第六話 家族
「ママー」
「はーい。ママですよー」
温かい木漏れ日の中、ふらふらとおぼつかない足取りで寄ってくる幼児をリンが抱き上げ、頬にキスをする。
キスが嬉しかったのか、その子はキャッキャと楽しそうに笑う。
黒髪黒目の、くりっとしたまん丸お目目の愛らしい幼児。
その子をリンは愛おしそうに抱きしめていた。
「パパー」
その子は俺をパパと呼ぶ。
そっと手を伸ばすと、その子の小さな手が俺の指を掴む。
その柔らかく、とても暖かい手に思わず笑顔になってしまう。
(可愛いなぁ。でも俺をパパと呼ぶのはまじやめてね)
14歳のリンがママで。
成人男性の俺がパパ。
どう考えても犯罪の臭いしかしない。
呼び名を変える様に根気よく教えているのだが。
どうやらママと呼ばれるのが嬉しいらしく、リンがひたすら妨害してくる。
ママはもうしょうがないと諦めるにして。
せめて俺の事はたかしと呼ばせたいのだが、リンは何故かそれすらも妨害してきた。
ナイーブな俺としては人目が気になって仕方がないのだが。
我慢するしかないか。
(せっかくフラムから解放されて、人目を気にしなくて済むようになったのになぁ)
一難去ってまた一難とはまさにこの事。
「ママーお腹すいたー」
「ケロちゃんはお腹すいたの?じゃあ、何が食べたいのかなぁ?」
「ほねー」
「まあ!ケロちゃんは骨が食べたいんでちゅねー」
(何で急に赤ちゃん言葉?)
「うん!食べたいー!」
「そうだと思ってー」
リンはつなぎのポケットからスッと骨を取り出す。
取り出された骨は、長さ10センチ、直径3センチほどの大きさで。
とても子供の口にするサイズでは無かった。
まあそれ以前に、普通の子供は骨など齧ったりしないわけだが。
「わー!骨だー!」
「さあ召し上がれ」
そう言うとリンは、小さな子供の口に骨を垂直に突き刺すように突っ込んだ。
ガリガリガリガリガリ
口の中に突っ込まれた骨がまるで電動鉛筆削りに突っ込まれた鉛筆のように、ガリガリ音を立てて吸い込まれていく。
そして見る間に10センチはあった骨が完食される。
(流石ケルベロス。良い喰いっぷりだ)
そう、今リンがその手に抱く人間の姿をした幼児の正体。
それはつい先日拾って来たケルベロスに他ならない。
(三つ首のワン公がいきなり人の姿に変わった時は、ひどく驚いたもんだ)
ジェームズが言うにはこの子はケルベロスの上位種らしく。
環境に適応する為擬態しているのではないかとの事だ。
「ケロちゃんお腹いっぱい?」
「うん!お腹いっぱい!」
そう言いながらケロはぎゅっとリンに抱き着く。
その姿はどこからどう見ても人間の子供にしか見えない。
(擬態って言うよりかは変身だよな。これ)
因みにケルベロスの名前はケロで。
名付け親はリンだ。
俺としてはそんな蛙みたいな名前よりロペスの方がいいんじゃないかと提案してみたが、気持ちよくスルーされた。
「ケロちゃんあやとりしよっかー」
「うん、するー」
木陰に座り込みあやとりをする二人。
そんな微笑ましい姿を見て思う。
(リンもいつか大人になったら、誰かと結婚してこういう風に自分の子供をあやすんだろうなぁ)
そしてその頃になっても、変わりなく独身で一人寂しく生きている自分を思い浮かべる。
そんな未来を想像すると、何だか悲しい気分になって泣けてきた。
「パパーみてー」
気づけばケロが此方に寄ってきて、糸を指に巻き付けた両手を此方に向けてくる。
「はしだよー」
「おーすごいなー」
幼い両手にかかってる紐はグニャグニャに歪んでおり、どう見ても橋には見えないが。
(ケロが喜んでいるのならまあ良いだろう)
嬉しそうにしているケロの頭を優しく撫でる。
気持ちよさそうに目を細めて頭を撫でられるケロを見て思う。
(残り二つの頭はどこ行ったんだ?)
物凄く謎ではあるが気にしても仕方がない。
この異世界においては不思議な事は魔法・スキルで全て片付いてしまうからだ。
ケロを抱き上げ、そろそろ出発しよう。
そうリンに声をかける。
「はーい!じゃあケロちゃんは私が抱っこしますね!」
「ああ、頼むよ」
ケロをリンに任せ、俺は召喚したサーベルタイガーにまたがる。
リンはケロを左手に抱き、右手を俺の腰に回し横乗りする。
「んじゃあいくぞ」
「はい!」
サーベルタイガーは駆ける。
次の街、ガレットを目指して。




