010
「はぁ。まあそれはいいや。で、肝心の話を全然してないんだけど……そろそろいいかい?」
「構いませんよ。というか、話を逸らしたのは私では無くドネットの方なのでは?」
「うぐっ、まあそりゃそうだけど……いや、そうだな。悪かったねミリィちゃん」
今さっきそう決めただけだというのに、マリィちゃんの妹と言うだけで口では勝てない気がする。一瞬にしてヒエラルキーの最下層に落とされるような悪寒に襲われ、俺は当初の予定通りの質問をすることにした。
「まずは、ミリィちゃんが何者かとか、誰の命令を受けているのかとか……そういうのは答えられないよね?」
「そうですね。命令に関することや、それに関係する組織の内情などは一切口外できないようになっています」
きっぱりとした口調で言いつつも、しっかりヒントは出してくれている。組織というなら背後にいるのは個人ではなく団体だ。ただそれだけで危険度が数段跳ね上がる。
「それじゃ……ああ、これも確認しておかないとな。俺たちのことは知っていたのか?」
「……その情報は開示できません」
「ふむ……」
全く見ず知らずの他人に対して「お前のことなんて知らない」と答えることに問題があるとは思えない。断定はできないが、このケースならかなり高い確率で相手が俺たちのことを知っていると想定すべきだろう。
「それなら……いつつ…………」
俺は気合いで体を引き摺るようにして動き、ミリィちゃんの口元に人差し指を突きつける。
「……何ですか? この状況でくわえろとでも?」
「なに、ちょっとしたテストさ。マリィちゃん、悪いけど俺と同じようにやってみてくれる? あ、気をつけてね」
「? いいけど……きゃっ!?」
俺のようにマリィちゃんがミリィちゃんの口元に指を近づけると、その体を全力で動かし、マリィちゃんの指に噛みついてきた。慌てて手を引いたマリィちゃんは無傷だけど、勢い込んで噛みついたミリィちゃんはそのまま前に倒れ込み、砂の海に顔を埋めることになる。
「むぐ、むぐぐぐぐ……」
「あ、マリィちゃん。そのままだと窒息して再生しちゃいそうだから、体を起こしてあげて。噛まれないように気をつけてね」
「何なのよもう……」
マリィちゃんに抱き起こされ、元の状態に安置されるミリィちゃん。噛まれるのを警戒されたせいで、顔中砂まみれのままだ。
「ぺっ、ぺっ……酷い目に遭いました……」
「それはこっちの台詞でしょ!? どういうことなのDD?」
「ああ、うん。確認だよ。どうやらミリィちゃんの攻撃対象は、あくまでマリィちゃんだけみたいだね」
それは戦闘中から感じていたことだ。動けない俺をマリィちゃんの足かせとして利用することはあっても、積極的に俺を攻撃してくることは無かった。もしそれをされていたら、足を潰されている俺は今頃どうなっていたかわからない。俺が近接武器の使い手ならわかるが、座り込んでいても攻撃力が落ちるわけじゃない銃の使い手であるのに放置されるからには理由があると思っていたが、どうやらそれは間違いないようだ。
にしても、マリィちゃんだけが狙われる理由は何だ? 明確にマリィちゃん個人を狙ってるのか、もしくは俺だけを攻撃対象から外しているのか?
「うーん……なら、もう1回こう聞こう。俺のことは知っていたかい?」
「!? ……はい、ドネットのことは知っていました」
俺を知っている相手で、マリィちゃんのことも知っていて、だが俺には知られても良くてマリィちゃんには秘密……つまり、俺とマリィちゃんが一緒に行動していることだけを知らない?
「そうか……なら、これが最後の質問だ」
情報は増えたけど、それを判断する情報が決定的に足りない。なら今はそれを考えても結論など出せないのだから、確認すべきは最後にして最優先の情報。
「その銃は何だ?」
「それは――」
「ねえ、DD。これで良かったの?」
俺の顔のすぐ横で、マリィちゃんが問う。まだ満足に歩けない俺に肩を貸しているため、移動速度は亀の歩みのように遅い。
「良かったって? 流石にミリィちゃんを連れてくれるわけには……」
「そうじゃないわよ」
あの後、結局ミリィちゃんはあの場に放置しておくことになった。治療したら襲ってきてしまうし、拘束する道具も無いのだから、事実上それ以外の選択肢が無かったとも言える。ミリィちゃんに関してはあまりにも解らないことが多すぎて対処方法の検討すらつかないし、そもそも上位者からの命令によって極めて厳しい行動制限がついている以上、「何もしない」が最良の選択肢であることは認めざるを得ない。
だが、そんな俺の返答にマリィちゃんは「違う」と首を横に振る。
「あの銃よ。回収しなくて良かったの?」
「ああ、そっちね。してもおそらく無駄だし……そもそも、俺の勘ではしない方がいいと思ったんだよね」
聞いたとおりの内容なら、あれを手にするのは極めて危険だ。危険な物ならなおさら手元に置いて管理したいと思うのが人情というものだが、あれを手にしていることで起きる問題を想定すると、最低限の根回しができるまでは持ちたくない。一時的な所有者にしかなれないというのなら尚更だ。
「……私の目的は、これで達成なのかしら?」
「うーん。半分ってところじゃない?」
「砂の町」が起きた原因はわかった。本当に細かい理屈はともかく、あの銃を使うことでそれが引き起こされるというのは判明した。それはある意味では原因がわかったと言えなくも無い。
だが、まだ解ってないこともある。誰がどんな意図を持ってあの銃を使ったのか、そして何より、何故マリィちゃんがあの場所で倒れていたのか。それに関しては未だ謎のままだ。
「あー、そうなると半分どころか、まだ3割くらいしか達成されてないってことかな?」
「そう? ……そうね。まだわからないことが沢山あるものね」
「そういうこと。まだまだお付き合いしますよ? お嬢さん」
「……そうね。もう暫くお願いしようかしら。いい男さん?」
そんなことを言って笑い合いながら、1週間以上かけてやっとの事で町の前まで辿り着いた。致命傷じゃないせいで逆に傷の直りが悪いというのは実に厄介だとこの1週間で嫌と言うほど思い知ったが、それでも人から離れるのが最小限であると考えれば受け入れるべきだろう。あとは町に入って病院で回復魔法による処置をしてもらえば、「修復」の影響を最小限に……
「いたぞ、囲め!」
そんな俺の考えを無視するように、町の入り口にて警備兵に囲まれる。それは俺が想定していた流れのなかで、最悪に近い方だ。
「マリィ・マクミランだな。お前には『砂の町』事件の重要参考人として捕縛命令が出ている。ゆっくりと両手を挙げて頭の後ろに付けろ。下手な真似をした場合、武力行使も辞さない」
「……わかったわ。でも、DD……この人は怪我をしているの。せめて病院に――」
「うるさい! 無駄口を叩くな! 確保!」
俺を支えている以上、そのまま両手をあげることはできない。だがそんな当たり前の言葉を無視して、警備兵が俺を引きはがし、マリィちゃんを抑えにかかる。
「ぐぅぅっ…………!」
「DD!? 貴方たち……っ!?」
地面に倒れ込みながら、俺は必死にマリィちゃんに視線を送った。包帯を巻いているとはいえ足はまだ強烈な痛みを放ち、そのせいで声が出せなかったのもあるし、そもそも下手なことを口にすればドンドン立場が悪くなるという考えもある。
俺の目を真っ直ぐに見て、悔しそうに顔を歪めてからマリィちゃんが目を閉じる。一瞬の逡巡の後再び目を開いた時には、その表情はまるで仮面のようにいかなる感情も浮かべていなかった。
「つ、連れて行け!」
ただ、その目だけは違う。紅く輝く瞳には、燃えるような怒りと凍えるような冷徹さが宿っている。それを見たとき、その感情が俺に向けられているものではないと解っていて尚、俺の背筋に薄ら寒い物が走って、思わずぶるっと震えてしまった。隊長だか責任者だかの男が、額に冷や汗を浮かせながらも平静を装っていたのは賞賛に値するだろう。
「で、お前は何だ? あの女の連れか?」
「ああ、俺はマリィちゃんの相棒だ」
「そうか。ならお前からも事情聴取をする必要がある。さっさと立って歩け」
「無茶言うなよ。足に穴が空いてるんだぜ?」
突き飛ばされた影響で、俺の足にまかれた包帯に、真っ赤な染みがじくじくと広がっていく。元々回復薬では血止めに毛が生えた程度の効果しかなかったのだから、突き飛ばされて捻ったりすれば悪化するのは当然だ。
「チッ。おい、担架と……あとは回復魔法を使える奴を招集しろ!」
偉そうな警備兵たちに為す術も無く、俺もまた詰め所の中へと運ばれていった。




