第六十三話 邪悪の鼓動
音が聞こえる……
何かが崩れる音だ。
世界そのものを震わせる程の振動。
その音で私は目を覚ます。
「世界が……揺れているのか?」
倒れていた私は上半身を起こし、辺りの様子を見回す。
辺りは全て砕けた大地と、そこに飛び散る岩の瓦礫に囲まれている。
それら全てが振動で震えていた。
「そうか」
自分が何故ここに倒れていたのか。
それを思い出し、何故世界がこんなに震えているのかその理由を理解する。
「始まったのか……」
やはり父の言葉は嘘では無かった。
父は真っ直ぐな人だと母から聞いていたので嘘を吐くとは考えていなかったが、魔物化によって精神の変質も有り得たので、もしかしたらという淡い期待を抱いていたのだが。
「世の中そんなに甘くないか」
南の方から得体の知れない巨大な力の胎動を感じる。
世界が揺れているのはこいつのせいだろう。
そしてそれとは別の大きな力が、此方へと高速で向かって来るのを感じる。
この感じは恐らく神だ。
邪悪との戦いに向けて、私と合流する為に此方へと向かってきているのだろう。
体は全身ギシギシと悲鳴を上げて痛むが、歯を食い縛って立ち上がり、自分の内に宿った新たなる力を確認する。これから邪悪と戦うのだ、手に入れた力はきちんと把握しておかねばならない。
新たに手にしたクラスは教皇。
ヒーラー系の回復魔法、それに結界系の魔法が使えるクラスだ。
魔法を使って自力で回復できるようになるのは有難い。
きっと邪悪との戦いにも役立つはずだ。
「感謝します……父さん……」
それと新たに手に入ったクラスはもう一つある。
それは呪術師だ。
恐らくこれは父と相打ちになった厄災の持っていた能力だろう。
父が行った自爆はこの呪術師のスキルのだった様だ。
呪術師のスキルは相手に異常を与える目的のものが殆どだ。
恐らく邪悪に状態異常の類は効かないだろうから、呪術師の力はあまり役に立たなさそうだ。自爆を覗いては……だが。
自爆の際心臓だけを残し、回復魔法を使って回復する。
父が最後に行った戦法だ。
残念ながら人間である私にはそういった無茶な使い方は出来そうにも無い。
だが最悪の場合、このスキルで邪悪に自爆特攻を仕掛ける事は出来る。
余りやりたくはないが、一応頭の隅にはおいておこう。
本当に勝てるのか?
一瞬そんな考えが頭を過る。
今のままではかなり厳しい戦いになるに違いない。
邪悪の波動から感じる力。
それは此方へと向かう神の力よりもかなり大きい
私と神が融合したとしても、それでも一筋縄ではいかないだろう。
準備は万全には程遠い。
傷は回復魔法で直せばいいが、疲労迄回復できる訳では無いのだ。
この状態ではそう長くは戦えないだろう。
つまり短期決戦だ。
「格上相手に短期決戦のハンデ付きか……」
本当にきつい戦いになりそうだ。
だが――それでもやるしかない。
「心配ないよ。たかし君の力を吸収すれば此方の方が上だ。体力だってある程度は回復できる。勝機は十分ある」
声のした方へ振り返る。
そこには白銀に輝く美しい女性が立っていた。
「それがお前の真の姿なのか?」
「まあね。綺麗でしょ?」
女――いや、少女と言った方が良い見た目か。
全身が白銀に輝く15-6程の見た目の少女。
まあ確かに神々しい美しさを持ち合わせてはいるが、正直興味はない。
「それよりも邪悪がもう復活してしまう。早くたかし君と合流しよう」
少女――神が嬉しそうにほほ笑む。
その笑顔から、神はたかしを犠牲にする事を何とも思っていない事が良く分かる。
彼女の中では冷静に、勝利の方程式が出来上がっているのだろう。
「甘い考えだ」
「ん?何か言ったかい?」
「たかしとは合流しない」
「へ?」
「聞こえなかったのか?たかしは犠牲にしない。だから合流せずこのまま邪悪を倒すと言っている」
たかしは犠牲にさせないと、私は神に向かって宣言する。
殺して力を吸収しないのは元より、戦いに参加させるつもりもない。
厄災を倒して強化されているのは分かるが、それでも今のたかしでは足手まといになる可能性が高いからだ。
だから厄災は―――私と神だけで倒す。
神の考えなど知った事ではない。




