第七十一話 ゴブリンヒーロー
「いや、どんな魔物って言われても。弱いとしか答えようがないんだが」
「弱い?ゴブリンって魔物は弱いのかい?」
パーが訝し気な顔で聞き返してくる。
冗談抜きで、そうとしか答えようがない。
この世界に来た当初は、その余りの弱さに絶望の淵に叩き落された。
それぐらい弱い。
「ふむ、まあここまでの階層に現れた魔物たちも、大した強さでは無かったからな。そのゴブリンとやらも、俺達の敵ではないという事か」
(まあ、そう受け取るよな。普通)
「成程。相対的な評価って訳かい」
パーがレインの言葉を受け、納得する。
「いやまあなんて言うか。本気で弱いんだよ。ゴブリン」
「ゴブリンって、ドラゴンと戦っていた時にたかしさんが召喚していた、あの小さな魔物ですよね?」
「ああ」
「へぇ。君、ゴブリンを召喚できるのかい?だったら、とりあえず呼んで見せてよ。百聞は一見に如かずって言うしね」
もっともな意見だ。
確かに見てもらった方が早いだろう。
納得したので、とりあえずゴブリンを召喚してみる。
(ん?あれ?)
地面に描かれた召喚陣を見て、違和感が生じる。
心なしか陣が大きい気がする。
呼び出すのが久しぶりである為、勘違いかとも思えた。
だが、その違和感は決して勘違いではなかった。
「でけぇ……」
ゴブリンを見上げながら、思わず呟く。
(え?なにこれ?)
俺の知るゴブリンは身長1メートルちょっとで、棍棒と腰蓑を身に着けた粗末なモンスターだった。
だが、今俺の目の前に現れたゴブリンは身長が優に2メートルを超えており、以前まで召喚していた物とは明かに別ものだ。
その肉体は屈強その物。分厚い胸板。樹の幹の様に太い腕。
その手には、人の身長ほどもある大剣が握られており、大剣は抜身のまま肩に担がれている。
以前のゴブリンと共通点があるとしたら、肌が緑色なのと、衣類が変わらず腰蓑という点だけだ。
「へぇ。立派な魔物だねぇ。僕にはこのゴブリンが弱いとは、到底思えないんだけど?」
「いや、以前はこんなんじゃなかったんだ」
「そうですね。以前呼び出していたゴブリンさんは、人間の子供位の大きさだったような気がします」
明かにデカくてごつい。
以前のものと比べると、大人と子供、もしくはそれ以上の差がある。
(こいつほんとにゴブリンか?)
余りの容貌の差に、当然の疑問が頭に浮かぶ。
今目の前にいる巨体を見て、以前までのゴブリンと同じだと考える方が無理がある。
「面白い。たかし、こいつと勝負させろ」
ゴブリンを繁々と眺めていると、レインが馬鹿な事を言ってくる。
「なんで俺の召喚と、お前が戦う必要があるんだよ?」
「知れた事。それはこいつが強いからだ」
どうやらレインは、目の前に現れたゴブリンを強敵と判断したようだ。
その顔には、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
(本当に戦うのが好きだな)
「主よ。俺はこの男と戦えばいいのか?」
「いいわけないだろ!」
そんな許可を出すわけがない。
レインの気持ちは分からなくもないが、今はダンジョン探索中だ。
無駄に体力を消耗する行為を認めるわけには行かない。
(ん?あれ?)
気のせいだろうか?今ゴブリンが……
「おや、この魔物は人語を習得してるのかい?珍しい魔物もいたもんだ」
(だよね!喋ったよね、こいつ!)
「お前、喋れるのか?」
「人語は習得済みだ」
(習得済み?一体どこでどうやって?)
色々と疑問はあるが、とにかく今一番知りたい事を聞いてみる。
「ていうか。お前、ゴブリンなんだよな?」
「俺はバヌ族の勇者ガートゥだ」
(バヌ族ってなんだよ!ゴブリンかどうか聞いてるのに、変な部族名で答えんな!)
どうやら人語を解してはいても、おつむの出来はそこまで良くはないらしい。
なんだか、根掘り葉掘り説明しながら聞くのもめんどくさくなったので、覗き見でパパっと調べる事にする。
ガートゥ
【種族:ゴブリン・クラス:勇者】
バヌ族の勇者。人語を解し、高い戦闘能力をもつバヌ族きっての猛者。
レベル120【+34】
(まじか!?レベルが補正込みで154もあるじゃねぇか!)
「それで?俺は何と戦えばいいんだ?」
「俺と戦え」
レインがまだ諦めていないのか、しつこくゴブリンに勝負を申し込む。
レインに諦めろと告げるより早く、ゴブリンは肩に掛けてあった大剣を、大きく踏み込みながらレインめがけて振り降ろす。
だがレインはその一撃を、右足を下げ軽く体をひねって躱す。
叩き潰すはずだった目標を失った大剣は、轟音と共に地面を抉りとる。
一瞬何が起こったのか分からず、あっけにとられていると。
今度はレインがお返しと言わんばかりに、腰の剣を抜き放ち、相手の無防備な喉元を斬りつける。
だが斬撃が首を切り裂くよりも早く、ゴブリンは大剣から手を放し、後方へと飛んだ。
大剣を手にしたままでは躱しきれないと判断しての行動だろう。
「いい判断だ。だが武器を失っては貴様に勝機はあるまい?」
「武器を失う?何の話だ?」
ゴブリンはにやりと笑いながら、右手を前に突き出す。
すると、地面に横たわっていたはずの大剣がふわりと宙に浮かび、疾風の如き速さでその手に収まった。
「魔剣の類か。面白い」
ゴブリンは再び剣を肩に担ぐ。
だが先程までの無造作な棒立ちではなく、今度は深く腰を落とした攻撃態勢だ。
それに応えるかのように、レインも正眼に構える。
「おい止めろ!」
「まあまあ、いいじゃないか。お互いの力量が分かっていた方が、今後の戦いに生かせるんじゃないの?」
「そりゃそうだけど。これから30層に向かうのに、消耗するのは不味いだろう」
「じゃあ、30層は明日でいいんじゃないの?ニカちゃんには悪いけど、一応大きなパーティーが全滅してる階層だし。念には念を入れておいた方がいいんじゃない?」
此処までは大きな問題は発生してこなかった。だが30層もそうだとは限らない。
そう考えると、確かに用心するに越したことは無いだろう。
「あ、私の事は気にしないでください」
ニカは本当にいい子だ。
1秒でも早く30層に向かいたいだろうに、健気に我慢している。
(それに比べてレインの奴ときたら……)
いい歳して、我慢する事を知らないのかと言いたくなる。
結局、この後1時間近くレインとゴブリンの勝負を観戦する羽目になり。
当然のようにくたくたになったレインを連れて、地上へ戻る事となる。




