転生モブは完全ハッピーエンドを目指す【前篇】
内容が長くなってしまったので前後編で続けて投稿しました。
分けて、続けて、ご都合の良い方でお読みいただければ幸いです。
「悪役令嬢の取り巻きになりたい、と？」
何でも（但し現実的にイケそうな範囲で、後からメン倒が起きない限り程度の）願いを叶えてやるという、タダイケ縛りをする謎の白髪碧眼イケメンは、嫌々するみたいに首を左右に振った。
気のせいか飽き飽きしている様に見えるけれど、イケメンは何をしてもイケメンなので、イケメン大正義で大勝利。
「取り巻きとは何だ？悪役令嬢の間違いではないのか？」
「取り巻きとは悪役令嬢の後ろのオプションみたいなやつです！正確に言うと乙女ゲームの『夢の数だけ抱きしめて☆海風と漣と夕凪のヴェルガート海洋国』の悪役令嬢の取り巻きのライラ・レザンヌにして下さいな！」
私は死んだらしい。白髪イケメン曰く、まだ17歳の高校生で、学校前の新聞配達、下校後のファミレス、家での弁当の醤油入れの蓋しめ内職に日々励み、貯めたお金を握り締め行った推し乙女ゲームのコラボカフェの帰り、家の側のコンビニの前で季節のコンビニカフェドリンクをすすりながら戦利品チェックしていた所、ギアを逆に入れたセダンに殺られたと。
せめて戦利品を部屋に完全ディスプレイしてから死にたかったなあ。
あ、でもこの先のコラボカフェ予約も取れてたっけ。行かないと死ねないわー。でも行ったら次々予約するから延々ループするわー。死ぬまで死ねないわー。
兎に角、死んだからには仕方無い。
「ディオンが右で、シグルトが左。アクリルチャームを入れ替えてー」などと浮かれたまま、すっごい衝撃を背中に受けて、『やだ！私エクストリーム入店してる！』と思った次の瞬間、この真っ白な空間にいて、目の前の白髪碧眼が『早世した者の悲しみを軽減する為、願いを叶える』って言うから、元に戻してって言ったら『お前死んでるから無理。それ以外』って返されて、だったら箱推しゲームの推しキャラを全力で応援したいじゃない？
「ゲームの世界の悪役令嬢の取り巻きに生まれ変わりたいのだな？」
「そうです！『夢の数だけ抱きしめて☆海風と漣と夕凪のヴェルガート海洋国』の悪役令嬢の取り巻きのライラ・レザンヌでお願いします。取り巻き3人いるので、間違えないで下さいね！薄い緑の髪の毛と茶色の目をしてるやつです！」
白髪碧眼イケメンは小さく面倒くさいと呟いた。
聞かなかった事にする。
「わかった。強くなりたいものを思い浮かべよ。然すれば、汝の願い叶うであろう」
ゆらりっと歪む視界。
待っててね！悪役令嬢マルグリット！夢ヴェルの全てのエンドの中で唯一どれでもバッドエンドフラグの貴方を全力サポートしちゃんだからっ！私のハッピーエンド至上主義をなめないで頂戴！公式がマルグリットを不幸にするならば、私が絶対助けてみせる！そして箱推しゲームの全てのキャラクターがハッピーになれるエンドを迎えさせてあげるんだからっ！
ーーーーーー
ライラ・レザンヌ14歳。今日も今日とて内職作業。
目の前に並ぶ箱から、コサージュのパーツを取り出し組み立てる。
組み立てたらビーズを縫い付ける。
キラキラと朝露を纏った花のコサージュ。完成品箱に放り込む。
目の前に並ぶ箱から、コサージュのパーツを（繰り返し
「お嬢、俺、布切るの飽きたんですけど」
「そう」
「お嬢、俺、もう何百枚目かの花びら切ってるんですけど」
「仕方ないわよね。組み立てと針仕事下手だから」
「いや、俺の仕事はランドスチュワード見習いなんですけど」
「そうね。でも、我が家は貧乏で、ランドスチュワードのグレゴリーだってランドスチュワード兼、ハウススチュワート兼、クラークオブキッチン兼、ヘッドシェフ兼、グルームオブチェンバーズ兼、フットマン兼、コーチマン兼、庭師を進んでやってくれてるわよね」
「いや、グレゴリーさん好きで兼任してるんじゃないですよ」
「だからグレゴリーの下のランドスチュワード見習いのレイスは何でも屋さんよね」
「何がだからか知りませんけどね、俺、お嬢の内職手伝い係では無いんですが？」
「不毛ね。あなたは子爵の従僕、私はその子爵の令嬢。私がやれと言ったらやりなさい」
私の乳母レイリアの息子、我が家の3人しかいない従僕の1人、私より3歳上のレイスは手伝いをさせるといつも文句を言い続ける。
主人の娘が、テーブルの向かいの椅子に座わる事を許して作業させてあげているのに、文句を言うとは。
柔らかそうな鳶色のショートヘアは纏まりにくいらしく、ツンツンと飛び出し、エメラルドの様な瞳は深い湖の様。
いい加減な服装に目を瞑り、黙っていればすれ違う女性の目を引くイケメンだったりする。
「いい、レイス。今まで秘密にしいてた内職の理由を教えるから、おとなしく手伝いなさい」
「秘密があるんですか？」
「そうよ。腐っても子爵令嬢の私が毎日内職に励んでいるのはね」
ぴたりっと口に立てた人差し指を当てる。
「趣味だからよ」
「今すぐやめて下さい」
レイスがぽんと端切れとハサミを投げ出した。
「待ちなさい。もう一つ理由があるの」
「まともなやつでしょうね？」
「まともよ。さらに言えば、このレザンヌ子爵家の秘密に直結するわ」
私はレイスにぐっと顔を近づける。
「私が内職しないと、レイス達の給料がまともに払えないからよ！」
「は？」
「レザンヌ家の主人が代々お金勘定が苦手なのは知っているわね」
「そうみたいですね」
「お父様が生まれた時、少しでも財産を増やしたいと考えたお爺様が、商人出身の新興貴族との取引に失敗、領地は縮小。私が生まれた時、婿養子を貰うため少しでも財産を増やしたいと思ったお父様も商売に手を出して大失敗。今レザンヌ家の領地から上がってくるお金は、ほぼ領地の安定の為に使っているの」
レイスの眉間にシワが寄る。
それでも私の真剣な顔を見て、花びらを作る作業を再開してくれる。
私は朝から激安の茶葉を変えていないティーポットから、うっすい色しか出ていない、ほぼお湯をカップに入れて喉を潤した。
「私の内職はレイス達の為なのよ！」
「俺は俺の金を稼ぐ為に余分にこき使われてるんですかね」
「こき使ってないわ！三食部屋付き、お給金付きでちゃんと働いて貰ってるわ！」
「お嬢、だったら俺、好きな仕事を探して働いた方が」
「それはダメよ！」
「職業を自由に選べるのは労働者の権利では？」
「だって、レイスがいなくなったら、気軽に無茶をお願い出来る相手がいなくなっちゃうじゃない！」
レイスの手からぽとり、とハサミが落ちた。
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今日は悪役令嬢マルグリット・ラ・ロレーヌの家でお茶会。
ロレーヌ家は公爵で裕福だし、普通だったら我が家と接点は出来ないけれど、マルグリットが生まれた時お母様が病気になって、近くの我が家の乳母レイリアがロレーヌ家に通う様になった縁で、幼馴染みとして仲良くしている。
改めて考えると、レイリア優秀すぎ。私の推しキャラマルグリットとの間を結んでくれただけでなく、乳母の仕事が終わっても我が家に残って、レディーズメイド兼、ハウスキーパー兼、コンパニオン兼、シェペロン兼、キッチンメイド兼、スカラリーメイド兼、ヘッドスティルームメイド兼、パーラーメイド兼、洗濯女中をしてくれているんだから。
レイリアの為にも、もっと内職頑張ろう。レイスもお母さんのお給金が増えたら嬉しいわよね。もっと手伝ってもらおう。
「ライラさん、こんな上等なお菓子、貴女の家には無いのではないかしら？ここでしか手に取れないんだから、もっとお上がりなさい」
「そうですわねマルグリット様」
「お菓子も買えないなんて、ねえ」
マルグリットの言葉に、取り巻き一号ミリエーヌ伯爵令嬢と、二号カリーナ伯爵令嬢が追随する。
ミリエーヌとカリーナもマルグリットの幼馴染みだけど貧乏子爵家の私をバカにする所がある。
そうやってマルグリットの言葉に乗っかってるつもりだろうけど、マルグリットの表情はちょっと暗い。
幼馴染みという至近距離で観察してきた私にはわかる。マグリットは照れ屋さんなのだ！
ゲームをしていてマルグリットのセリフの裏を読めば、間違った事は一切言っていない。
礼儀を守れ、マナーを守れ、貴族としての矜持を持て、と当たり前の事を言って嫌われる。
ゴージャスなプラチナブロンドの巻き髪、深紅の長い睫毛に飾られたつり目、艶やかな紅の唇、迫力のある美しさが誤解を大きくする。
さっきの言葉も『とても美味しいお菓子なの。是非たくさん食べていってね。喜んでもらえたら嬉しいわ』という意味だし。
それが証拠に、私について来て紅茶を入れる係を任命されたレイスに、ロレーヌ家の執事さんがこっそりお菓子の箱を渡してくれている。
小さな頃、威厳のある言葉遣いをしないと人を使う立場は難しい。としょんぼりしながら話していた。
公爵の娘として、領地や配下に責任を持って頑張り続けているマルグリット。
それにしても、今日もマルグリット最高。何と言っても顔がいい。完成された美とは彼女の為にある言葉よね。
きつい顔立ちと評価されてるけど、クールビューティーが正解だし。猫顔最高！
見ているだけで、顔がにやけてしまう。さらに後ろに控える執事さんのスマートな身のこなし。主従で一枚の絵の様。
美少女スチルありがとう！執事つき美少女ご馳走様です！
何としてもシナリオの罠からマルグリットを守って、夢ヴェル全員幸せに！
「お嬢、マルグリット嬢への愛が漏れ出して、気持ち悪い顔になってますよ」
いつの間にか私の後ろに立っていたレイスに囁かれた。
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乙女ゲームの舞台となるヴェルガード魔法学園は、主に貴族の子女が16歳で入学する。
主にの理由は、貴族はほぼ魔力持ちだけれど、平民はほぼ魔力を持たないから。
だから、夢ヴェルのヒロインであるクレーリュ・リコットは貴族の上位クラス並みの魔力を認められて特待生入学してくるのだ。
「で、お嬢、何で早朝から校門の周りを彷徨かないといけなんですか？」
お日様も水平線すれすれの早朝、家を出た私は今日魔法学園に入学する。私、マルグリット、ミリエーヌ、カリーナ、クレーリュは同じ歳なので、最初のイベントは校門で起きる。
パン屋の娘のクレーリュは入学式の日も朝から家の手伝いで式に遅れそうになってしまう。
校門で私達より二つ年上の王太子に出会ったマルグリットは、王家とも家ぐるみで付き合いがあり、入学祝いの言葉を賜る。
そこにパンを咥えて走り込んで来たクレーリュが石に躓き、勢い余ってマルグリットにぶつかり転倒。
注意するマルグリット、クレーリュを責める取り巻き令嬢達（ここ私も参加するとこ）、泣き出してしまったクレーリュに王太子
が手を貸して立ち上がらせる。
根本的解決は、クレーリュが躓かなければいいのだから、校門周辺の小石を全部拾えばいい。
小石を見つけては手に持った紙袋に入れていく。
「お嬢、不審人物になってますよ」
「レイスも石拾ってよ」
「嫌ですよ。俺まで拾ったら、お嬢の異常行動を咎めてきた人に弁解する係がいなくなるじゃないですか」
「じゃあ、レイスが拾う係になってよ」
「お嬢の方が背が低いんだから、地面がよく見えるし手も届きやすいんじゃないですかね？俺、石拾う趣味ないし」
「私だって、石拾う趣味無いわよ」
この後、無事マルグリットにクレーリュの転倒体当たりは炸裂しなかったが、パンを咥えている事を指摘されて動揺したクレーリュが、慌ててパンを手に持った時、勢い余ってマグリットに突っ込みそうになり、かばった私が吹っ飛んで捻挫した。
王太子が起こしてくれようとしたが、レイスに荷物みたいに担がれて保健室行きとなった。
『子爵令嬢吹っ飛び手荷物運送事件』は入学式に新入生が派手にぶちかました件として学園中に知れ渡った。
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食堂である。
入学式から昨日までは学園に慣れる為に午前授業だったが、今日から午後の授業が始まる。
合わせて食堂がオープンするのだ！
何が嬉しいって、五種類の定食のうちの一つが無料で食べられる！昼食代が浮く！
貴族生徒からは『安っぽい定食なんて』と不評だが、学生生活で質素倹約と人の和を学ぶ場という事になっているらしい。
「お嬢、ハンバーグの下のナポリタン、大盛りにしておきましたんで」
「！！！」
お渡しカウンターの前で私は崩れ落ちた。
カウンター内には攻略対象の一人、爽やかイケメンシェフだけでなく、よく知った顔が並んでフライパンを振っていた。
「知ってましたか？昼3時間のバイトだけで、お嬢の家の１日より給料良いんですよ」
「ああああああああ」
「レザンヌ家は辞めないんで安心して下さい。母さんが俺を抱えて働き先が無かった時、旦那様に拾われた恩があるんで」
「ふおおおおおおお」
「お嬢、残ったパンとか持ち帰り自由らしいですよ？」
「レイス！最高！明日から家中のお弁当箱を持って来ると良いわ！」
私達の残念な会話を聞いて、マルグリットが小さく笑いを漏らす。
周りの生徒達が貧乏な取り巻きをバカにする嫌なやつ、みたいな目をしているのが悔しい。
微笑ましく思われてるだけだ！今日の夜にでも高性能な大型お弁当箱がたくさん我が家に送られて来るからな！必ずだ！
神出鬼没なレイスは放っておいて、食堂イベント阻止の為、生徒達の動きを観察する。
定食トレーを持ったクレーリュは平民を嫌うモブに突き飛ばされマルグリットの足元にぶちまける。
慌てて拾って食べられそうな物だけでも食べようとする食べ物屋の娘クレーリュ。
『国営学園の食べ物が口に合わないならお食べにならなくってもよろしいのよ？』
と言って取り巻きがクレーリュの食事を取り上げる。
どう考えても、落ちた物を食べたら体に悪いと親切にしているだけなんだよ。
クレーリュが入って来てトレーを受け取る。
横から平民嫌いのモブ貴族がわざとらしく寄って来た。
今だ！
ぶつかるモブ！クレーリュの手から離れたトレーをモブ方向にはたく私！モブが驚くべき反射神経で私にトレーをリターンアタック！
がっしゃああああああああああん！
王太子、宰相の息子、騎士団隊長令息、イケメンシェフ、隣国の王子、食堂に居合わせた攻略対象の熱い視線を独り占めしながら、頭にナポリタン、制服に飛び散るケチャップ、ワンポイントでスカートに明るいスクランブルエッグトッピング状態、軽い火傷ありの私は、カウンターから出て来たレイスによって保健室行きになった。
『ナポリタン子爵令嬢血塗れ（ケチャップ）事件』は学園に新たな彩りを添えた。
「あ、勿体ないんでお嬢の分の定食食べちゃってください。お嬢には後で大量に賄い飯食わしとくんで」
レイスに言われたクレーリュは、呆気に取られたマルグリット達と仲良く昼食を取ったらしい。
王立学園の賄い飯は、我が家のディナーより豪華だった。
