008
「…………? っ!? …………!?!?!?」
女の体がそのまま前に倒れ込む。ジェシカの時と違って、今回は手加減していない。最早喋るどころか呼吸すらままならず、数分を待たずして死ぬだろう。
「っあー、きつい……」
そして俺もまた、そのまま背中側に倒れ込んだ。足の激痛に加えて紅血弾の使用ともなれば、気力体力ともに相当な消耗だ。女へ向ける視線を切ることだけはしないが、ただ体を起こしているだけのことすらできなかった。
「DD!」
慌ててマリィちゃんが跪き、俺の口に回復薬を流し込んでくる。前衛のマリィちゃんは俺のよりもお高めな回復薬を常備しているためいくらか体が楽になったが、正直気休めの域を出るものでもない。
「俺はいい……それよりマリィちゃん、あの女の首を落としておいて……」
自分と同じ顔をした奴の首を切れ、なんて随分と非道な頼みだが、そのくらいしておかないと安心できない。ここからの逆転劇はジェシカの時だけでお腹いっぱいだ。
「…………わかったわ」
そして、マリィちゃんだってここで手を緩めるほど甘い女じゃない。気が進まないなんて程度の感情で命を天秤にかけるようなら、俺たちはとっくにここにいないだろう。
だが、マリィちゃんが立ち上がるより早く、女の口から声が響く。
「マテリアルボディに致命的なエラーが発生。原因の特定……特定完了。原因の排除を実行…………排除失敗」
心臓すら動きを止めるあの状態で喋れるわけがない。だが現実として女の口から声が漏れている。それがどんなトリックかはわからないが、放置しておけば致命的な危機を招くことは想像に難くない。
「マリィちゃん、急いで!」
「ええ!」
「マテリアルボディを原因に影響されない物質に再構築することを検討……承認。該当データ検索……該当データ6092。最適な条件にて絞り込みを実行……」
「やぁぁっ!」
マリィちゃんの爆裂恐斧が、違えること無く女の首を飛ばす。だが体から離れた首は、何事も無かったかのように高速で瞬きを繰り返し、その口から聞こえる声は止まらない。
「絞り込み検索完了。該当データ3。優先設定条件に従いデータを選択。マテリアライズデータのオーバーライドを実行。カウント3……2……1……オーバーライド完了」
「止まらない! 止まらないわよDD!? どうしたらいいの!?」
マリィちゃんが幾度も斧を振り下ろし、頭を、体を切り裂いていく。だが声は止まらない。ぐちゃぐちゃになった肉の塊から、声だけが不気味に響き続ける。
「データベース再構築完了。ペルソナ・コアのデータを更新……更新失敗。再度更新を実行……更新失敗。再度更新を実行……更新失敗。新規の接続先を設定……接続先がありません」
「……何だ、どうした?」
重要そうな単語の意味はわからないが、どうも何かに失敗していることだけはわかる。それが俺たちの努力の結果か、あるいは向こうさんの不具合なのかはわからないが、俺たちにとっては幸運であることを祈りたい。
「……新規設定を全て破棄。全データをバックアップから復元。初期設定にて再起動します。カウント3……2……1……再起動」
ぐちゃぐちゃの肉の塊が、淡い光に包まれる。肉の一片、血の一滴すら余すこと無く全てが光へと変わり、その光が一箇所へと集まると……その光が、再び肉体へと変換されていく。
全てが終わり、立っているのは見覚えのある女。マリィちゃんと同じ顔、マリィちゃんと同じ体。服装は例のヒラヒラドレスだが、それさえなければ見分けがつかない程にそっくりな、ついさっき俺たちを殺そうとした女。
その女の目が、ゆっくりと開かれる。これでいきなり殺しにかかって来られたら、無防備な敵の復活をボーッと見つめてただけの間抜けになるわけだが……
「ふぅ。やっとまともに話せそうですね」
どうやら、賭は俺たちの勝ちのよう……!?
「武装具現化・孤華裂夜!」
言葉と共に、女の手に武器が生えてくる。黒い柄に真っ赤な刃のついた、巨大な鎌だ。明らかに取り回しが悪そうなそれを、女が笑顔で振りかぶってくる。
「ちょっと!? 話すんじゃないの!?」
「話しますよ? ただ話すのと攻撃するのは別だってことだけです」
「何よそれ!? 話すなら落ち着いて話しなさいよ!」
「できるならそうしたいですけど、管理者権限で設定されてる命令に逆らうのは無理なんです。人格データが開放されただけでもかなりの幸運なんですよ?」
「知らないわよそんなの! 戦うしか無いなら、せめて手加減とか出来ないの?」
「体を動かしているのは、私であって私でないと言うか……どうしてもと言うなら私の手や足を落とせば再生するまでは動きを止められますけど、おすすめはできません」
「何で?」
「私が痛いからです」
「心底知らないわよ!」
俺の目の前で、マリィちゃんと女が激しく武器を打ち付け合い、言葉を交わし合っている。だがその内容はあまり建設的とは言えない。
「あー、なあお嬢さん。俺が話しても平気か?」
「平気ですよ。何でしょう?」
「そうだな……何から聞こうか」
「ちょっとDD!? 聞くなら早くしてよ。この子の攻撃、さっきから全部受け損ねたら致命傷になるようなのばっかりなのよ!?」
「それはそういうものだと諦めてください」
「諦められるわけないでしょ! ねえDD、この子の動きだけ止めるような何かは無いの?」
「そんなこと言われてもなぁ……致命傷を与えるのはやばそうだし、体の活動だけを阻害して喋れる程度にする方法って言われても……なあ、さっきの再構築? だか何かが発動する条件って何だ?」
「それは……っと、どうも言えないみたいですね。その情報の開示権限が貴方にはありません」
「チッ、そういうところはそのままなのか……まあでも、とりあえず死ななきゃ大丈夫くらいか?」
「そうですね。私の意識がしっかりあれば、何とかなると思います」
意識がある状態で運動機能を奪うなら、足を撃ってやるのが一番簡単だろう。だがマリィちゃんと激しい斬り合いを続けている以上、その足もまたせわしなく動いているうえ、マリィちゃんの足もまた至近距離にある。狙いをはずす程度なら問題無いが、マリィちゃんに誤射したら目も当てられない。
「どうするのDD? そんなに長くは保たせられないわよ?」
「マリィちゃん、俺が合図したらその人のこと吹き飛ばせる? 1メートルも距離が空いてくれればいいんだけど」
「攻撃後の回避を考えなくていいならいけるわ」
「了解。そっちのお嬢さん、悪いが足を撃たせて貰うが構わないか?」
「勿論嫌です。が、現実的にはそのくらいの対処が限界でしょうね。わかりました。可能な限り素直に直線で走りますから、うまく狙って下さい」
これから攻撃する相手に許可を貰うという特殊で貴重な経験をして、条件は揃った。俺の合図と共に、マリィちゃんが爆裂恐斧を思い切り振り切って女を飛ばす。それによって体勢が崩れたマリィちゃんに攻撃しようと女が走り込んできたところで、俺は銃を6連射。3発外れて3発当たり。女がその場につんのめる。
「取った!」
倒れ込んだ女に対し、まずは無傷で武器を持つ腕をマリィちゃんが飛ばす。継いで反対の腕、怪我をした両足を飛ばしていって……彼女自身のアドバイスの通りの形になったことで、俺たちはようやく対話のテーブルに着くのだった。




