本当の武装職安隊の人たちはすごく優しいです
※この小説は自宅警備隊の二次創作でありフィクションです。実際のお店、団体、自宅警備隊の隊員は一切関係ありません。
「隊長!!敵襲です!!」
会場の警備にあたっていた隊員の一人が叫びながらこちらへ駆け寄ってきた。その言葉にブースが凍りつく。
「敵は?」
「武装職安隊が八名。いずれも完全武装です!!戦闘が始まって数分で、既に十名の隊員が履歴書を書かされています!!」
「何だって!?」
武装職安隊。白のワイシャツに黒のスラックス。黒のボディーアーマーには「hello,work」と印字されたプレートを付け、workと刺繍されたキャップを被るガスマスクの集団である。初めて邂逅した際には数時間で五十名もの隊員が履歴書を書かされるという未曾有の大敗を喫したが、二回目の襲撃では樫村の采配で自宅警備隊の圧勝に終わった。それからというもの、すっかり姿を見なくなり、樫村も正直、隊員に言われるまで忘れていた。
「訓練された隊員たちがそんな短時間で!?一体どうやって...」
自宅警備隊にとって履歴書を書かされるというのは、最も屈辱的な部類に入る行為だ。そう易々と落ちる訳が...
「それが...」
告げられた一言に、樫村が目を見開いた。
「タカシィィィィ!!アンタまた仕事辞めたの!?こんな所で遊び呆けてないで、さっさと就活しなさい!!」
「うわぁぁぁぁ!!ごめんよカーチャン!!」
さながらそこは地獄だった。自宅警備で鍛え抜かれていた鋼の精神を持っているはずの隊員たちを蹂躙していく女性の集団。標的になった隊員らの涙交じりの悲鳴が飛び交い、身も心も満身創痍になった隊員たちは待機していた武装職安隊員に手渡された履歴書を泣きながら書いていた。
「隊員ほぼ全員のカーチャンを集めた、だと...」
ブースをノエルとエルムに任せ駆けつけた樫村は呆然と呟いた。
「やあ、久しいな。自宅警備隊関東方面隊長殿」
その時、一人の男が阿鼻叫喚の中を悠々と歩んできた。
「武装職安隊...」
「おおっと、そんなに怒らないでくれたまえ。我々は政府に命ぜられた通り、貴様らを職に就かせる為やっているだけなのだからな」
おどけたように両手をあげ、あくまで政府の意向だと言うガスマスクの男をゴーグルの下から睨み付け、樫村は言った。
「どうやって隊員のカーチャンを集めた」
その問いにガスマスクの男はくぐもった笑い声をあげ、
「言っただろう?我々の後ろには政府がついている。貴様ら全員の住所を調べあげ、ここに連れてくることなど造作もないこと」
「クソっ、卑怯だぞ!!」
「無職の集団ごときに卑怯と罵られても痛くも痒くもないわ。世間は我々に味方する。無職の貴様らに、誰が救いの手を差し伸べよう」
「俺たちに味方がいないなら作ればいい。無職でも無職なりにやれることをやれば、きっと誰かが俺たちのことを認めてくれるさ」
人が多い場所でこれだけ大騒ぎをすれば誰もが不振に思うはずだが、ここはイベント会場。自宅警備隊のパフォーマンスだと思われているらしく、周囲に人はいるにはいるが、皆写真を撮ったり、こちらに向かって声援を飛ばしてくるのみである。これでは助けを求めたところでパフォーマンスの一環とされるだろう。
「何度負けたっていい。何度罵られてもいい。それでも、俺たちの生き方だけは誰にも変えさせない!!」
目の前で隊員たちがやられていく様子を顔を歪め苦しそうに、しかし決して目をそらさずに見、言った樫村の言葉に、ガスマスクの男は忌々しそうに舌打ちし、
「隊長クラスの貴様を落とせば内部崩壊は必至、と企んでおったのだが...興が削がれた。今日のところはこれぐらいにしておいてやろう」
踵を返し、ガスマスクの男は腕章を見せ、
「武装職安隊隊長、澤村だ。次合間見える時は貴様もろともこのふざけた組織を潰してやる」
辺りに飛び散った履歴書を拾い集め、ブースに戻った時にはもうイベント終了のアナウンスが流れていた。誰も喋らなかった。のろのろとブースの片付けを済ませ、着替え場所を借り私服に着替えると、打ち上げの為に予約していた焼き肉食べ放題の店へ向かった。道中も静まり返る一団はよほど不気味だったのだろう。道行く人々が隊員たちを避けて通った。
そんな状態で打ち上げをして何が楽しいのか。そう問う者にはこう答えよう。苦い敗北の後ほど、美味い飯と酒が必要なのである。
打ち上げ→反省会(?)
「隊長おおおお!!俺、俺悔しいっす!!あんな奴らに負けるなんて!!」
「カーチャン召喚されたら勝ち目ないっすよー!!」
酔いが回り、泣きながら肉を食らう隊員たち。その場にいるだけで酔ってしまいそうなほどの酒気を帯びた団体用の個室で、悔しさから(成人隊員(主に男性)たちが飲み放題なのをいいことに店の酒を全て飲み干す勢いで鯨飲していた。
「あんら卑怯な手、聞いてないれすよー!!」
普段なら周りの客に気を使い酒はほどほどにしか飲まない隊員たちだが、今回は悔しさも手伝ってがばがばと飲んだくれる。個室にしておいてよかった、とノエルは心から思った。本来飲み過ぎている隊員を注意するべき立場の樫村が、誰よりも先に酔いつぶれたからだ。
「わかる、わかるぞお前ら~。あろガスマスクやろーめ...。こんろあったら、しょーちしれーぞー!!」
「そうらそうら~、隊長、やっちまえー」
隊員たちからの呂律の回らない声援を受け、立ち上がり空手の真似事を始めた樫村の口に自分のオレンジジュースを突っ込みながら、ノエルはため息を吐いた。
『首尾はどうだ、ナターレ』
「今のところ誰にも気付かれていません。関東方面隊長の自宅も特定できました」
暗い路地。酔っぱらいの喧騒さえも遠くにしか聞こえない場所で、ナターレと呼ばれた影は淡々と告げる。
『奴らは今何を?』
「...飲んだくれて店を追い出されそうになっています」
『そうか...』
しばらくの間沈黙が続き、ナターレは口を開いた。
「あの、隊長。本当に奴らは有害なのでしょうか...?本当に、この国から排除しなければならない存在なのでしょうか...?」
『何を今更。奴らのような働かない人間が減らないからこそ我らの国は経済も衰退の道を辿っている。貴様も理解していたではないか』
迷うようなナターレのの口調に、苛々とした声色で答える「隊長」に、尚も影は食い下がる。
「しかし、関東方面隊長含め実際は就職している隊員も少なからず存在します。アニメのグッズを購入するためなど動機はあれですが、その隊員たちも」
『黙れ!!貴様も我らに逆らう気か!!望み通り奴らもろとも貴様の人生も破滅させるぞ!!』
ナターレの声を遮り路地に怒声が響く。首をすくめた影は慌てて
「いえ、そういう訳では...」と取り繕う。
『そもそも無職を助長する団体などがあってはならないのだ。それに所属しているのであれば、社会人であろうが叩き潰すのみよ』
「おっしゃる通りです」
『分かっているならよい。今後も自宅警備隊に潜伏し内情を探れ』
「...御意に」
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