第三十六話:契約
「くっ……」
「ああ、勘違いしないでくれ。別に人質に取った分けじゃない。君が逃げ出さないようにするための保険だよ、彼は」
(世間一般ではそれを人質って言うんだよ!)
勿論口にはしない。
拘束されている状態で口にすれば碌な事にならないのは目に見えているからだ。
(彩音すまん…)
完全に足手まといだ。
自力で抜け出そうにも完全に右手を決めら、抜け出せそうにない。
「それでは行かせてもらうよ」
そう宣言するや否や、ヴラドは信じられない速さで彩音へと詰め寄る。
突っ込んできたヴラドに対し、彩音はその顔面へと拳を叩き込む。
だがその拳はヴラドに当たることなく、ヴラドに片手で受け止められてしまう。
(片手で受け止めやがった…)
彩音の一撃はドラゴンすらも吹き飛ばす。
その一撃をヴラドは軽々と受け止めて見せたのだ。
右拳を受け止められた彩音は、左手の貫手で両手を交差させるように相手の首元を突く。
だがブラドはそれを容易く回避。
彩音は避けられた貫手を払い上げ、ブラドに捕まれていた右手を解放し、跳ね上がった右手をそのまま手刀で相手の首筋に叩き込む。
(入った!!)
だが次の瞬間彩音が後方に弾かれる。
ここからでは見えなかったが、彩音の手刀が入るのと同時に何らかの攻撃が行われたのだろう。
「大口を叩くだけの事はある。流石彼の娘といった所か。やれやれ、これは骨が折れそうだ。」
「そう思うのなら、さっさと楽になってもいいんだぞ?」
余裕しゃくしゃくのブラドに対し、彩音は少し苦しそうに腹のあたりを押さえている。
(やばい。押されてる)
本格的に逃げる用意をしなくては不味くなってきた。
だが今の拘束されている状態ではそれは難しい。
(サーベルタイガーを使って何とかするしかないか)
そう考えた瞬間右肩に痛みが走る。
「たかしさん…召喚を戻してください…」
「りん!頼む離してくれ!」
「ごめんなさい…無理なんです…命令に逆らえなくて。だから…召喚を戻してください…」
(置き換えを使うか?いや駄目だ。詠唱完了前に絶対止められる…)
ぎりぎりと右手を捩じり上げられ、痛みに耐えきれず結局サーベルタイガーを送還してしまう。
(くそ。自力じゃ抜け出せねぇ…)
彩音は押されてる。
自分は人質に取られて身動きが取れない。
まさに八方塞がりだ。
(一つだけ方法があるとしたら、リンの状態次第か…)
「なあ、りん。もう元には戻れないのか?」
「私…ここで死んだんです。死んで魔物に変えられて……だからもう元のエルフには…」
リンの声は震えていた。
顔は見えないが恐らく泣いているのだろう。
「ごめん、嫌なこと聞いちまって」
「私の方こそ…ごめんなさい」
朗報だった。
リンは苦しんでいるのに、それを聞いて朗報だと感じる自分が嫌になる…
だが、これならどうにかなるかもしれない。
俺は思い切ってリンに提案を投げかける。
「なあ、りん。俺と契約してくれないか?」




