第二十九話:開戦
ガーゴイル
翼持つ悪魔の姿を象った石像に、魂が宿ったようなモンスターだ。
高い飛行能力を有し、その鋭い爪は岩をも容易く切り裂く。
(楽勝だな)
戦闘が始まってまだ10分と経っていないが、既に40匹近くのワイバーンを撃墜している。
ガーゴイルでワイバーンとどの程度渡り合えるか不安だったが、全くの杞憂だった。
はっきり言って敵ではない。
強化魔法を受けているガーゴイルの飛行速度はワイバーンのそれを上回り、更に小回りまで効くため、容易くワイバーンの背に取り付く。
背に取り付いてしまえば後はその鋭い爪で相手が死ぬまで滅多切りにするだけだ。
また、ガーゴイルは基本ワイバーンの上を取るように飛行しているため、火球による森への被害も発生していない。
「ふぁ~あ」
昨日緊張で夜遅くまで眠れなかったため、思わず欠伸が出る。
「た、たかしさん。いくら何でも緊張感なさすぎでは…」
「ごめんごめん。でもワイバーンが思ってたよりずっと弱くて拍子抜でさ。これなら楽勝だな」
俺の言葉が気に障ったのかフラムが怒ったような顔で近づいてくる。
ずいっと顔を近づけたと思ったら、小さな声で俺に耳打ちしてきた。
「リンちゃんもいるんですよ」
そう言われはっとなってリンを見る。
リンは不安そうな顔で西の方を眺めていた。
マーサさん達の部隊がいる方角だ。
リンにとってマーサさんはただの里長ではなく、育ての親に当たる人だ。
幼い頃両親を亡くしたリンを女手一つで育てた恩人。
そんな相手を心配しないわけがない。
最初リンはマーサさんと同じ部隊を希望していたが、マーサさんの意向により俺達と行動を共にすることになったのだ。
俺達と行動するのが最も安全だと判断したからだろう。
実際その判断は当たっていたと言える。
現状余程の事がない限り、命どころか怪我一つする心配もないだろう。
(何やってるんだ俺は…)
リンの不安に気づきもしなかった自分の無神経さに腹が立つ。
リンの事を抜きにしてもそうだ。
他の部隊のエルフ達はそれこそ命がけで頑張っているというのに…
「すまん」
「とにかく、今は油断せずしっかり仕事をしましょう。」
「わかった」
両手で頬を叩き気合を入れる。
自分自身が戦うわけではないが、状況次第でガーゴイルに指示を出すのは自分だ。
下手を打って万一リンに怪我をさせてしまっては、こちらを信じリンを預けてくれたマーサさんに合わせる顔が無くなってしまう。
「ワイバーンの大群がこっちに向かってきます!!」
リンが大声で近づくワイバーンの報告をしてくる。
(は?大群?)
言われて西の空を見ると、ワイバーンの群れがこちらへと向かって来ているのが目に入った。
(40…いや50はいる…)
ガーゴイルの戦闘能力ならワイバーンが50匹でも何とかなるだろう。
(問題は俺達の方だ!)
自分達の姿が見つかれば集中砲火を浴びる危険性がある。
そうなれば一溜りもないだろう。
「二人とも樹から降りてください!範囲透明化を使います!」
フラムの声を受け、急いで下に降り集まる。
「範囲透明化!」
素早く詠唱を終えたフラムが魔法を発動させる。
「これで簡単には見つからないはずです。何とかなりそうですか?」
「大丈夫だとは思う。けど倒しきるのに多少時間がかかるだろうから、しばらくは身を隠していた方がいいな」
「そうですね。りんちゃん?大丈夫ですか?」
フラムが心配そうにリンに声をかける。
「は、はい。大丈夫です…」
リンの声は震えていた。
心配になってリンを見ると顔が真っ青だ。
「お、おいリン大丈夫か?」
「大丈夫です…」
リンは青い顔をして震えている。どう見ても大丈夫といった様子ではない。
その時、はっと気づく。
リンが見ていた方向を…
ワイバーンの群れは西からやってきた。マーサさん達の居る方向から…
(こういう時、なんて声をかけりゃいいんだ…)
リンを安心させるための言葉が浮かんでこない。
「ひょっとしたらワイバーンの狙いは、たかしさんの呼び出したガーゴイルかもしれませんね」
フラムが明るく声を出す。
「すごい勢いでばんばん倒しちゃってましたから。敵の標的にされちゃったのかも」
フラムもリンの様子の原因に気づいたのだろう。
リンを安心させるためにもっともそうなことを言う。
「なるほど!それで他を無視してここに集まってきたわけか!」
話としてはかなり苦しい。
もしそうなら、西だけでなく他の方角からもワイバーンが集まって来なければ話の筋が通らないからだ。
「わ、わたし!マーサさん達の様子を見てきますね!!」
そう叫ぶとリンは範囲透明化の範囲から飛び出していく。
「な…」
「りんちゃん待って!」
フラムの静止に振り返ることなくリンの姿は森の中へと消えていく…




