第七十四話 エリアボス
「あいつか」
「ああ、間違いねぇ。奴だ」
ガートゥが言っていたヤバい奴の臭い。
俺達はその臭いを断つべく、ここへと来た。
強力な魔物を放置しての遺品探索は、相手の能力が分からない以上危険と判断したからだ。
目の前の魔物は恐らくゴブリン。恐らくと付けたのは、その巨体の為だ。
ガートゥもゴブリンにしてはかなり大きい方だが、目の前のゴブリンはそれよりも更に一回り以上大きい。
衣類こそ他のゴブリン達と同じく腰蓑しか身に着けてはいないが、頭には宝石類や鳥の羽をあしらった華美な兜を被っており、その背には巨大な剣が背負われている。
エリアボス
そんな単語が頭をよぎる。
ダンジョン探索系のゲームではよくある存在だ。
特定の階層で巨力なボスが配置され、プレイヤーの行く手を阻む。
大抵の場合、ボスは周りの雑魚とは一線を画す力を有していることが多い。
目の前の相手は、そういった類の存在である事は疑いようがないだろう。
魔物は鋭い眼光で此方を睨みつけながら、悠然と仁王立ちしている。
剣を交える程ではないが、お互いの顔がはっきり分かるくらいの距離まで近づいているにも関わらず、相手に動く気配はない。
どうやら向こうから動く気はないようだ。
(かかって来いって事か……)
「あれは!?」
突如ニカが大きな声を出す。
「あの兜。あれに付いている石の飾り。あれはお母さんの……」
言われて相手の兜をよく見てみる。
兜に備え付けられているのは華美な宝石類ばかりだが、その中の一つに、明かに場違いな白い石ころが混ざっていた。
ニカには悪いが正直只の石にしか見えない。
何故目の前の魔物がそんなものをわざわざ兜にあしらえたのか、正直理解不能だ。
「あれってひょっとして、精霊石ってやつかい?」
「はい。母からはそう聞いています。昔御先祖様が弱っていた精霊を救ったお礼に、頂いたものだそうです」
「なるほどねぇ。確か精霊石は、身に着ける者の力を引き上げる効果があるんだったかな?」
(なるほど。装飾に地味な石が混ぜられていたのは、効果を期待しての事か)
強力な力を持つボスが、更に装備で強化される。
あまり楽しい事態ではないが、ぼやいても仕方ない事だ。
俺は相手の強さを確認すべく、覗き見を使用する。
キング
【種族:ゴブリン・クラス:王者】
バウル族の長。その圧倒的な力で多くのゴブリン族を支配していた王。
召喚魔法により、現在は王墓30階層を守護している。
レベル190【+19】
(こいつ……レベル209もありやがる。ていうか王者ってなんだよ?ガートゥといい、こいつといい、ゴブリンの癖に無駄にカッコいいクラスに就きやがって)
「それで?敵の強さは分かったのか?」
俺がスキルを使った事に感づき、レインが聞いてくる。
スキルを使用しても、動きやエフェクトは発生しない。
にもかかわらず、的確にそれを見抜いてくるレインの勘には驚かされるばかりだ。
「ああ、レベル209だ」
「209!?あらら、それはまた随分と手強いねぇ」
パーの言う通り手強い相手だ。
以前なら間違いなく逃げを選択するレベルの。
だが今は違う。
現段階での俺の戦闘レベルはおよそ205。
これはガートゥを召喚できる様になった事で、力が大幅に上がった結果だ。
今の俺のレベルなら、目の前の化け物相手でもそこそこいい勝負ができるはず。
ましてや此方には他の面子が居る。
まず負けることは無いだろう。
「単独なのが少々気にかかるが」
「なんだレイン。ビビったのか」
「ほざけ」
(あれだけ場違いのレベルで取り巻き迄いたら、流石にシャレになんねぇぞ)
しかし長引けば他のゴブリン達が寄ってこないとも限らない。
「レイン、ガートゥ。悪いけど一対一は諦めてくれ。3人でかかるぞ!他の皆は別のゴブリンが寄ってきたら対処を頼む!」
俺は腰の剣を抜き放ち、そう宣言する。
二人の事だ、きっと自分の手で倒したいと考えていたはず。
だが今回は相手が悪い。二人には諦めてもらう。
「仕方ねぇか」
「安心しろ、たかし。勝ち目のない一対一を主張するほど、俺も愚かではない」
二人は俺の言葉に素直に従い、俺の横に並び立つように構える。
「それじゃあ僕たちは周りを警戒しつつ、可能なら後ろから魔法でサポートするよ」
「リンちゃんとニカちゃんは遠距離スキルを警戒してくれる?魔法詠唱中は、私達少し無防備になっちゃうから」
「はい!」
「が、頑張ります!」
ゴブリンウォーリアには最悪フラム達の壁になるように、彼女たちの傍に控えさせておく。
さて、作戦は決まった。
後は目の前で偉そうに仁王立ちしているキングを、数の利でボコボコにするだけだ。
「俺が突っ込む!二人は奴の背後をとってくれ!」
「おうよ!」
「わかった」
俺は一気にキングへの間合いを詰める。
一気に距離を詰めた俺に対し、キングは背から引き抜く動きそのままに、剣を振り下ろしてくる。
その一撃を、俺は正面から受け止めた。
その叩きつけるかのような斬撃を受け止めた事で、両足が地面にめり込むのを感じる。
だが衝撃による痛みはほぼ無い。
(いける!)
相手の一撃を正面から受けた事で勝ちを確信する。
キングの初段をあえて俺は正面から受けた。
これが受けきれるかどうかで、戦い方が大きく変わるからだ。
今の一撃で弾き飛ばされるようなら、きつい戦いになっただろう。
受け止めれなければ、三人で囲み、牽制しながら隙を作って打ち込む戦い方をする必要があった。
戦術としては有効だ。
しかし相手がダメージを無視して、ガートゥやレインを集中的に攻撃しだした場合、下手をすればどちらかが命を落としかねない。
だが俺は奴の攻撃を受け止める事が出来た。
ならば俺が正面から奴の攻撃を受け止め、その隙に二人が攻撃する。
これならば安全性は格段に上がるはず。
常に奴の正面に回り込むように俺が動けば、二人のどちらかが狙われた場合もカバーは容易だろう。
後は、後方から少し遅れてやって来る二人とキングを取り囲めば、こちらの勝ち。
そう思った次の瞬間、辺りを光が包む。
「な!トラップ!?」
「これは!魔法陣か!!」
完全に想定外だ。
目の前の敵の強さに気を取られ、罠が張ってあることなど全く気づかなかった。
そして魔法の光が収まると。
俺達は大量のゴブリン達に囲まれていた。
それもキングほどではないにしろ、先程相手にしたゴブリンとは比べ物にならないほどの強力なゴブリン達に。
ゴブリンバーサーカーレベル100
その数、約数十体。
絶体絶命の状況下に、俺は戦慄する。




