第十四話:噂話
「アニエス様!」
名を呼ばれ振り返ると、少年がこちらへと駆けてくる。
「そんなに慌てて、どうかしたのか?」
少年の名はカーター・オズワルド。
最近騎士団に入ったばかりの見習い騎士だ。
年齢は13歳。
本来騎士団への入団は16からなのだが、その卓越した剣技が認められ、13歳という若さで入団を許された天才少年だ。
「お聞きになられましたか!?」
「何の話だ?」
「ドラゴンの事です!カルディメ山脈に住まうドラゴンが、たった5人の勇者によって討伐されたと!」
少年は興奮を抑えきれないのか、大声で話す。
この年頃の少年にとって、強大な力を持つドラゴンを勇者が倒すといった英雄譚は、さぞや胸に響いた事だろう。
「ああ、その話か。お前はまさかそんな話を本気で信じているのか?」
「え!?ですが報告では5人で倒されたと…」
「たった5人で竜討伐など不可能だ。まあ、バルクス団長クラスが5人いれば話は別だが」
ありえない話だ。
王国騎士団の頂点に立つ男、バルクス・ファーガン。
ルグラント王国における最強の戦士だ。その彼と同等の人間を5人集める事など、出来るはずがない。
しかも5人の内2人はアルバート家の姉弟だ。
あの2人も優秀ではある。天才と言ってもいいだろう。
だが、団長と比べると確実に1~2ランク劣る。
つまりたった5人で倒す事など不可能という事だ。
「で、ではドラゴンを倒したというのは、虚偽の報告だと?」
「ドラゴンを倒したのは事実だろう。調べれば直ぐにばれる嘘をつくほどアルバート家の人間も愚かではないだろうからな」
アルバート家。
アニエスのコリン家と並ぶ王国三大貴族の一つだ。
莫大な資金と国内に強大な影響力を持つアルバート家の力なら、精鋭を極秘に集める事も可能だ。
恐らく数百人程度の精鋭でドラゴンを討伐し、姉弟の手柄にしたのだろう。
被害も相当な数だったに違いない。
下手をすれば半数以上が命を失っている可能性もありえる。
もっとも、亡くなった者たちに同情する気はない。
如何に腕が立とうとも、所詮金や立場に釣られた欲深い亡者でしかないのだから。
「見栄の為か…」
「アニエス様?」
「いや、今回の事でアルバート家はどれほど金をばら撒いたのかと思ってな」
「その、大丈夫なんですか?」
少年も言葉の意図を理解したのだろう。
心配そうに聞いてくる。
大丈夫なわけがない。
家の立場は同格とはいえ、確たる証拠もなしに他家を非難するなど、相手に付け入るスキを与えるだけだ。
「すまん、忘れてくれ」
「あ、はい。忘れました!」
子供らしい素直な反応に、つい微笑んでしまう。




