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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第七章 砂の町

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009

「私が言うのも何ですけど、酷い絵面ですよね」


「まあ、そりゃあねぇ」


 目の前の女の言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしか無い。何せこの場にいるのは、両手両足を落とされて砂の上に突き立てられた大鎌の柄に立てかけられるように置かれた女と、その向かいで大穴を空けた左足を立て膝にし、右足は伸ばして地面に座り込む俺、そして俺の隣には唯一ほぼ無傷のマリィちゃんという3人だ。俺だけならまだしも、こんな女を目の前にして平然と話しているような集団になんて、俺なら絶対に近づかない。遠目で確認するだけで踵を返してかなり遠回りの別の道を探すことだろう。


 ちなみに、飛ばした手足は1分ほどで件の光の粒子となって消え去り、斬られた方の体の断面も最初こそ肉や骨そのままだったが、すぐに白い光の膜のようなものがうっすらとそこを覆い、今は血の流れすら止まっている。これなら血止めに傷口を焼く、などというさらなる非道を行う必要は無さそうだ。


「というか、貴方随分冷静な感じだけど、大丈夫なの? さっきの話だと、痛みは感じるんじゃない?」


「躊躇無く手足を飛ばした相手に心配されるのは非常に心外ですが、とりあえず大丈夫です。痛覚信号はエミュレートしていますが、それによって生じる精神的な影響は再現していませんので」


「ええと、それは……?」


「要は、凄く痛いけど痛みで狂ったり取り乱したりはしないということです。ただ、出来れば早めに別の拘束手段を用意して貰いたいですね。快か不快かで言うなら、圧倒的に不快ですので」


「そりゃそうだろうけど、現実的にはなぁ……俺の足が直らなきゃここから移動も出来ないし。せめて瓦礫とかが残ってるなら、まだ使えそうなものが手に入る可能性はあるんだろうけど……」


 そう言って見渡したところで、周囲にあるのは砂だけだ。一番近い町までだって3日は歩かなきゃたどり着けない。砂漠化した範囲から出れば魔物だって普通に出るようになるから、マリィちゃんが俺とこの女を抱えて町まで歩くなんて選択肢はとてもじゃないが選べない。

 どうしてもとなればマリィちゃんが単独で町まで戻って、必要な物資を調達してまた戻ってくる……という方法を取らざるを得ないが、最初からここに来る予定だったから保存食等の物資は十分にあり、普通と違って俺の足も放置すれば完全に直るのが解っているので、現状のベストはこの女には苦痛を我慢して貰って、再生を適時阻害するということになる。


「はぁ。血も涙も無い人達ですね。私がこんなに苦しんでいるというのに……」


「何処かのお嬢さんが俺の足に大穴を空けたりしなければ、担いで町に行くってこともできたんだけどねぇ」


 肩をすくめて言う俺に、女がフイッと顔を背ける。まあ、実際に俺が無傷だったとしても、そんなことはできるわけがないんだが。手足を落とした女を背負って歩くなんて、途中で人に会ったら誤解されるに決まってる。変な噂でも流されたら掃除人として活動しづらくなるどころか、下手をしたら賞金首にされる可能性すらある。


「まあ、どうやっても状況は改善できないってことが双方共に解ったってことで……そうだな、まずはお互い自己紹介でもしようか? 俺はドネット・ダストで、隣にいるのがマリィちゃんだ。お嬢さんのお名前を伺っても?」


「私は……」


 俺の問いに、女が言葉に詰まる。相変わらず表情は動かないが、言外に纏う空気のようなものに、何となく寂しさとか、悲しさのようなものを感じられる気がする。


「私に名前はありません。正確には、私という個体を示す情報が一切ありません。なので、その質問には答えることができません」


「うん? それは記憶喪失とか、そういうの?」


「半分正解、くらいでしょうか? 命令を柔軟に理解し、与えられた使命を確実に実行するために常識や言語能力などはそのまま残されているのですが、それ以外の個人パーソナルに関わる記憶……名前とか、何処で生まれたとか、どんな生活をしていたとか……そういうものには全てプロテクトがかかっているのです。なので今の・・私には名前はありませんし、もし仮にそれらが戻ったとしたら……」


 そう言って、女の視線がマリィちゃんに向く。同じ顔、同じ姿。すまし顔で並べば見分けがつかないほどの、同一の存在。

 きっと、彼女の言葉はこう続くのだろう。「記憶が戻ったら、それはマリィちゃんと同一のものなのではないか」と。


 この女がマリィちゃんのオリジナルであるとは思えない。この女からマリィちゃんが派生するのは様々な面で不自然だ。あるとすればマリィちゃんを元にしてこの女が造られたということだろうが、それであっても当然謎は残る。何故そんなことをしたのか、そもそもどうやってそんなことをやり遂げたのか。


 そして、結局は最も大きな疑問に戻る。即ち、マリィちゃんが本物であるのかどうか。でも、その答えはとっくに出した。ここに来る前に2人で話して、俺の中には既に結論がある。故に、それで迷う必要は全く無い。


「OK。じゃ、君は今日からミリィちゃんね」


「…………え?」


「いや、名前無いと不便でしょ? で、マリィちゃんの妹ってことで、ミリィちゃんでいいかなって。駄目?」


「駄目、ではないですが……随分安直ですね」


「名前は安直なくらいがいいさ。それに名前が似てれば、姉妹って関係性もより説明し易くなるしね」


「ちょっとDD? 勝手にこんな大きな妹を作られても……」


「あれ、マリィちゃん嫌だった? でも流石に母と娘は無理があるんじゃ……」


「そっちの方が嫌よ! そうじゃなくて……この子、傷が治ったら襲ってくるのよ?」


 こうして和やかに話していても、彼女は敵だ。手足の再生を終えれば、彼女の裏にいる何処かの誰かの命令により、再び俺たちを殺しに襲いかかってくる。そんな相手に名前を付けて、しかも家族の設定をしたりしたら、ただ殺しにくくなるだけだ。そこに生じる違和感は一瞬のためらいを生み、あるいはそれが致命傷になるかも知れない。でも、それでも――


「わかってるけどさ。それでも、墓石に刻む名前くらいは欲しいじゃない。大丈夫。いざとなったら俺が片をつけるさ」


 マリィちゃんと同じ顔をした、マリィちゃんになれなかった女。そんな相手を名無しのまま……何者でも無いモノのまま終わりにさせたくはなかった。和解出来るなら最高だが、そうでなくても、せめてちゃんと彼女という個人に最後を与えたかった。正体不明の魔物だか何だかすらわからないものじゃなく、ミリィ・マクミランという人として、その生涯を終えたのだという形を残したかった。


「ということで、君は今からミリィ・マクミランだ。偽物でもまがい物でもなく、ミリィという一人の人としてここに在ることを俺が認めた。だからまあ、もしもって時は安心して死んでくれ。君が生きていたという事実は、俺が背負って持っていくから」


 最悪の口説き文句だが、これが敵であるミリィちゃんに贈れる精一杯だ。親指を立てて笑う俺に、隣のマリィちゃんも思わず苦笑いだ。


「本当に馬鹿なんだから。余計なものばっかり背負い込んで……でも、そういうところ嫌いじゃないわよ」


「お、どしたのマリィちゃん。ひょっとして惚れちゃった?」


「はいはい、惚れないわよ」


 そんな俺たちのやりとりを目を細めて眺めていたミリィちゃんが、不意にその口を開いた。


「……なるほど。それでDDなのですね」


「あら、わかるの? でも秘密よミリィ?」


「勿論ですお姉様。墓まで持って行きます」


「え、何? どういうこと?」


「秘密よ」


「秘密です」


 何だ? ドネット・ダストだからDDじゃないのか? でも前に本人に聞いた時にはそうだって言われたんだが……あれぇ?


 一人眉をひそめる俺の前では、双子のようなできたて姉妹がそっくりの顔で意味深な視線を交わし合っていた。

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