011
狭苦しい石造りの小部屋の中で、俺は足を踏みならしその具合を確かめる。お役所公認の人物による回復魔法だけあって、多少の違和感は残るものの傷そのものはしっかりふさがり、全力で戦闘でもしない限り問題は無さそうだ。
「やっぱり魔法って凄いよねぇ。アンタもそう思わない?」
「余計なことは喋るな!」
警備兵の怒鳴り声に、俺はやれやれと肩をすくめる。どうにも目の前の御仁は気が短いらしい。さっきからずっと俺を睨み付けたまま、同じような会話を永遠と繰り返している。
「もう一度聞くぞ? お前はあの女とどんな関係だ? 何故あの場所にいた?」
「何回聞かれても俺の答えは変わらないぜ? マリィちゃんとは相棒で、二人で一緒に掃除人として活動してる関係だし、あの場所にいたのは……まあ何かいい物がありそうだったから?」
「ふざけるな!」
ダンッと机に拳を打ち付け、警備兵が待たしても怒鳴り声をあげる。どうもこの答えは彼のお気に召さないらしいが……なら俺が何と答えるのを望んでいるのか? それがわかれば会話の持っていきようもあるんだが、さっきからこの繰り返しばかりなのでどうにもならない。
……いや、ひょっとしてこの会話が目的なのか? 時間稼ぎ? 何のために?
「いいか、もう一度……」
「班長」
目の前の警備兵がもう何度目かも解らない問いを繰り返そうとした時、不意に背後の扉が開き、別の兵士が入ってくる。
「何だ? 今は取調中だぞ?」
「それが…………」
新しく来た兵士に耳打ちされ、尋問していた兵士の眉根が寄せられていく。
「チッ。おいお前。すぐに代わりの方がいらっしゃるから、くれぐれも失礼の無いように」
「へいへい」
ヒラヒラと手を振って答える俺に一瞬憤怒の表情を浮かべるも、そのまま2人の兵士たちが部屋から出て行って……暫くして入ってきたのは、白い法衣に身を包んだ優男だった。
「おいおい、俺は懺悔なんて頼んでないぜ?」
「貴様!」
「いや、構わないよ。それより悪いけど、彼と二人きりにしてくれないかな?」
「いえ、ですが……」
「頼むよ」
俺の態度に腹を立てた付き添いの男の手を取り、優男が自らの手を重ねる。するとすぐに付き添いの方の表情が変わり――
「わかりました。それでは、私は外を見張っておりますので」
「はい。宜しくお願いします」
お互い笑顔を交わし合い、付き添いの男が出て行った。まあ普通に考えて金を握らせたんだろう。そのまま俺の向かいの椅子に座ると、法衣の懐から四角い箱を取り出す。置いて捻れば淡い光が俺たちを包み込み、僅かな音すら漏らさない簡易的な密室の完成だ。
「何のつもりだ、ジェイ」
「おやおや、いきなりだねドネット。もっと旧交を温め合おうとは思わないのかい?」
「馬鹿言うなよ。俺とアンタはそんな関係じゃないだろ?」
俺とコイツの関係は、いつだってギブアンドテイクだ。求められるものを渡し、報酬を受け取る。そこにある程度の信頼関係があることは確かだし、コイツの境遇に同情する気持ちがあるのも認めるが、だからといって全幅の信頼を寄せるような間柄ではない。特に、今この段に至っては。
「何故ここにいる?」
「ふむ。実に単純かつ明快な質問だが、それに対して私もまた単純かつ明快に答えるとすれば……計算外だ」
「計算外?」
「ああ、そうだよ。まさか今の時代に、共用周波数にあんな馬鹿みたいな出力で電波を飛ばす奴がいるとは思わなかったからね。おかげでアレに対する指示がうまくいかなくて、やむを得ず現地に出てきたってわけさ」
オウム返しに問うた俺に、ジェイが額に指をあて首を振る。共用なんたらというのはわからなかったが、電波の方は心当たりがある。イアンに貰った端末に情報を飛ばしているのが、確かそんなものだったはずだ。
そしてこのタイミング、この内容なら、コイツがアレと言うモノは……
「なるほど。ミリィちゃんのバックにいたお偉いさんってのはアンタか」
「ミリィ?」
「アンタがばらまいた手配写真の女の子の名前だよ。ま、俺が勝手に付けたんだけどね」
そう言って、俺はテーブルの端に寄せていた「イアンに送って貰ったのと同じ写真」を引き寄せる。
「ほほぅ。何故これを私がばらまいたと思ったのかね?」
「何、コイツの出所にはちょっと心当たりがあってね」
「なら、その出所とやらがばらまいたと考えるのが普通では?」
そんな当たり前の指摘に、俺は静かに首を横に振る。
「この写真を使わなければならない理由を考えれば、アンタしかいない。だってジェイ、アンタ俺とマリィちゃんが相棒だって知らなかったんだろ?」
ジェイと会うとき、俺はいつでも一人だった。ジェイとの関係は俺に取っても絶対に秘匿したいことであり、マリィちゃんにだって言ったことは無い。そしてそれは逆も同じで、ジェイにマリィちゃんと組んでいると話した事も無かった。
いくら俺が協力的だったとはいえ、ジェイは当然、俺のことを調べていただろう。だが俺の横にいる誰かのことまでは調べなかった。それはマリィちゃんに対しても同様で、彼女のことは調べていたのにその横にいる人物……即ち俺がそこにいることには気づかなかった。
それはジェイの限界だ。基本がソロ活動の掃除人だと、横にいる相手は頻繁に入れ替わる。それをいちいち情報としてあげられたら、ジェイの処理能力が大幅に削られる。だからターゲットだけに情報を絞り……それが今回たまたま徒になった。言ってしまえばただそれだけのことで、その僅かな油断や怠慢が、今回の致命傷となった。
俺と違って、マリィちゃんにはジェイに呼ばれてここに来る理由なんて無い。指名依頼を出したって受けるかどうかは本人次第だし、そうなれば公権力で取り締まらせるのが一番確実な手段だ。無視して逃げれば犯罪者になってしまう以上事情聴取で足止めされるのは必至で、ジェイの立場や権力を生かせばそこから拾い上げるのはそう難しいことでもないだろう。そうすれば合法的に相手の身柄を確保できる。
俺とマリィちゃんが組んでいることを知らない、だからこその強硬手段。もしもそれを知っていたなら俺を通じて招集をかけた方がよっぽど楽だし、少なくともこの札を切る前に打診程度はあったはずなのだ。見ず知らずの宗教家に会いたいと言われるのと、相棒から紹介されるのとでは違って当然なのだから。実際俺が紹介するなら、マリィちゃんは普通に会いに行った可能性が高い。
「はっはっ。そうかそうか。いや、確かにそうだよドネット。マリィという女を捕らえるのにこれを利用したのは私だ。もっと穏便に指名依頼を出すとかでも良かったんだが、宗教関係はどうも掃除人たちには受けが良くないようでね。せっかくアレもいることだし、最大限利用させて貰ったわけさ。
ああ、ちなみにこの写真を手に入れた方法は、アレのメンテナンス用に使っていた周波数にこのデータが紛れ込んできて、偶然入手したってだけのことだよ。まさか暗号化すらしてないデータがそのまま流れているとは思わなかったから、びっくりしたなぁ。本来ならコレの回収はもっと後の予定だったんだけど、こうもタイミング良く使えそうな素材を手に入れたら、使わないのは勿体ないと思ってね。ついついやってしまったんだ」
「おい、マリィちゃんやミリィちゃんを物みたいに言うな」
思わず漏らしてしまった低く重い脅すような声にも、ジェイの奴は何処吹く風だ。飄々とした態度を崩すこと無く、上機嫌のまま会話を続ける。
「おやおや、ドネットは随分アレらにご執心のようだね。だがアレらは……いや、それはまた後にしよう。どうせなら本人達のいる前で話した方が良いだろうしね。それに今は、こっちの方が気になるだろう?
再接続 『第3の蛇』」
言葉と共に、ジェイの手の中に見覚えのある銃が現れる。「砂の町」を生み出した銃。ミリィちゃんが持っていた銃。俺の足に大穴を空けた銃。つまり……相棒の兄弟銃。
「君たちがこれを持っていかなかったのもまた誤算だった。おかげで彼女を長期間拘束するのは無理そうだ。それを理由に身柄の引き受けを狙っていたんだけどねぇ」
残念そうに「失敗したよ」なんて言い放つ顔に唾でも吐きかけてやりたい気分だったが、そんなことをしても事態が悪くなることはあっても良くなることは無い。だがそれでも、本当に最悪の事態だけは回避できていたらしい。俺はホッと胸をなで下ろしつつも、ジェイとの会話を続けることにした。




