第三十一話:砂糖とミルクは付けましょう
「ふぅ…」
仕事が一段落つき、疲労からかつい溜息が出てしまう。
騎士団の強化訓練における各個人の能力評価を丁度纏め終えたところだ。
本来これは団長が行うべき仕事なのだが、見事に押し付けられてしまう。
普段なら団長は人に仕事を押し付けたりしないのだが、今回は特別だった。
何故なら、今回の訓練には彩音・彩堂が参加する予定だったからだ。
評価をつける人間は訓練にはあまり参加できない。
基本指導する立場となるからだ。
別に指導役でも手合わせ出来ないわけではないが、同じ相手と延々という訳にはいかない。
だから指導役を私や他の人間に割り振り、団長自身は訓練に集中するつもりだったのだろう。
彩音・彩堂と心行くまで手合わせしたい。そんな思いからの行動だ。
バルクス・ファーガンはこの国最強の騎士だ。
それ故に、自身以上の強者と手合わせをする機会など皆無。
だからこそ、彩音・彩堂との訓練を出来うる限り完璧な形で臨みたかったのだろう。
しかしその目論見は見事に崩れる。
結局、彩音・彩堂は訓練に参加する事はなかった。
緊急の仕事が入ったという事で、アルバート家の遣いがその旨を伝えに来たのだ。
(あの時の団長の落ち込み用ったら無かったわね…)
結局、仕事は押し付けられる形のまま訓練は行われる事となる。
今回指導する側ではなく、久しぶりに周りの者たちと肩を並べて訓練をしたい。
そういう名目で仕事を押し付けてきた以上、彩音・彩堂が参加しないからと言って
「やっぱいつも通り指導する」
とは流石に団長も言えず。そのままの形で訓練は行われた。
個人的にも彩音・彩堂がどれほどの力の持ち主か見ておきたかったのだが。
(まあ別に今回を逃したらもうチャンスが無い分けでもないし、次に期待するしかないわね)
そんな事を考えていると、扉をノックする音が室内に響き渡る。
「誰だ?」
「カーター・オズワルドです!」
「入れ」
ガチャリと扉が開き、まだあどけない年頃の少年が姿を現す。
「失礼します」
そう言いながら少年、カーター・オズワルドが執務室内に入ってくる。
その手にはトレーが持たれ、その上にはコーヒーカップが湯気を立てて乗っていた。
「コーヒーをお持ちしました」
「ああ、わざわざすまない。」
13の少年にしては随分と気が利くなと感心し、言葉にする。
「随分と気が利くな」
「あ、いえ。団長に持って行ってくれと言われまして」
少年の言葉を聞いて合点がいく。
仕事を押し付けたことを気にしての行動なのだろう。
(普段からこれぐらい気を使ってくれれば有難いんだけど…)
普段から騎士団全体に気を使ってる団長にそれを求めるのは酷という物だろう。
少年の差し出すトレーからコーヒーを受け取り、一口口に含む。
(にがっ!超にが!!)
正直コーヒーはあまり好きではない。
というか苦いもの全般が苦手だ。
コーヒーを飲むのなら、これでもかというぐらいミルクと砂糖をぶち込み、ミルクと砂糖の中にコーヒーが混ざっている状態ぐらいが丁度いい。
もっとも、部下の手前そんなみっともない事は出来ないが。
(大量にとは言わないけど、少しでいいから砂糖とミルクはちゃんと持ってきなさいよ)
気を利かして持って来て貰った物に余りケチをつけたくはないのだが、当たり前のように濃いブラックを持ってこられたのでは堪らない。
恐らく彼にとって、大人=ブラックという考えなのだろう。
(勿体ないけど一口だけ飲んで、後は捨てるしかないわね…)
コーヒーカップを机の上に置こうとすると
「あ、僕の事は気になさらずに、どうぞお召し上がりください」
どうやら飲み終えるまで出ていくつもりはないらしい。
騎士は基本激務だ。休憩時間もちゃんと用意されてはいるが、短時間でしかない。
その為、騎士団の男連中はコーヒーを一気飲みする傾向が強い。
どうやら少年は私にも同じものを求めているようだ。
「カーター。私はどちらかというとコーヒーはゆっくり味わいたい質でね。君を待たせるのも悪い。先に帰るといい」
「アニエス様が御仕事をされているのに、見習の僕が先に帰るわけには行きません!」
どうやらコーヒーは飲み切るしかないようだ。
「お代わりならいくらでもお持ちしますから!」
良いからとっとと帰れ!
この一言が言えればどれ程幸せか……
結局、カーターからの無言のプレッシャーに押し切られ。
その日、私は飲みたくもないコーヒーを三杯も口にすることになる。




