く。

「ほれ、君たち何して遊んでんの」

「バスケしてんの」と四人のうち一人が言う。

「兄ちゃん中学生?」

「そうだよ中学三年生」

「俺たち小学三年生」

「ねえあそこの兄ちゃんも中学生?」

永作は迷ったが中学生ということにした。

「あの兄ちゃんほんとに中学生なの?」

なお返答に窮す。そうとも知らで修は呑気にぽっぽと吐く。

「あの兄ちゃんあそこで毎日タバコやってんの。俺の父ちゃんもやってんだけどね、俺には全然やらしてくんないの」

「俺も早く中学生になりたいや。そしたらこうだよ」とポッケからシガレット菓子を取り出して真似をする。

「兄ちゃんはやらないの?」

「いいかい、中学生はまだやっちゃいけないの。あの兄ちゃんは悪い兄ちゃんなの」

「でもかっこいいやい。きっと大人の味がするんだよ」

「俺最近コーヒー飲んでんだ」

「うそだ!」

「嘘ぢゃないよ、ほら水筒の中身コーヒーだもん、ほら」

と三人回し飲む。「にが」「ぺっ」「まず」と口々に言う。

「ごくごくごく。ぷはあー、これが大人の味なんだな」と知ったような口をする。

「やい、やせがまんしてんだ」

「ほんとだやい」

「こどものビールも飲めないくせに大人の味がわかるもんか」

「ほんとに判るんだい」

「やい、ちび助、なまいき言うなやい」

「ほんとだもん……。うえええん」

「ほらほら、喧嘩は駄目じゃないか。ほれ、兄ちゃんにもひと口。うむ。こりゃパウリスタの味だね。なかなか美味い」とこちらも知ったような口をする。

「ほんとう!もっと飲んでいいよ!」

「うん、美味い。よし、兄ちゃんもバスケ混ぜてくれ」

永作は子供たちと一緒にわー、と駆けて行く。


バスケ ガコン

子供「すげえや兄ちゃん!百発百中だあ

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