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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第七章 砂の町

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007

「うーん。何も無いねぇ」


 決断が早かったおかげか、俺たちは誰に咎められることもなく「砂の町」へと辿り着いていた。というか、そもそもここに来るまでに誰とも会っていない。もうちょっとくらい警備の兵士なり何なりがいるかと思っていただけに、正直拍子抜けだ。


 だがまあ、そんな無防備、あるいは無関心さにも納得がいかないわけでもない。何せ見渡す限り砂だけであり、それ以外の物が何一つ無いのだ。前回の「砂の町」の調査でも結果として砂しか見つからなかったというなら、急いでここに何かする必要性があるとは思えない。実際一番乗りの俺たちですら砂以外の何かを見つけることが出来ていないのだから尚更だ。


「マリィちゃん、そっちはどう?」


「何にも無いわね。本当に砂だけ……」


 あえて気楽な声を出している俺に対して、マリィちゃんの表情は硬い。ここにあるのは砂だけ……それは言い換えれば、ここの砂は全て他の何かだったということだ。手で掬えば指の隙間からサラサラとこぼれ落ちるそれは、あるいは金だったかも知れないし、あるいは家だったかも知れないし、そしてあるいは……人であったかも知れない。金銀財宝の上に立っていると言われればテンションも上がるが、屍の山を踏みしめていると言われればぞっとしない。


「うーん……」


「あら、どうしたのDD?」


「いや、今更だけど、どうやって砂にしたのかなって思ってさ。石を砂にってのならわかるけど、鉄やら金やら、それどころか血や肉まで砂にしてるんだろ? 何をどうしたらそうなるのかと……」


 この手の話をしたら「知りたいかね?」とか言いつつ、したり顔でこっちの欲しい情報をべらべらと喋る悪役が登場するのがお約束だ。勿論現実はそんなことないわけだが、それでも少しでも気分が変わればと思っての発言だったが……俺の願いは、半分だけ叶えられた。


 目の前に、女がいる。その姿を目にするまで、俺はその存在に気づけなかった。一瞬マリィちゃんがこっちにいたのかと勘違いしたくらいだ。

 あり得ない。いくら気楽を装っているとはいえ、ここは怪奇現象の起きたその中心部だ。完全に気を抜くことなんて無いし、実際きちんと周囲を警戒していた。

 そもそもここは砂漠。周囲にはいかなる障害物もなく、この場で身を潜めるどころか、遠くからこっそり接近することすらできはしないはず。可能性として砂の下にずっと隠れていて飛び出してきたというのならまだわかるが、当然砂が舞い上がったりしてはいない。本当に何の痕跡も無い場所から、突如出現したとしか思えない状況。


 女の手には、銃が握られている。短い銃身に太い銃口。魔術(マギ)を使えない奴が信号弾を撃つのに使うフレアガンの様な形だが、そこから撃ち出されるものはそんな穏当な物では無いだろう。実際その銃口は――


「マリィちゃん!」


 叫びながら、俺は思いきりマリィちゃんを蹴っ飛ばす。敵の方じゃないのは不確定要素の問題だ。蹴っ飛ばしても微動だにしなかったりしたら、その時点で俺は相棒(パートナー)を失っていただろう。


「っ!? ぐぅ……DD!?」


 全力の蹴りを不意に食らって、マリィちゃんの小柄な体は意図通り横に吹っ飛び、銃弾の通り道から外れる。が、ここで一つ読み違えた。敵の狙いはマリィちゃんの頭や心臓ではなく腹だったようで、そこには蹴りを放った俺の足がある。


「がぁぁっ!?」


 左足のふくらはぎに、握り拳ほどの穴が開く。焦げた肉の匂いが辺りに広がり……俺はその場に倒れ込んだ。


「攻撃失敗。絞りカスではこの程度の威力が限界ですか……」


 全く無表情のまま、女が口だけを動かして言葉を話す。その顔には一切の感情が浮かんでおらず、だからこそ次の行動が予測出来ない。

 だが解ったこともある。わざわざ愚痴を言ったってことは、あの銃はおそらく連射は出来ない。出来るならそのまま2発目を撃って終わりだっただろう。


 勿論、所詮は想像だ。それ自体がフェイク、あるいはフェイントという可能性もある。だからこそマリィちゃんも武器を構えたまま動けない。

 爆裂恐斧が斧である以上、攻撃するには振り上げてから振り下ろすという2動作が必要だ。引き金を引くだけで撃てる銃を相手にするには分が悪い。普通の銃弾なら爆裂恐斧で防げるだろうし、いざとなれば1、2発食らう覚悟があれば強引に敵を切り裂くこともできる。

 だが、さっき見た銃の威力は異常だ。青白い光の杭が放たれたようだったから、おそらくは超高温の炎熱系か電撃系の魔術(マギ)、それを高密度に圧縮して撃ち出したんだと思うが……その攻撃力はジェシカの稲妻の比じゃない。どちらの攻撃も一撃必殺となれば、迂闊には動けない。


「大丈夫? DD?」


 油断無く斧を構え、女から視線をはずすこと無くマリィちゃんがじりじりとこちらに近づいてくる。だが俺はうつぶせに倒れ込んだ体を仰向けにするのがやっと。僅かな肉と皮だけで繋がっている足で立ち上がるのは物理的に不可能だ。


「ぐぅぅ……これは、ちょっとまずいかな……」


 腰の鞄から取り出した回復薬を足の穴に向かってぶちまけるが、大した効果は期待出来ない。傷口が焼けているので止血をする必要が無いのが救いだが、町まで戻って高位の回復魔法でも受けなければ、立ち上がることすらできないだろう。


 そしてそれは、人間から遠ざかっている俺にしても同じ事だ。放っておけばいずれ直るのが大きな違いだが、流石にこれを即座に修復するような常識外れにはまだ・・なっていない。特に今回は大怪我ではあっても命に関わるわけではないから、良くも悪くも緊急モードにはいることも無い。傷の具合から回復ではなく修復にはなるだろうが、そうであっても5分や10分で戦闘ができるまでに回復するわけじゃない。


「なあ、お嬢さん……何でこんなことをするんだ……?」


 1分でも、1秒でも時間が欲しい。ダメ元で声をかける俺に、女は首を傾げてから、パチパチと瞬きをする。


「情報検索……該当者無し。貴方には情報開示を要求する権限がありません」


「権限と来たか……なら、俺には何が許されてるんだ? 何なら話せる?」


 俺の言葉に、女が再度瞬きをする。どうやらこれが考える……あるいは誰かにお伺いを立てている動作らしい。うまく利用できるなら刹那の隙を作り出せるかも知れないが、今はその程度で戦況をひっくり返す手段は無い。ここは待ちだ。


「情報検索……未登録の一般市民が要求できる内容は、『日常会話』のみです」


「お、いいじゃない日常会話。どうだい、俺と素敵なトークをしないか? いい男は、女性を退屈させたりしないぜ?」


 脂汗を流しながら、俺は必死に言葉を紡ぐ。侵食率の上昇に伴って、許容出来る痛みの量も増えたらしい。気を失わないのは助かるが、別に痛みを軽減しているわけじゃないのが憎い。逆流してくる胃の中身を必死に飲み込み、浅い呼吸を繰り返して耐える。


「要求確認……管理者により戦闘行為中の『日常会話』の実行は制限されています。残念だけど、ここまでよ」


 最後に一言、僅かに人間性が感じられる言葉を発してから、女がその銃口を俺に……正確には俺をかばうように立っているマリィちゃんに向ける。芋虫みたいに転がるのが精々の俺に回避の手段はなく、だからこそマリィちゃんに対する必中だと判断したんだろう。その状況に、俺もまた肩をすくめる。


「ああ、本当に残念だ。残念だけど、ここまでみたいだな……」


 背中の方で体を支えるように地面についていた手を、何気ない動作で前に突き出す。その手には、準備を終えた相棒セカンド・シルバーが握られている。


「穿て! 『The Neutralizer』!」


 女の大砲が火を噴くより早く、俺の相棒から放たれた紅い弾丸が女の腹を貫いた。

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