第八十五話 瞬殺
「まじかよ」
絶望的な状況に思わずつぶやく。
その余りの光景に、その場に居る全員が固唾を呑む。
まあ正確には一人を除いてだが。
黙々とストレッチを行う彩音に、ティーエが声をかける。
「あの、彩音さん。楽し気にストレッチしているところ申し訳ないのですが、ここは一旦撤退すべきではないかと」
「そうか?大丈夫だろう」
(大丈夫なのはお前だけだ。ふざけんな)
いや、この状況下では彩音とて危ないかもしれない。
改めて辺りを見渡す。
青々と茂った草原が目に眩しい。
そんな草草をさわやかな一陣の風が薙ぎ。一斉に煽られ、流れる波のように動くさまはとても美しく感じる。
風はやがて俺達の元へとたどり着く。
遠くから押し寄せてきた風に包まれると、全身の火照りが静まりとても心地よかった。
心落ち着く牧歌的風景。
さわやかな風。
そしてそんな素敵な景色に混ざる、大量のドラゴン。
(よし。帰ろう)
俺は迷わず目印転移の詠唱を始める。
そんな俺に気づき、彩音以外のメンバーは俺の周りに集まりだす。
周りと相談するまでもなく、皆の気持ちは一つだった。
とりあえず彩音に丸投げしよう。それが無言のうちに皆で出された結論だ。
詠唱が完了し、範囲に全員――ただし彩音は除く――が入っているかを確認する。
(よし。大丈夫だな)
「彩音。ヤバそうだったら遠距離通話で言ってくれ。こっちでいつでも呼び出せるようにしておくから」
「わかった、まあ大丈夫だとは思うが」
彩音の頼もしい返事に、頼んだぜと軽く返し魔法を発動する。
発動する。
発動する。
発動する?
(あれ……発動…………しない?……)
状況が呑み込めず挙動不審気味にきょろきょろ辺りを見回す。
頭の中は?マークでいっぱいだ。
「あの?たかしさん。どうかしたんですか?」
相当間抜けな顔をしていたのだろう。
挙動不審な俺を、心配そうにフラムが覗き込んでくる。
「いや。何か魔法が発動しないんだけど」
その言葉を受け、眉を若干ひそめながらティーエが素早く魔法を詠唱する。
この詠唱は恐らく筋力強化だろう。
プリーストの魔法に別に詳しくはないが、何度か受けているうちに何となく分かるようにはなった。
彼女は素早く詠唱を終え、俺に魔法をかける。
「私の魔法は問題なく発動するみたいです」
彼女の言葉に嘘は無いだろう。
全身に力が漲って来る事から、魔法が成功したことは疑いようがない。
ではなぜ自分の魔法は発動しなかったのか?
俺は首を傾げながら、もう一度魔法を使ってみる。
だが結果は同じ。
(俺だけ魔法が発動しない?)
自分の魔法が使えないならばと、ハーピーを呼び出し 帰還魔法を使わせる。
だがこれも結果は同じだった。
「ひょっとしたら、転移系魔法を阻害する仕掛けがあるのかもしれないねぇ」
パーは口調こそ呑気だが、その口元は一切笑っていない。
このまま戦闘が始まれば、かなり危険な事を認識しているからだ。
(閉じ込められた?しゃれになんねぇぞ)
30階層以降の階層移動は全て転移魔法陣によるものだった。
階層を繋ぐ魔法陣は全て対になっており、自由に出入りできたのだが。
ここ50階層だけは違った。
49階層からの移動は片道であり、50階層から49階層に戻る為の魔法陣が存在しなかったのだ。
その為転移系の魔法が封じられた今、俺達はここ50階層に閉じ込められた事になる。
「その仕掛け、なんとかなんねぇか?このままだと彩音は兎も角、俺達かなりヤバいんだが……」
俺とリンは 影移動を上手く使って立ち回ればどうにでもなる。
レインも天性の勘とスピードがあり、ある程度ならば自衛が聞くはずだ。
問題はティーエ・フラム・パーの三人だ。おまけでティータもつけていい。
乱戦になれば、この4人はかなり危ない立ち位置になるだろう。
姿と臭いや音を消してやり過ごそうにも、すでに何匹ものドラゴンたちが此方を見ている。
今更消えた所で、見逃してもらえるとは到底思えない。
「残念だけど、僕にはそんな能力は無いよ。フラムやティーエちゃんは?」
「私もそういったものは」
「残念ですが」
パーの問いに、残念ながら色よい返事は帰ってこなかった。
(どうすればいい?現状ドラゴンたちはこっちを注視するだけで動きだしてはいないけど、いつまでも眺めているだけって事は無いよな)
奴らが動き出す前に、何とか手を考えないと。
合理的に考えるなら、全力でパーを守り。
他は最悪切り捨てるのが正解だろう。
これ以上仲間を失いたくないとは思うが、最悪パーさえ守れれば、死人が出ても後で生き返らせられる。
もちろん絶対に生き返れる保証は無いが、これしかないだろう。
そう思い口を開こうとするが、それよりも先に彩音が言葉を発する。
「ティーエ。ドラゴンリングを貸してくれ」
「え、ええ。構いませんが、どうなさるおつもりですか?」
「ん?スキルで一気に吹っ飛ばす」
「ええええ!!そんな事出来るんですか!?」
フラムが驚きの余り大声を上げる。
(大声出すなよ!あほかこの女は)
多少距離があるとはいえ、大声を出して刺激すれば一斉に襲って来ないとも限らない。
まあ、気持ちは分からなくもないが。
(しかし一気に吹き飛ばすとか。悩んでたのが馬鹿らしくなるぜ)
呆れつつも、仲間の命を切り捨てようと少しでも考えた自分が嫌になる。
「山籠もりの成果を見せるさ」
そう言った彩音の笑顔はとても爽やかで、心なしか歯がキラーンと輝いている様ないないような。
俺が女なら、素敵!抱いて!!と行ってしまいそうな程男前の笑顔だった。
「圧倒的力!」
ティーエからリングを受け取った彩音が大技を発動させる。
その瞬間彩音の体が炎のような真っ赤なオーラに包まれ…………ない?
「あれ?スキル発動したよな?」
「ああ」
俺の疑問に、彩音は自らの左腕を俺の前に掲げて見せる。
その腕は煌々と、紅く美しく輝いていた。
以前の炎の様なオーラとは違う。まるで薄い輝く被膜が腕を取り巻いているかのようだ。
「山籠もりのお陰で、完璧にコントロールできるようになった。たかしが時間をくれたおかげだ」
「そ、そうか……」
気まずさから目を逸らす。
そもそもさっさと帝国に来たのは此方の勝手な事情だ。
ぎりぎりまで彩音を呼ばなかったのだって、少しでも強くなってくれればと下心があっての事。
だのに、彩音の眼はひたすら純粋に真っすぐで。
彼女を見ていると、自分が薄汚い存在のように感じられてしかたなかった。
「よし!相手が動き出す前に決める。私の周りに皆集まってくれ」
(集まる?離れるじゃなくて?)
全てを貫く一撃等を考えると、強い衝撃が発生する為離れろというなら分かる。
だが彩音は逆に近づけという。
「離れるじゃなくて、近づくのかい?」
パーも同じ疑問を持ったのか彩音に尋ねる。
「ああ、私から5メートル以内に集まってくれ。ただし近づきすぎても不味いから、1メートルは離れててくれ」
どうやら近づくで間違いないようだ。
彩音の指示通り、付かず離れずの位置に皆が集まる。
「よし!行くぞ!爆地衝撃殺!」
彩音が振り上げた拳を地面に叩きつける。
その瞬間、光り輝く白い渦が彩音を中心に広がり俺達を包み込む。
「はぁ!!!!」
裂帛の気合の声と共に彩音の体が輝き。
目の奥を焼き尽くさんばかりのその強烈な光に視界が奪われる。
次の瞬間、辺りから爆発の様な轟音が響き。地面が大きく揺れ、思わず体勢を崩して倒れそうになる。
まるで地震の様な揺れはしばらく続いたが、次第に収まり、恐る恐る目を開くと。
最初に目に入ってきたのは、ブルドーザーで抉り取られたかのような跡の地面。
そして次に目に入ったのが、360度見渡す限り抉り取られた場所に点々と転がる大量の魔石だった。
言葉が出ない。
一気に吹き飛ばすとは言っていたが。
まさか此処までとは。
「どうだ?新技は?」
「お、おお。中々だな」
「だろ♪」
彩音が嬉しそうに聞いてきたので、思わず適当に返したが。
中々どころではない。もはや滅茶苦茶レベルだ。
自分の力に満足したのか、嬉しそうに笑顔を作る彩音を微笑ましく眺めながら思う。
こいつの前世は絶対怪獣か何かだと。




