第三十三話:リン
サーベルタイガーがダンジョン内を疾走する。
俺はそんなサーベルタイガーに振り落とされないよう、必死にしがみ付く。
サーベルタイガーには轡や鐙が無い為、首元の短い毛を掴み、両太ももで挟んで落ちないように耐えなければならないからだ。
ガーゴイルにしがみ付くのも大変だったが、でこぼこの坂道を疾走するサーベルタイガーはそれ以上だ。
洞窟に入り既に結構な時間が経過しているが、未だワイバーンに追いつけない。
サーベルタイガーの足ならすぐに追いつけると思っていたのだが、完全に当てが外れてしまう。
ワイバーンはどうやら走るのも得意なようだ。
(しかし長いな……)
洞窟内は常に下り坂で、大きく円を描くように続いており。
まるで奈落の底へでも誘導されているような気分になる。
そして不思議な事に洞窟内は何故か明るく、温かみのある光に包まれていた。
光源が見当たらない事から、魔法的な力が働いているのだろう。
そう思うとますます嫌な予感が現実味を帯びてくる。
(絶対この先にいるよな。ヴァンパイア……)
恐らくワイバーンは、リンをヴァンパイアへの生贄に捧げるつもりなのだろう。
今の俺ではどう考えてもヴァンパイアと戦って勝つのは不可能だ。
リンには悪いが、最悪の場合リンを見捨てて逃げさせて貰う。
勿論救出に全力は尽くすが、世の中には出来る事と出来ないことがある。
(そうなっても恨まないでくれよ……)
サーベルタイガーにしがみ付いていると、突如視界が開け、大きな空間へと飛び出す。
先程までの螺旋状の通路とは明らかに地面の材質が違う。
地面だけではない。壁面もそうだ。
明かに何らかの手が加えられている人工物。
(最下層に御到着ってか……)
周りを見渡すと空間の中央部に大きな魔法陣が輝いており、そのすぐ傍にワイバーンとリンが。
しかしそこにはヴァンパイアの姿は無く、どうやら嫌な想像は杞憂に終わったようだ。
(ほっとしてる場合じゃないな、早くリンを助けてこんな所からはさっさとおさらばしないと…)
幸いワイバーンはすでにリンを手放しており、こちらにも気づいていない。
取り返すなら今が絶好のチャンスだ。
俺は素早くサーベルタイガーから降り、ワイバーンへと嗾けた。
命令を受けたサーベルタイガーは足音一つ立てずにゆっくりと近づき、間合いに入った瞬間相手の喉元に牙を突き立て、ワイバーンを瞬殺する。
流石ネコ型の魔物といった所だろうか。
関心も程々に、リンに駆け寄り体をゆするとリンが目を覚ます。
(よかった。無事だったか)
「あれ?たかしさん?ってあれれ、ここはいったい何処ですか?」
「覚えてないのか?」
「えーっと確か私……そうだ!マーサさんが心配で………あ……」
(どうやら思い出したみたいだな……)
「ごめんなさい。私……たかしさん達に迷惑をかけてしまって……」
「もういいさ。リンの気持ちは痛い程わかるし、済んだ事をどうこう言ってもしょうがない」
「たかしさん……」
俺の名を呟き、涙を流しながらリンが抱き着いてくる。
俺はそっとリンを抱きしめ、優しく頭を撫でてやる。
(もう少し胸が大きけりゃ最高なんだがなぁ…)
我ながら不謹慎極まりない。
(一応命懸けで美少女を救ったんだから、これぐらいの役得は許されるよな?)
いつまでも抱きしめていたかったが、そういう訳にもいかずリンに声をかける。
「フラムも心配してるだろうし、戻ろうか」
「はい。でもその前に……」
急にリンの声のトーンが変わる。
「お前の血をよこせ!」
「へ?」
意味不明な言葉に思わず間抜けな声が出る。
そして次の瞬間、全身に衝撃が走った。




