第十話 駄々っ子
「お母様!お帰りなさい!」
「お母様!」
お母様とそれぞれ口にしながら、竜がわらわらと寄ってくる。
その数10匹。
大きい者でも霊竜の半分程度。
一番小さなものはそれこそ人間程度しかない。
そんな大小さまざまな竜が母親の帰還を喜び、思い思いに母親に頭を摺り寄せ甘える。
微笑ましい親子のスキンシップだ。
そんな様を見て、自分が召喚するたびに貴重な親子の時間を奪っていたのかと思うと、少々申し訳ない気持ちになる。
(大きいのは兎も角。小さいのは短時間でも母親と離れるのは寂しいだろうな)
霊竜は今の俺にとって切り札に近い。
これからも必要とあらばバンバン呼ぶつもりだったが、こんな風景を見せられたら呼びにくくて仕方が無い。
「お母様。背中に何か虫の様なものが乗っていますが?」
子供たちの中で一番大きな竜が、背中に俺が乗っている事に気づく
(誰が虫だ!)
竜から見れば人間など虫けらの様な物と言われればそうなのかもしれないが。
仮にも母親が背中に乗せている相手に、いくら何でも虫呼ばわりは無いだろうに。
「この方は客人です。皆粗相のないように」
「「はーーい」」
元気のよい大合唱が響く。
「主よ。この子達は私の娘達です。今はまだ子供ですが、成長し成人すれば行く行くは貴方の召喚で呼ばれる事もあるでしょう。その時はどうかよろしくお願いしますね」
「ああ、此方こそよろしく頼む。ところで竜ってどれぐらいで成人するんだ?」
「千年程です。長女が今六百程なので、あと四百年もすれば召喚に応じる事ができるようになるはずです」
(400年後俺絶対生きてねーぞ)
霊竜なりの冗談なのか、それとも人間の生態を理解していないだけなのか反応に困る。
とりあえず子供たちに挨拶しておこうと、背中から大声で挨拶する。
「俺の名はたかしだ!よろしくな!」
「「よろしくー!!」」
霊竜が伏せてくれたので背中から降りると、群れの中で最も小さな竜が興味津々と言った様子で此方に近づき、鼻をすんすんいわせながら体のあちこちを嗅いでくる。
子供とは言え十分図体はデカい。
そんな竜に嗅ぎまわられたら、普段なら不快に感じるところだが、小さな子供だと思うと逆に微笑ましくさえもある。
「初めまして、俺はたかしだ。君の名前を教えて貰っていいかな?」
俺は目の前の竜に改めて名乗り、名前を聞いてみる。
「名前?まだ無いよ?」
(え!?ねぇの?名前?)
一瞬ネグレクトという単語が頭をよぎる。
驚いた表情で霊竜の方を見ると、俺の疑問に気づいたのか答えてくる。
「私たちドラゴンは、成人して初めて名を得るのです」
「不便じゃねーの?」
「そうですね。無いよりはあった方が便利だとは思いますが、古くからの仕来たりですから」
(仕来たりなら、まあしょうがないか)
個人的にはなんの意味も感じられ無いが、そう言った物を重んじ信じる相手に部外者が口出しすべきでは無い事くらいは理解している。
無いなら無いでまあ良いと思い、本題を切り出す。
「邪龍ってのとはここにいる全員で戦うのか?」
「まさか!?子供達にそんな危険なことをさせられません。戦うのは私とあなた、正確には私が戦って貴方にはサポートをして頂きます」
「あんたが弱ったら召喚して全快させりゃ良いんだよな?」
竜同士の戦いなど怪獣大決戦の様な物だ。
俺は元より、俺の他の召喚も戦力にがならないだろう。
つまり俺には召喚による全回復ぐらいしか出来ることは無い。
「それとあなたには強化と回復の魔法をお願いします」
「え……いや、無理無理無理無理無理!ドラゴンの戦いに、横から回復とか強化魔法とか出来るわけないじゃん!」
(死ぬわ!殺す気か!)
「勿論直接参加してもらう訳ではありません。腕を出して貰えますか?」
「腕を?」
「ええ、少々痛いですが我慢してください」
そういうと俺の腕に霊竜が口先で噛り付く。
「いってええええ。ちょ、滅茶苦茶痛てぇぞ!」
余りの痛みに思わず声を出すが、黙れと言わんばかりに鼻息を勢いよく吹きかけられる。
(くっそー。口の中にスライムでも召喚してやろうか)
そんな不穏な事を考えていると、頭の中に声が響く。
≪そんな事をしたら、腕を噛み千切りますよ≫
!!!!!
(何だ?頭の中に声が!?)
驚いて霊竜の方を見ると既に腕は解放されており、愉快気に此方を見下ろしていた。
(気のせいか?)
「気のせいではありません。貴方と私を繋げました」
「繋げた!?」
「ええ。これであなたは離れた場所からでも、私を回復する事が出来るはずです」
「まじか!?」
「そうですね。試しに離れた場所から私に魔法をかけてください」
俺は霊竜から少し離れ、回復魔法をかけてみる。
すると、本来は近くでしか発動しない回復魔法が離れた霊竜へとかかる。
「ほんとだ、離れててもかかる」
霊竜の方を見ると満足そうに頷き。
「サポート。よろしくお願いしますね」
「ああ、任せてくれ」
「えー。たかしだけずるいー」
そう言いながら、先程臭いを嗅いできた竜がじたばたと足を踏み鳴らし、ずるいずるいと言いながらゴロゴロと転がる。
可愛い子供の嫉妬と我儘だ。
俺だけ母親と繋がっているのが気に食わないのだろう。
そんな事を考えていると、唐突にその竜が立ち上がり此方へ突進してきた。
やばい!
そう考えた次の瞬間竜が激突し、俺の意識は途切れた。




