りあじゅうなんてなかった
更新遅くなってすみませんでした
朝起きて味噌汁の匂いがしたら大体アレ
味噌汁の匂い。
起き抜けの脳でそれを理解すると、樫村は跳ね起きた。
「うっ...」
二日酔いの頭が痛むが、そんなことは関係ないと思えるほどに樫村はテンションが上がっていた。
(これは...俗に言うアレではないか!?)
【朝起きたら主人公に惚れている女の子が朝飯を作ってくれている】、あまりにも有名なシチュエーション。当然樫村も数々の小説や漫画でそれを歯ぎしりし羨ましがりながら読んだものだ。勿論樫村には惚れられた経験などないに等しく、惚れられる何かをした覚えもない。しかし、起き抜けの頭は【何か知らんけどいつの間にか惚れられる何かをしていた】という寝ぼけた思考で納得してしまっていた。
(待て...こういう時、先人たちはどうしていた!?)
今まで読んできた数々の小説、漫画の知識を総動員し最善策を導きだす。
「よし、困惑しながら台所へ向かう、だ!」
小声で呟き、樫村は精一杯の困惑した表情で寝室のドアを開けると、
「ああ、遅かったねサトル」
「Oh......」
エプロンを着用し、手におたまを持ったカーチャンが振り返った。
「朝ごはん、もうすぐ出来るから待ってな」
「う、うん...」
しばし忘れていた二日酔いの頭痛がぶり返してきた。さっきまでの寝ぼけてはしゃいでいた自分をぶん殴りたいと思いながら、樫村は箸と茶碗を用意する。
「いただきます」
よそってもらった白飯と味噌汁、焼いた魚を頬張りながら、樫村は口を開いた。
「カーチャン、今日はどうしたんだ?」
「食ってから物を言いな」
「はい」
食器が擦れる音。二人分聞こえるのはいつぶりだろう、そう思いながら樫村が箸を動かしていると、
「...武装職安っていう人たちから電話が来てね」
「えっ」
「お前がまだ自宅警備隊をしているから渇を入れてやってくれ、と言われたよ」
「......」
「まあ、『そんなこと知ったこっちゃない、少なくともうちの息子は働きながらやってんだ』って言ってやったけどね。その後も何かごちゃごちゃ言ってたけど無視して切ってやった」
「カーチャン...」
一人暮らしになってからろくに連絡も取っていなかった母親が、自分のことをかばってくれた。しかも心配し、ここまで来てくれた。その事実が嬉しくて、涙が溢れそうになった。が、ぐっと我慢して、樫村は精一杯きりっとした表情をつくり、
「安心してくれカーチャン。俺たちは人に言えないことなんて何もやってない。世間の目も、いずれ変わるよう努力しているつもりだ」
「...そうかい」
「だからカーチャン、安心しt」
「それよりサトル、あんたいつ結婚するんだい?」
お茶をすすりながら問われ、樫村はきりっとした表情のまま凍り付いた。
「正月に帰ってきた時も、『ま、まだ探してるんだ!明日からがんばるから!』とか言って、適当に流しただろ」
「ぐっ」
「で、明日からがんばったのかい?」
「え、えーと...」
「そういえばお隣の山田さんがお見合い写真を持ってきてくれたんだけどね」
「ごめん明日からがんばる!会社に遅れそうだごちそうさまいってきます!!」
急いで朝飯の残りを片付け、歯磨きと着替えを済ませて超特急で家を出ていく樫村の背中に、
「あの女の子にちゃんとお礼言っとくんだよ」
「えっ?」
思わず樫村が立ち止まると、
「小柄な、かわいらしい子だよ。昨日あんたが酔いつぶれてるのをここまで送ってくれたんだよ」
「ノエルか...」
小柄なかわいらしい子、という条件に当てはまる知り合いと言えば一人しかいない。
「知らない間に、ノエルにまで迷惑かけてたなんてな...」
今度何か埋め合わせをしないとな、そう思いノエルにメッセージを送信してから樫村は家を出た。
社畜ニートの一日
「おはようございます」
樫村が自分の部署のドアを開くと、
「アアアアアア!!!!もうこんな会社辞めてやる!!」
「...またか」
樫村は発狂している後輩社員、田村のもとに歩み寄り、
「どうした田村」
「樫村さぁぁん!!こんなの無理っすよー!!」
号泣しながら抱きついてくる田村を優しくほどき、樫村は続きを促した。
「部長が、部長がこの案件明日までにやれって...」
田村の机に積んであるのは大量の書類。確か新しく始まった企画のものだ。
「あー、確かにこの量はやばいな...」
「でしょう!?いつもこんな無理難題言われて、僕部長に嫌われるようなことしましたかねえ...」
「お前は仕事が早い上にクオリティ高いもの仕上げてくるからなあ...しかしこの量は...」
樫村は少し考え、
「俺の案件はほとんど終わってるし...分かった。手伝うよ」
「ほんとですかあ!?」
樫村が言った瞬間、田村は樫村の両手をがしっと掴んだ。
「ああ...ありがとうございます...ありがとうございます......」
「ああっ!もう泣き止めよほら!」
だくだくと涙を流す田村にハンカチを手渡し、樫村は積まれている書類の山を見た。
(終電までに終わればいいがな...)
結局仕事が終わったのは日付が変わってから。終電はとうに過ぎ、樫村と田村はとりあえず何か食おうといつもの飲み屋に入った。
「がじむらざぁぁん...どーぉしてうちの部長はいつもああなんれすかぁぁ」
酒を大量に飲み酔いつぶれてしまった田村は、樫村に言った。
「いづも、いづもギリギリの案件任へてくるんれすよー!!」
「あ、ああ、そうだな」
田村が早々に酔いつぶれてしまったので酔うことも出来ず、樫村は引き気味に返す。
「ひっく...うう......がじむらざぁぁん!!」
「ああ、ああ。よくわかるよ」
もうこのやり取りも何回目だろうか。少しうんざりしながら樫村は時間を確認しようとスマホを見た。
「あっ」
ノエルに朝送ったメッセージに返信が来ていたことに今更気付く。仕事が終わらなくて、全然見てなかったからなあと頭をかき、樫村はメッセージを開いた。
『埋め合わせの内容は直接言うので、今度の日曜日樫村さんの家に行きます』
「直接...?メールで言やいいのに」
樫村が首をかしげていると、
「きいてるんれすかかしむらさ...ああっ!」
絡んできた田村が突然すっとんきょうな声を上げたので、樫村はびっくりしてスマホを落とした。田村がそのスマホを拾い上げ、
「かしむらさんに、か、かのじょが...」
「違う!誤解だ!」
全力で否定しスマホを取り戻そうとする樫村を避け、田村は近くにいた店主に樫村のスマホを見せる。
「お、親父さぁぁん!樫村さんに、樫村さんに彼女がぁぁ」
「誤解だってばこの酔っぱらい!くっそ返せ!!」
わーわーと騒ぐ二人に、店主は呆れ顔で言った。
「もう閉店時間なんだがなあ...」
こうして夜は明けていく。翌朝、頭痛に耐えながらよれよれのスーツで出社した二人が部長に怒られたのはまた別の話...。
まだ学生なので会社のことはよく分からないのですが、割とブラックな上司がいる会社を目指して書きました。ご指摘ご感想等あればコメント又はTwitter(@ennraennra)の方までお願い致します。