第五十話:目標
「やっぱりどうにもならないんですか?」
「残念ですけど、死者を蘇らす事は出来ません。ましてや彼女の場合、魔物へと転生してしまってますから…」
「そうですか…」
(分かっちゃいたけど、やっぱり駄目か)
リンの体の事を駄目元でティーエさんに聞いてみたが、帰ってきた答えは案の定だった。
今日俺たちは王都カルディオンに帰る。リンを連れて…。
リンが俺と召喚契約しているというのもあるが、リンが既にエルフではなくヴァンパイアだというのが一番の理由だ。
既にヴラドは倒れ、エルフ達を脅かす者はもう居ない。
居ないのだが、居なくなったからと言っていきなり心の傷が言える分けも無く。
やはりヴァンパイアに対する恐怖は根強く残ってしまっている。
リンがエルフの里に害を成す事等あり得ない。それはエルフ達も分かっているはずだ。
だが理屈では分かっていても、やはり感情が追い付かないのだろう。
その為か、里ではリンを避けるエルフ達の姿がちらほら見かけられた。
そんなエルフ達の姿を見せられては、リンをここには置いては行けなかった。
誰が悪いわけでもない。
仕方がない事だと、今はただ飲み込むしか無いのだろう。
ガチャリと音がして、リビングのドアからマーサさんが入ってくる。
リン以外は今、マーサさん宅のリビングに集合している状態だ。
後はリンが来れば帰還魔法で帰る事になっている。
リンが遅れているのは、里のエルフ達に最後の挨拶周りをしているからだ。
正直、こんな避けられている状態で無理に挨拶して周らなくてもと思ったが、リンにはリンの考えがあるのだろう。
「あの…皆さん、どうか…どうかリンをよろしくお願いします」
そういうとマーサさんは、沈痛な面持ちで深々と俺達に頭を下げる。
マーサさんにとってリンは実の子にも等しい存在。
そんなリンを守ってやれない事で、最も悔しい気持ちを抱いているのは彼女に他ならない。
「マーサさん頭を上げてください。大丈夫、どうかリンちゃんの事は私たちに任せてください」
「ええ、決して悪いようには致しません」
「安心しろ、あの子は強い。寧ろ私たちが頼りにする方だ。」
「皆さん…あの子そそっかしい子だから、きっと皆さんに御迷惑をおかけするかもしれません。でも本当に優しい良い子なんです…どうかよろしくお願いします…」
マーサさんが再び頭を下げる。
リンが心配でしょうがないのだろう。
マーサさんの辛そうな表情やリンの事を思うと、自分にも何かできないかと思案する。
「皆さん!お待たせしました!」
元気な声を上げながら、リンが扉をあけ放ちリビングに入ってくる。
「りんちゃん?もういいの?」
「はい!里の皆にはもう挨拶は済ましてきました!」
リンは何時も通りの笑顔で元気いっぱいに答えた。
そんなリンを見て、胸が締め付けられるような気持になる。
長年暮らした里を半ば追い出される形で出て行くのに、平気なわけがない。
(里の事を思って飛び出た結果がこれじゃ、余りにも報われねぇよ……)
そう思うと、やるせない悲しい気持ちが押し寄せてきて、思わず泣が零れそうになる。
だが泣く訳にはいかない。本人であるリンが笑顔で別れを済まそうとしているのに、泣けばそれに水を差す事になってしまう。
「マーサさん!今まで有り難うございました!私、外の世界でも頑張って生きていきます!」
「リン。貴方はこの里の、いいえ、この森を救った英雄よ。貴方が勇気を出して皆さん方を呼んできてくれたから、この森は、エルフの皆は救われたの。本当にありがとう」
「や、やだなぁマーサさんったらそんな大げさな…私なんて大した事出来てないよ。たかしさん達が凄かっただけで…」
「いや、彼女の言う通りだ。最初の一歩を踏み出す事ほど困難な事はない。お前の勇気があったからこそだ」
「彩音さん…」
「だから胸を張れ!胸を張って泣け!」
彩音はそう言うとリンの背中をばんっと叩き飛ばしマーサさんにぶつける。
突然彩音に突き飛ばされリンは戸惑うが、そんなリンをマーサがやさしく抱きしめた。
「リン、貴方は私の娘よ。それは例え貴方がエルフじゃなくなっても変わらないわ。私は里長としてこの森を離れる事は出来ないけど、どんなに離れていようとも、いつでもあなたの事思ってるから。だから…」
「マーサさん…マーサさん!!」
マーサの胸に抱き着きリンがわんわん鳴き声を上げる。
(やっぱり我慢してたんだな……)
こんなにお互いを思いあっているのに、離れ離れで終わるなんてやはり納得がいかない。
(よし!決めた!俺はリンを何時か元のエルフに戻してみせる!!)
エルフが魔物に成れたなら、きっとその逆も可能なはずだ。
俺はその方法を必ず見つけ出す。
そしていつか必ず、リンが再びこの里で暮らせるようにして見せる。
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これまでの20年間はただ漫然と生きてきた。
それはこの異世界に来てからも変わる事はなかった。
だが、そんな自分に初めて生きる目的が出来る。
(人生初めての目的が自分の為じゃなくて、他の誰かの為になるなんて。以前の俺なら、きっと想像すら出来なかったろうな)




