第五話 モフモフ
「え~っと……なんだぁ。とりあえずそれをこっちにだな……」
リンの方に手を伸ばすと、逃げる様に後ろに下がられてしまう。
(まいったなぁ)
リンの思わぬ行動に困惑しつつ頭をかく。
「たかしさん……お願いします……」
目をウルウルさせながら、腕の中のそれを守るかのように抱きかかえ。
リンは懇願するように声を絞り出す。
(無理やり奪うのは流石にあれだよなぁ。そもそも今リングが無いから、リンから力づくで取り上げるとか絶対無理だし)
そんなことしようものならワンパンであの世行だ。
それぐらいリンは強く。そして俺は糞弱い。
リングのない俺など、ほぼ村人に毛が生えたレベルでしかなかった。
頭を掻きながら天を見上げ、溜息を吐く。
「はぁ……まいったなこりゃ」
再び視線をリンに戻す。
その腕の中には、生まれたばかりの子犬がしっかりと抱きかかえられていた。
正し普通の犬と違い、そいつには頭が三つ乗っかっている。
つまりはケルベロスだ。
(ケルベロス退治の最中に、なんでその赤ん坊拾ってくるかなぁ)
「たかしさんお願いします……この子……独りぼっちなんです……」
(だろうね。何せ俺達が凄い勢いでそいつの家族や仲間を狩った訳だからね!)
ケルベロスをばんばん狩りまくってたリンも、流石に生まれたばかりの子供を殺す事は出来なかったようだ。
「ちゃんと!ちゃんと世話しますから!」
(そういう問題じゃないんだけどな)
そもそも子供の言う、ちゃんと世話をする宣言程世の中信じられない者は無い。
ちらりとジェームズの方を見ると、困ったような何とも言えない顔をしていた。
彼からすれば息子に大けがを負わせたケルベロスは憎い仇のはず。
それを息子の命の恩人がペットにすると言い出せば、何とも言えない顔になるのは仕方ない事だ。
「あの、ジェームズさん。きちんと管理しますんで、何とか見逃して頂けませんか?」
「うーん……息子の命の恩人の頼みとなると、断われませんねぇ……」
ジェームズは眉根に皺を寄せながら渋々承諾する。
「ただし。もしそのケルベロスが人に害を成すようなら、たかしさん達の手で責任をもって処分してください。いいですね」
「それは勿論です。周りに被害を出る事が無いよう、きっちり目を光らせておきます」
俺は希望を砕かれ小さく溜息を吐く。
できればジェームズには断固反対してもらいたかった。
期限付きで旅してまわる事を考えると、子犬なんざ育てている余裕などない。
だからジェームズが反対してくれれば、彼を悪者にしつつ、ケルベロスを始末する事が出来たのだが。
ちらりとリンを見ると、先程とは打って変わって、希望の色を称えた美しい翡翠色の瞳で此方を見つめていた。
(く!言えない!この期待に満ちた目を見ながら処分しろなんてとてもじゃないが……)
「しょうがねぇなぁ」
「有り難う御座います!!!私絶対この子をいい子に育てます」
ケルベロスに良いも悪いもない気がするが。
まあとりあえず、飼う上での絶対条件をリンにはきっちり伝えて置く。
「リン。そいつを飼う上で言っておくことが三つある」
「はい!」
「1つ目は、もしそいつが俺達の手に負えそうにない場合はそいつを始末する事だ。そしてその判断は俺が下す。いいな」
「大丈夫です!私がちゃんといい子に育てます!」
魔獣相手にその自信は一体何処から来るのか。
リンは絶対に間違いないと言わんばかりに、元気声で返事する。
「俺達が外の世界に居られるのは1年だけだ。つまり1年後にはそいつを置いていくことになる。それが2つ目だ」
「あの、たかしさん。たかしさんの魔法で連れて行く事は出来ないんでしょうか?」
転移系の魔法で連れて帰る事は出来る。
たぶん。
だが問題は別にあった。
俺は顔をリンに近づけ、そっと耳打ちする。
「神様からの許可しだいだ」
「神様?」
リンがキョトンとしたような顔で此方を見てくる。
「その話はあとでする。とにかく、外の世界に置いてかなけりゃならない可能性がある事だけは覚悟しとけ」
「はい」
納得できないといった面持ちではあったが、一応返事は返してきた。
「それで三つ目だが。俺にも抱っこさせろ!」
「はい!!」
魔獣とは言え赤ん坊は可愛いものだ。
(せっかく飼うんだから俺もふもふしたい!)
リンからケルベロスを受け取り、抱っこして頬ずりする。
目を覚ましたのかキューンと甘えてなく姿が可愛くて更にすりすり。
「あ!ずるいです!わたしもまだすりすりしてないのに!」
奪い返そうと手を伸ばすリンに背を向け、さらにスリスリモフモフ。
うーん、デリシャス!
「たかしさんずるいです!」
「あ、あの。もしよかったら私にも抱っこをさせて貰えませんか?」
「「え!?」」
思わず上げた驚きの声がリンとはもる。
(あんた息子の事は良いのかよ?)
「いやー息子には悪いんですけど、可愛い姿見てたら堪らなくって。あ、この事は息子には内緒にしててくださいね」
そう言うと、照れくさそうにウィンクしてきた。
(おっさんのウィンクとか誰得だよ?)
結局皆可愛い生き物には弱い。
可愛いは正義を実感するたかしであった。




