プロローグ:夢
遠くでドラゴンが暴れていた。
ドラゴンは幻想上の生物だ。
この世界には存在しない。
だが俺はそんな事を特に気にする事も無く、ぼんやりとドラゴンが暴れる様を眺め続けた。
そしてふと気づく。
ドラゴンが小さな何かと戦っている事に。
よく見るとそれは人影だった。
ここからでは距離があるため人影は良く見えない。
ドラゴンと戦っているのはどんな人間なのか?
それが無性に気になり、俺は危険を承知で彼らへと近づいた。
最初は人差し指程度の人影が、近づくにつれ大きくはっきりしてくる。
そして距離にして200メートルを切った辺りで、その人物の顔が薄っすらと見て取れた。
最初は見間違えかとも思い、更に近づいて確認するがやはり間違いない
彩音だ。
俺は夢でも見ているんだろうか?
幼馴染の彩音が俺の目の前で巨大なドラゴンと戦っている……
彩音は巨大なドラゴンの尻尾の一撃を受け止め、はじき返す。
続いて巨大な翼の一撃を頭上から叩き込まれるが、とてつもない速さで走って回避。
そのまま間合いを離す。
その際、行きがけの駄賃とばかりに相手の右前足に蹴りを入れていく。
普通に考えれば人間に蹴られた程度ではびくともしないだろう。
だが蹴りを受けたドラゴンは痛みからか、足を下げ唸り声をあげる。
彩音の蹴りが効いてる!?
信じられない思いで彩音に視線を戻すと。
彼女は拳を構え、静かに竜の様子を伺っていた。
この体格差ではうかつに飛び込むのは危険極まりない。
そのため彩音は自分からは仕掛けず、ドラゴンが隙を作るのを待っているのだろう。
それは素人目にも分かる。
が、ドラゴンにはそれが理解出来ない様だ。
無造作に踏み込み間合いを詰め、怒りの咆哮と共にその大きく開いた咢で彩音へと襲いかかった。
「な!?突っ込んだ!?」
彩音の予想外の行動に思わず声を上げる。
驚くべき事に、彩音は自ら大きく開いた口の中に飛び込んだのだ。
そして相手に飲み込まれる寸前にドラゴンの上顎部分を素早く蹴り上げ、頭部を弾き返す。
竜も彩音の想定外の行動に驚いたのか、大きく後ずさり彩音を憎々し気に睨みつけた。
だが睨むだけでドラゴンは動かない。
先程の一撃でうかつに仕掛けるのは不味いと本能的に理解したのだろう。
彩音からも仕掛ける様子が無い為、このまま膠着状態が続くかと思われたが。
その考えはドラゴンの咆哮によって掻き消される。
恐らく本能よりも怒りが勝ったのだろう。
ドラゴンの上げた咆哮は辺り一帯を振動させ、その余りの迫力に俺は思わずちびりそうになる。が、彩音は微動だにしない。
そんな彩音の態度に更なる苛立ちを募らせたのか、必殺の一撃を放つべくドラゴンは大きく息を吸い込んだ。
あれ? これってブレス?
だとしたらこの位置やばくねえか?
現在ドラゴンと彩音、それに自分はほぼ一直線上に並んでいる。
このままブレスを吐かれたら確実に俺は丸焦げだ。
身を隠そうにも遮蔽物になりそうな物は周りになく、完全に詰み状態。
もはや彩音だけが頼りと縋るような目で見つめるも、彩音はその場から動こうとはしない。
腰を深く落とし、拳を構えた姿勢のままだ。
何かをする気なのか?
まさか諦めた?
その疑問の答えは直ぐにやってきた。
ドラゴンがブレスを吐きだし、炎が視界いっぱいに広がる。
噴出されたドラゴンのブレスは全てを焼き尽くさんばかりに視界いっぱいに広がり――
ぼっという音と共に突然跡形も無く掻き消える。
彩音を飲み込む直前で。
一瞬何事か俺には理解できなかった。
思い当たるとすれば炎に飲み込まれる直前に彩音が動いた事ぐらいだ。
動き自体は早すぎて見えなかったが、拳を突き出した構えの彩音を見てそれが正拳突きだったと理解する。それに聞こえて来た鈍い音。
つまり彩音は拳の拳圧でブレスを吹き飛ばしたって事か?
何となくそんな気はしていたが、ここにきてやっと確信する。
うん!これは夢だ!間違いない!
彩音は確かに強い。格闘技の大会でもぶっちぎりの強さで優勝する程に。
だがそれはあくまでも人間相手の話。
今彩音が対峙しているのは、体長30メートルはあろうかという巨大なドラゴンだ。
武道の達人ですら熊や虎を倒すのは難しいと言う。
ましてや相手はドラゴンだ。
人間などでは戦いになろう筈がない。
だからこそこれが夢だとはっきり認識できる。
だってありえないんだもん。
拳圧でドラゴンのブレス吹き飛ばすとか。
夢じゃないとあり得ないでしょ?
しかしなんで俺はこんな夢を見てるんだ?
夢なのだから自分が雄々しくドラゴンと戦えばいいのに、何故か戦っているのは彩音だ。
彩音とはここ数年、たまに顔を合わせてはちょっとした挨拶をするぐらいの間柄でしかない。
いや、それすらもこの2年は皆無に等しかった。
なのに突然、何故こんな夢を?
そんな事を考えていると、すさまじい轟音と共に地面に倒れ伏すドラゴンの姿が目に入る。
ドラゴンはよろよろと起き上がろうとするが、それよりも早く彩音の拳から凄まじい光りが放たれ、その光に飲み込まれたドラゴンは跡形もなく消滅する。
あーあ倒しちまったよ、ドラゴン。
しかもなんか手から変なビーム出して。
そんな光景を目にし、はたと気づく。
ああ、成程。
俺の中で彩音はドラゴンを倒す程強い存在ってのを暗に象徴してるわけか、この夢は……
彩音の存在は俺にとってトラウマに近い。
そんな彼女への苦手意識がこんな夢を見せたのだろう。
ピピピピピピピピ
耳にアラームの音が響き渡る。
どうやら目覚めの時間のようだ。
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ピピピピピピピピ
アラームの音で目覚めた俺は体をゆっくりと起こし、アラームを止める。
普段なら夢を見ても断片的な物しか残らない。
だが今日見た夢は何故か鮮明に脳裏に焼き付いていた。
「まったく、なんて夢だ」
そう呟きながらもパンツの中をチェックする。
よし!
大丈夫!
あんな夢で逝ってた日にゃ、自分の新たな性癖の幕開けに絶望するところだ。
しかし本当に何だったんだあの夢は?
この時俺はまだ知らなかった。今朝見た夢が現実になる事を……