第三十五話:幼馴染を囮に使うな!
「それで?何故私たちをここへ誘き出した?」
「誘き寄せた?」
「りんはアルバート邸であった時点で既にヴァンパイアだった。私たちに接触してここへ連れてきたのには理由がある。そうだろう?」
「成程、最初からお見通しか。つまり騙された振りをして、彼を囮に使ったという訳か。これは一本取られてしまったな」
(囮?まさか俺の事か!?)
「すまない、たかし。相手の目的が不明瞭だったので囮に使わせてもらった」
謝りこそすれ、悪びれた様子はまるでない。
(人を何だと思ってやがる。仮にも幼馴染だぞ…)
当たり前のように捨て駒扱いされた事に腹は立つが、今はそれよりも…
彩音に向けていた視線をヴラドに戻す。
「ふむ、仲間割れはしないか…つまらんな」
(こいつ…仲違いさせる為に囮の事をわざと話したのか…)
老紳士然とした態度に少々油断しそうになっていたが、目の前にいるヴァンパイアはエルフの半数以上を手にかけた凶悪なモンスターだと再認識させられる。
「そうそう、目的だったな。もちろん君達を、正確には彩堂彩音、君をここへ招待するためだ」
「私に用があったのなら、こんな回りくどい手を使わず直接伝えればよかったものを」
「ヴァンパイアに呼び出されてのこのこと現れる馬鹿などいまい?」
いる。それも目の前に…
彩音なら確実に相手の挑戦を受けて立つだろう。
「それで?私に何の用だ」
「なに、君の父上への意趣返しだよ。君の父上には20年前酷い目に遭わされたからね」
(彩音のおやじさん!?たしか彩音が生まれてすぐに行方不明になったって聞いてるが、この世界に来てたのか?)
「本来なら本人へ報復すべきなのだろうが、残念なことに彼への復讐はもはや敵わぬ願いだ」
彩音を見るが驚いている様子が一切ない。
この世界に父親が来ている事を既に知っていたのだろう。
「八つ当たりで悪いが、君には彼の代わりを務めてもらうよ」
「いいだろう。父の代わりにここでお前を仕留めさせてもらう」
「その強気がいつまで持つか楽しみだ」
瞬間、凄まじい殺気がヴラドから放たれる。
まるで心臓を鷲掴みにされかのるような、心の芯まで凍えつかせる殺気に体が震える。
だが放たれたのは殺気だけではなかった。
ヴラドを見ると、先程まではなかった禍々しい黒いオーラの様な物が全身を覆っている。
素人目にもその禍々しいオーラが危険な物だとはっきり分かる。
(こいつ…ひょっとしてドラゴンよりやばくねぇか?)
彩音を見ると険しい面持ちでブラドを睨みつけている。
(ドラゴン戦でリラックスしてた彩音が緊張してやがる…)
それほどの敵という事なのだろう。
(こりゃ最悪の場合、逃げる準備をしておいた方がいいな…)
「たかし!下がっていろ!」
邪魔だと言わんばかりに彩音が大声で怒鳴る。
まあ実際邪魔なのだろう。
「ああ、わかった」
彩音から離れ、入口付近に陣取る。
その時ふと気付く。
(あれ?りんがいねぇ?)
ブラドに気を取られ、完全にリンの事を失念していた。
(どこだ?どこに行った?)
辺りを見渡すがどこにも姿は見当たらない。
(ん?)
何か動いた気がして足元を見ると、影が膨らみ中からリンが飛び出してきた。
(え?)
余りの出来事に一切反応できず、リンになすすべもなく後ろ手に右手を捩じられ拘束される。
(やばい!やらかした!)




