第八十ニ話 レインとパー
「あそこだ」
レインが剣で何もない空間を指す。
「あいよ」
レインに返事をしながらパーが右手を突き出し、魔法を詠唱する。
その突き出した右手の少し前方に小さな光が現れたかと思うと、見る見るうちに光は渦を巻き、大きな光球へと生まれ変わる。
「電磁衝撃波!」
パーの叫びと共に光の玉は右手より高速で打ち出され、レインの指す少し前方辺りで唐突に動きを止める。
次の瞬間、光球は耳障りな音を発生させながら明滅を繰り返す。
眩い閃光を孕んだ雷光と衝撃波が明滅を彩り。
その様は美しくさえ感じる。
やがて明滅は次第にその速度を上げ、最後には大きく破裂し、美しい光の花を咲かせ消えていく。
「何度見ても綺麗な魔法ですねぇ」
フラムがうっとりと残光を眺めながら呟く。
「死ぬほどうるさいけどな」
確かにフラムの言う通り、明滅から大輪の花を咲かせる様はとても美しい。
だがそれと同時に、耳を貫くその音はとても不快な物だ。
(まあ我慢できないほどではないが)
個人的にはプラマイゼロといった所か。
「ふん、情緒を解さん男だ。所詮異世界人には物の良し悪しなど分かるまい」
ティータが水を得た魚のごとく、嫌みを言ってくる。
が、勿論これは無視。
放って置いてもティーエさんに叱られるのは目に見えているからだ。
「ティータ!」
案の定だ。
ティーエさんに説教され、子犬のように小さくなっているシスコンを十分堪能したので、視線を前方に戻す。
するといつの間にかレインの傍に移動したパーが、満面の笑顔で右手を上げていた。
パーンと乾いた音が響く。
レインが恐る恐る戸惑いながら近づけた右手に、パーが勢いよく手をぶつけハイタッチした音だ。
(一々罠を解除するたびにハイタッチとか。めんどくさい女だな)
41階層に来てから、既に10回以上はハイタッチをレインに求めているパーには呆れる。
そして、ハイタッチする度嬉しそうな表情で右手を眺めるレインにも。
(いい加減慣れろよ。いくらなんでも26の男の反応じゃねーぞ)
レインがパーの右手に触れるたびに、嬉しそうにする様を最初は微笑ましく思ったものだが。
毎度毎度手を上げるだけで、自分から手を合わせに行けないのは流石に情けなく映る。
(本気で口説く気なら、もうちょっと男らしくいけよな)
このままでは仮に付き合えたとしても、手もまともに握れないのではと人事ながら不安になってしまう。
「二人での共同作業、上手くいってますね」
フラムが顔を近づけ、嬉しそうな声でそっと耳打ちしてくる。
二人には現在トラップゾーンの対処を任せていた。
以前は罠の発見と解除はニカの担当だったが。
ニカを失った事で、発見はレインが、そして解除はパーが担当し。
コンビで処理に当たって貰っている。
その為か、二人の距離感は以前よりずっと近づいている気がした。
純粋に二人の事を応援しているフラムは、そんな二人の様子を嬉しそうに眺める。
俺もレインの事を応援してはいるが。
ニカの事が頭を過り、この状況を手放しで喜ぶ気にはなれなかった。
「先を急ごう」
レインの傍に寄り、声をかける。
「ああ、すまない」
声をかけると、彼の表情は一瞬で引き締まる。
彼にとっては至福の時間であったろうが、タイムリミットがある以上のんびりしている訳にはいかない。
パーとの事は、最悪ニカが生き返ってからでも遅くはないだろう。
(悪いな)
心の中でレインに謝りつつ。
俺達は探索を再開する。




