第十九話 強化
胸に炎が灯る。
胸の奥深く。
自分自身そのものと呼びべき部分。
恐らくは魂と呼ばれる深層へと熱い何かが染み渡る。
(不思議な感覚だ。心は熱く滾るのに、頭は妙に冷静で落ち着いてる)
高揚した気分とは裏腹に冷静な思考。
何とも言えないムズムズする自分の状態に戸惑う。
「さあ、終わったよ」
その声を切っ掛けに、胸の奥深くで渦巻いていた熱が突如消え失せた。
まるで先程までの感覚が幻であったかのように一瞬で。
その喪失感に不安を覚え、声の主へと尋ねた。
「あの?力って頂けたんですよね?」
「ああ、問題なくね」
「でもなんて言うか、さっき迄感じていた胸の中の炎?って言ったらいいのかな。その感覚が消えちゃったんですけど?」
「心配しなくていいよ。何も感じないのは君の中に完全に溶け込んだ証拠さ」
言われて胸をほっと撫で下ろす。
(支配者の指輪も常時身に着けてる内に力の滾りが気にならなくなっていったし、それと同じ感じか?)
支配者の指輪の時は慣れるまでに2-3日かかったが、此方は一瞬だ。
外部から力を供給するリングと違って、貰った力は内部で自分と一体化している。
恐らくそれが慣れるまでの期間に大きく差を生んだのだろう。
(実はもらえた力が物凄くしょぼいという可能性もあるけど。まさか、ねぇ……)
貰ったものにケチを付けたくはないが、リング以下だとしたら正直がっかりだ。
残る大精霊は2体。
その全てが同じような感じだったとしたら、まず間違いなく厄災には届かないだろう。
「不審そうだね?」
「あ、いや。どの程度強くなったのかと思って」
「強くなってはいないよ」
「え!?」
「まあ、正確には君自身の単純な強さって意味だけどね。スキルをよーく確認してごらん」
言われて確認すると。
スキルに召喚ブーストが追加され、固有契約がLv2に強化されていた。
(召喚ブーストは一時的に召喚補正が100%になるスキルで。固有契約の方はLv2になった事で一気に3体迄契約できるようになったのか)
俺の今のレベルは150。
通常の召喚補正は33%で50。
固有契約は特殊召喚である為66%で100だ。
これがブーストをかけると一律150にまで上がる事になる。
このスキルの凄い所は、仮契約で一時的に召喚扱いになる仲間にも適用される事だ。
(つまり彩音や他の仲間のレベルも一気に100上がるって事だよな。これひょっとしたらもう厄災倒せるんじゃ?)
彩音の強化に現在の大幅にパワーアップしたリン。
更には契約が3体に増え。
リング装着後の自分の力も跳ね上がると来れば、十分勝機はあるはず。
「君は考えている事が分かり易いね。もろに顔に出てるよ」
「あ、すいません。これなら厄災が倒せると思ったもんで」
どうやら顔がにやけてしまっていたようだ。
別に憚る必要はないが、一応謝っておく。
「嬉しいときに喜ぶのは別に悪い事じゃないさ。ただ一つ言っておくと、今のままじゃ厄災には絶対に勝てないよ」
「え!?」
考えていた事を真っ向から否定され思わず固まる。
(え!?勝てない!?物凄く戦力が増強されるのに?嘘だろ?)
「君に力を与えた時、悪いけど君の記憶を見せてもらったよ」
(悪いけどじゃねーよ!何勝手に覗いてんだ!?許可取れよ!いや、今はそんな事より)
「勝てないって分かるんですか?」
「君の記憶から厄災の大体の強さは把握できたからね。しかし厄災の事は一応情報として知ってはいたけど、まさかあそこまでとはねぇ。正直、他の大精霊の力を借りたとしてそれでも勝てるか怪しいね」
高い所から真っ逆さまに突き落とされた気分になる。
天国から地獄とは正にこの事だ。
だが絶望はしない。
そもそも初めから神様には確実に勝てる保障はないと言われていた事だ。
少し浮かれはしたものの、この程度でへこたれはしない。
「まったくとんでもない化け物がいるもんだ。ほんと異世界人は恐ろしいねぇ」
(異世界人は恐ろしいか……てことはやっぱり……)
王墓50層で厄災に出会ったことで、何となくは予想できていた。
あそこには異世界人と噂される初代皇帝が眠っているとされており、それ以外の者は出入りできていない。ならば当然あれは……
確認すべく質問する。
「厄災ってのは、異世界から来た人間が魔物化した存在って事であってますか?」
「ああ、君は聞いていないのか。これはちょっと失敗したかも」
目の前の炎。
大精霊が揺らめき、呟く。
記憶を見たと言ってはいたが、流石に全ての記憶を把握して迄はいない様だ。
「ま、いっか。単に伝え忘れな気もするし。隠すほどの事も無いだろうから答えるけど、その通りだよ」
「やっぱりそうですか。ただ一つ気になる所があるんですけど。神様には魔物と戦って死んだ場合変化するって聞いているんですが、それ以外の死に方でも魔物化するんでしょうか?」
皇帝は自害したと言われている。
50層に居た竜達に殺された可能性もあるが、多分違うだろう。
当時の神聖国の力を良くは知らないが、一匹捕らえるだけでも大変な竜をあれだけ大量に捕らえて50層に運べたとは思えない。
そう考えると、竜は厄災化した皇帝が生み出したと考える方がしっくりくる。
「残痕の念が強いと魔物化するようだね。そういう意味では、魔物との戦いで死ぬのが一番起こりやすい条件って事になるかな」
(残痕の念か……。本当に適当な説明しやがるな、神様は)
転移直前ぎりぎりで思い出しての説明だ。
ある程度ざっくりした説明だったのは仕方無かったとも言えるが。
しかしふと思う。
本当に急な事で適当な説明になったのだろうか?
封印や邪悪の件もある。
それに今の大精霊の反応。
ひょっとしたらまだ何か隠しているのではないだろうか?
(まあ聞いても答えてくれないだろうし、今は厄災の事にだけ集中すべきだな)
「力だけじゃなく、色々と教えてもらってありがとうございます」
「気にしなくていいさ、君達には頑張って貰わないといけないからね。期待しているよ」
「頑張ります」
頑張ると言っては見たものの、大精霊たちの力を借りても厄災にすら勝てるか疑わしい。
そんな状態で世界を滅ぼす邪悪を倒す事が甚だ疑問ではあるが。
まあとりあえず頑張るしかないだろう。
「なあ主。どんな力が手に入ったんだ?」
大精霊との会話が一区切りしたところでガートゥが話しかけてくる。
途中で会話に混ざらず黙って見ていたのは、口を挟むのが失礼だと判断して我慢していたのだろう。
勿論俺にではなく、大精霊に対してだ。
「召喚の能力の底上げと、後は固有契約の拡張かな?」
「固有契約?何だそりゃ?」
「召喚外の契約さ。今のリンみたいな感じだな」
「リンみたいだと!!?」
驚いたように大声を出し、俺の肩を掴んでぐいっと顔を寄せてくる。
興奮してるせいか鼻息が当たって不快極まりないので止めて欲しい所だ。
「俺と契約しろ!主!」
「何でお前と?」
「俺は強くなる!だから俺と契約しろ!」
既に召喚できるガートゥと契約するメリットが……まあなくは無いか。
個人的には霊竜で1枠決定だ。
レベル的には霊竜の子供の中に200の子供がいたので、2枠目は是非そちらにしたいのだが。
子供を戦闘に巻き込むのは霊竜が許してはくれないだろう。
そうなると2枠目の最有力候補はガートゥという事になる。
「な!良いだろ!!主!!」
鼻息をフゴフゴかけるのはマジ辞めろ。
有力候補だけど契約したく無くなってくる。
「それはダメです!」
それまで静かだったリンが大きな声で横から会話に割り込んでくる。
「リ、リン?」
「ガートゥさんは召喚として呼ばれることが出来るじゃないですか!たかしさん!ケロちゃんと契約してください!」
「いや、流石にケロは……」
「おいおいそりゃねぇだろ!いくら何でもそいつは戦力外だろうが!」
ガートゥの言う通りだ。
ケロのレベルは現在30。
はっきり言って今の俺より強いとは思うが、流石に戦力としてみるには無理がある。
そんな事はリンも分かっているだろう。
それでもリンがこういった主張をするのは、ルグラントに帰る際ケロを置いていく可能性がある為だ。
(俺だって離れたくはない)
だが世界の命運がかかっている。
心苦しいがリンには諦めて貰うしかないだろう。
「ケロちゃんだって契約したいよね?」
ケーキの後に色々出て来たお菓子を平らげ、リンの腕の中でお昼寝を堪能していたケロだったが、リンの大声で目を覚ました様だ。
それに気づきリンが優しく声を掛ける。
「けいやくぅ?」
「そ。パパと家族になってずっと一緒に居るの」
「いっしょ?」
「そう、ずっと一緒だよ!」
「うん、僕パパとずっといっしょ!」
(ぬううううぅぅ。リンめ、なんて卑劣な手を……)
嬉しそうに一緒一緒とはしゃぐケロを見て、置いていくという選択肢は頭から吹っ飛んだ。
こんな可愛いケロを置いて行ける訳がない!
しかしアホの子のリンがまさかこんな搦め手を使ってこようとは。
完全に一本取られた気分だ。
「ガートゥ、悪いんだが」
「おいおいマジかよ主」
悪いがガートゥには諦めて貰う。
「おや?契約枠は2つ増えている筈だけど?両方と契約すればいいじゃないか?」
「いや、一つは霊竜にと思って」
此方の会話に大精霊が割って入ってくる。
その途端ガートゥはビシッと直立不動で黙り込んだ。
「それは無理だと思うよ」
「え!?」
(無理?どういう事だ?)
「彼女からは力を貰っちゃってるからね」
「駄目なんですか?」
「力の譲渡ってのは一種の契約だから、別の契約を被せるのは無理だよ」
(マジでかー。じゃあガートゥとケロで決まりか……)
正直霊竜と契約できないのは痛い。
ブーストの効果が反映されない可能性を考えても、相当なパワーアップが見込めたはず。
「霊竜と契約出来ればリングの力で大幅にパワーアップできると思ってたんですが、残念です」
「ああ、それなんだが。君の身に着けているリングでの強化は350で頭打ちだよ」
「へ?」
「アイテムは生み出した魔物の力を超えることは無いんだよ。だからどんなに強力な相手と契約しても350レベル以上の恩恵は受けられない」
(マジか!?てことはリングによる伸びしろはもう余りないって事になるじゃねぇか!)
「君の恋人の付けているリングの方も300程度で頭打ちだから、留意しておいた方がいいよ」
「は?恋人?」
誰の事か分からずに首を捻る。
(パーティー内でリングを持ってるのは俺とティーエさんだけだよな?まさかティーエさんのことを言ってるのか?)
「彩音という勇ましい女性だよ」
(そっちかよ!)
「恋人じゃありません!!」
俺が否定するよりも早く、すぐ横から大声が飛んでくる。
「彩音さんはたかしさんの恋人じゃありませんから!」
「リ…リン?」
「そうか。それは失敬した。まあとりあえず覚えておくといいよ」
(何を興奮してるんだ?)
急に激高したためケロも怯えてしまっている。
「ままぁ……」
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃって」
ケロの声で正気に戻ったのか、表情が柔らかくなる。
一体何がリンの逆鱗に触れたというのだろうか?
(女の考える事はよく分からんな)
「ああそれと、邪竜は倒しちゃだめだからね?」
「え!?」
(邪竜を倒すなってどういう事だ?)
「彼クラスになれば、邪悪との戦いで確実に戦力になってくれるだろうからね」
「確かにそうかもしれませんけど……」
霊竜とは邪竜を倒すと約束してしまっている。
力まで貰っておいて約束を反故にするのは流石に気が引けるのだが。
そもそも邪竜なんて呼称の竜が力など貸してくれるのか甚だ疑問だ。
「不服そうだね?」
「ええ、まあ。約束を破る事になるんで。それに、霊竜に手を貸していた俺に力なんて貸してくれるでしょうか?」
「それは大丈夫だ」
そう言うと大精霊の体から火の粉が跳ね、俺の体へと降りかかる。
「うわ!あっつ……くはないか……」
「これで邪竜も納得してくれるはず。勿論霊竜もね」
(つまりさっきの火の粉には、何かしらの力が籠められてたって事か)
「2竜への伝言、頼んだよ」
「はぁ……」
霊竜に会うのは簡単だ。
召喚すればいいだけなのだから。
約束の事を考えると少々憂鬱だが、メッセージ自体は簡単に届けられるだろう。
問題は邪竜だ。
話をする所か近づく事すら困難だろう。
どうした物かと頭を悩ます。
(やれやれ、厄介な仕事を頼まれたもんだ)
先の事を考えれば致し方ないと諦め、俺は煉獄を後にする。




