第七十五話 喪失
目の前にはエリアボス。
周りにはレベル100を超える魔物達。
しかも前衛と後衛は完全に分断されている。
全滅。
そんな不吉な思いが脳裏をよぎる。
(笑ってやがる……)
目の前のキングが口の端を吊り上げ、此方を見下したかのような目で俺を見下ろす。
キングだけではない。
周りに現れたゴブリン全てが、にやついた顔で俺達を見ている。
見事に罠にかかった間抜け共は、さぞや滑稽に映っている事だろう。
幸いな事に、相手は焦る俺達を見て楽しむ腹積もりらしく、直ぐには仕掛けて来ないようだ。
何か手を考えなければ……
呼び出しで彩音を呼び出す?
彩音ならばこの程度の敵、鼻歌でも歌いながら蹴散らしてくれるだろう。
(駄目だ詠唱が長すぎる)
いくら圧倒的優位な状況だとしても、目の前で長々と詠唱を始めたら確実に潰されてしまう。
例の切り札を使う?
目の前で召喚すれば、これも絶対に潰される。
だが、影から影を高速移動できる影移動――指輪の効果でリンから付与されている――で囲みの外へ逃れれば……
もっとも外周に居るゴブリンの陰に移動するのに3秒。
走って追ってくるゴブリンを、ある程度引き剥がすのに10秒。
送還と召喚、そしてドッペルゲンガーに指示を与え、再び影移動で元の場所へ移動するのに20秒。
その間約30秒と少し。
フラム達の方はニカが懸念材料ではあるが、3人ならばきっと上手く持ち堪えてくれるはず。
問題はレインだ。
ガートゥ送還から20秒程一人で戦う事になる。
それもキングを含めてだ。助かる見込みは少ない。
迷いや葛藤はある。だが選択肢は……他にない。
俺は周りを刺激しないよう、小声でレインに話しかける。
「なあレイン。お前の命を俺にくれないか?」
「策が有るのか?ならばすぐに実行しろ」
「多分お前は……」
「気にするな」
俺はレインに死ねと言ってるのに、レインは迷う事なく俺に答えてくれる。
「時間稼ぎを頼む……」
(すまない……)
俺は心の中で謝罪する。
口に出す事は、彼の覚悟を侮辱するように感じたからだ。
▼
たかしの体が影へと沈み込んでいく。
それを阻止すべく、キングが雄叫びを上げながらたかしに斬りつける。
だがその切っ先が彼に触れるよりも早く、たかしは影に潜り込んだ。
(後は頼んだぞ。たかし)
恐らく俺は助からないだろう。
剣の道を選んだ時から、死は覚悟していた事だ。
思い残す事があるとすれば、彼女に自分の気持ちを告げられなかった事だけだ。
まあいいさ。
彼女が助かるなら、それでいい。
それだけで十分だ。
その為に俺は剣を振るおう!
覚悟と共に剣を強く握りこむ。
たかしを見失ったキングが怒りの咆哮を上げる。
それが合図となり、周りを取り囲んでいたゴブリン達が動き出す。
ゴブリン三匹が俺を取り囲み、手にした斧で俺に襲い掛かる。
俺は円を描く様に、体を旋回させつつ手にした剣で敵の斧を全て弾き返し、体制を崩したゴブリン一体の首を刎ね飛ばす。
その際、視界の隅に大型のゴブリンに弾き飛ばされるガートゥが映る。
そう言えば奴との決着もまだだったな。
奴との決着は、地獄で付けるとしよう。
「はぁ!!」
俺は裂帛の気合と共に目の前の敵に斬りかかる。
己の全てを賭けて。
▼
「くそが!」
俺を追って来た最後の一匹を斬り捨てる。
走って引き離すつもりだったが、ゴブリン達は俺が考える以上に俊足だった。
その為引き離すのを諦め、追って来た奴らをすべて処理する羽目になってしまう。
(くそ!もう30秒は軽くたってる!)
俺は急ぎ、ウォーリアを送還しドッペルゲンガーを召喚する。
呼び出したドッペルゲンガーに変身を指示し、次いでガートゥを送還…………できない……
(すまん。ガートゥ……)
ドッペルゲンガーを2体召喚し、変身を指示する。
俺はドッペルゲンガーの変身を見届けると同時に、 影移動で影へと潜り込み、レインの元へと急ぐ。
ほんの僅かな可能性に賭けて。
▼
目の前のゴブリンの腕を切り裂く。
腕を裂かれたゴブリンは痛みで下がる。
けどすぐに、別のゴブリンがその穴を埋めるように前に出てきてしまう。
きりが無い。
襲い掛かってくるゴブリンを捌きながら、ちらりと視界の端で三人の様子を確認する。
パーさんもフラムさんもきつそうだ。
特にウォーリアさんはもうボロボロ。
パーさんは棒で、フラムさんは何処からか取り出した鞭で応戦してる。
ニカちゃんには、隠遁――パーさんのマントの効果――で身を隠して安全な所へと非難して貰った。
四人で背中を庇いあって凌いでいるけど。
多分長くはもたない。
!?
突然ウォーリアさんが消える。
ウォーリアさんが消えてできた穴に敵が、押し寄せる。
きっと私たちを分断して殺すつもりなんだ。
まずい!不味いよこのままじゃ!
たかしさん、助けて……
絶望に喘ぎながらも、私は必死に目の前の敵を蹴り飛ばし、空いた穴をカバーすべく動く。
ぐ……
鋭い痛みが腕に走る。
無理をして目の前の相手を捌いたせいで、敵の斧が腕をかすめてしまった。
一瞬顔を顰めるが、堪えて目の前の敵を爪で薙ぐ。
だが痛みのせいで動きが鈍ったためか、爪は空を切り、その隙を狙って斧が振り下ろされる。
躱せない!
咄嗟に爪でガードしたけど、吹き飛ばされ尻もちをつく。
そこに頭上から斧が振り下ろされた。
ガギンッ!
咄嗟に爪を使って両手でガード。
だけど体制が悪いのと、腕の怪我のせいで相手を弾き返せない。
「リンちゃん危ない!」
声を聴いて、目の前のゴブリンに集中していた視線を横にずらす。
そこには私めがけて斧を振りかぶるゴブリンが。
不味い!躱せない!
これを受けたら終わる。
そう覚悟した時、急に体から力が溢れてくる。
この感じ、あの時の……
私は痛みを堪え、ありったけの力を籠めてゴブリンをはねのけ。
自由になった体を捻り、首めがけて振り下ろされた斧を紙一重で躱しながら起き上がる。
と同時に、ゴブリンに突っ込んだ。
横薙ぎの斧を身を低くして躱し、相手の胸に腕を突き刺し。
そして腕を突き刺したまま相手を投げ飛ばす。
投げ飛ばされたゴブリンは他の敵を巻き込み、盛大に吹っ飛んだ後消滅する。
次!
そう思ったとき、再び体に力が湧き上がってくる。
私は体中から湧き上がってくる力をセーブする事なく、目につくすべての敵を八つ裂きにしていく。
▼
影から飛び出す。
そこには……ゴブリンに足蹴にされる、血まみれのレインが倒れこんでいた。
頭に血が上り、レインの遺体を足蹴にしていたゴブリンの首を刎ねる。
更に怒りに任せて剣を振るう。
その度にゴブリン達の首が刎ね飛んだ。
十匹程刎ね飛ばした所で、大剣を弾き返す。
キングによる背後からの奇襲だ。
(待ってろ。てめーは最後だ)
剣を弾き返されたことで、体制を崩したキングの足を切り裂く。
足を深く裂かれ、痛みで膝をつくキングを放置する。
ニカの母親の遺品を回収する為だ。
召喚は消滅する際、身に着けている物を巻き込む。
(だから後回しだ。そこで自分の番が周って来るのを怯えて待ってろ)
そして俺は、再びゴブリン達の首を刎ねる作業へと戻る。
そこからゴブリン達を殲滅するのには、3分とかからなかった。
その日、俺は仲間を二人失う。




