004
「マリィちゃん!」
俺はとっさに大声で叫び、同時に腰から引き抜いた銃を2連射。狙い違わず魔物の胸と眉間に命中し、血を流させることはできたが……その効果は低い。
「糞っ、スカブスケイルギボンだと!? 何でこんな所に!」
スカブスケイルギボンは、その名の通り皮膚の上に何層にもかさぶたのようなものを重ねている猿だ。1枚1枚は薄くて柔らかいが、それ故に衝撃を吸収し易く、俺の銃弾では皮膚に届く前にほとんど威力が殺されてしまう。だがそれでもダメージが通れば、気を引く程度なら十分だ。
「マリィちゃん! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけだから……」
「わかった! じゃあこっち……いや、そこを動くな。体を小さくして蹲ってろ!」
あえて大声でやりとりしながら、更に2連射。猿の胸と足に当たるが、やはりダメージは低い。それでも4発当てればヘイト稼ぎには十分だ。猿がマリィちゃんから完全に視線をはずし、俺に向かって一直線に向かってくる。
スカブスケイルギボンは、単体ならそれほど強い魔物じゃない。俺にしたって武器の相性から多少の苦戦が予期されるだけで、1対1なら十分戦える。協会の認定としては、C級の中位くらいだ。さっき聞いていたB級というのが本当なら、彼女にとってもこの程度の魔物はどうとでも……いや、武器のような物を持ってなかったから、そのせいか? 確かに俺でも素手でこいつと出会ったら、石でも投げて気を逸らしてる隙に逃げの一手だろう。
そんなことを考えながら、真っ直ぐ向かってくる猿の腹に2発。勢いに任せて腕を振るってくるだけの攻撃を余裕を持って交わし、腕を振り切って体勢が崩れたところで蹴りを入れて距離をあける。すかさずリロード。
怒りに燃えた猿の顔がこっちに向く。だがそれこそ好都合だ。俺はその目に狙いを定め――
「ねえ、来てる! ドンドン来てるわよ!?」
彼女の言葉に一瞬意識を反らされたせいで射撃のタイミングがずれる。2発撃って、鼻の下に一発。猿がひるむのを確認してその背後にちらりと視線を向ければ、確かに後続が何匹かやってきているのが見える。
何で砂漠に猿が……と地面に唾でも吐きたい気分だったが、よく考えればここは元々草原で、砂漠化した範囲には森もあったはず。となると、突然縄張りが砂になったから調べに来たってところだろうか? 猿知恵なりに頭が回るようだが、今は感心してる場合じゃ無い。単体ならともかく、もう1匹増えるだけでも俺一人じゃかなり厳しい。こう言うときだけは、前衛になってくれる仲間が欲しいと切に思う。
「こりゃ出し惜しみしてる場合じゃないか。接続。起動せよ『第2の銀』」
いつも通りの「命令」で、俺が最もよく使う爆裂弾を作り出す。
「穿て! 『The Exploder』!」
さっきまでとは弾丸の種類が根本から違う。紅血弾は易々と猿のかさぶたを打ち抜き、その体内に深々と刺さる。始めて与えられた傷らしい傷に怒り狂い突進してくる猿を交わし、ついでに背中に蹴りを入れて大きく距離が離れたところで起爆。大音量と共に猿が木っ端微塵に吹き飛んで、辺りに血と肉の雨が降り注ぐ。
「まずは1匹。残りは……?」
視線の先には、猿が3匹。これはかなり不味い。固まっててくれればこの程度ならまとめて吹き飛ばせるんだが、こんな障害物も何も無い場所でわざわざ固まって動く理由なんて何も無い。だが、俺が作れる紅血弾は現実的にはあと2発程度。かなり無理すれば3発いけなくもないが、そこまで無理をしたらしばらくは動けなくなる。
それにそもそも、相手は空を飛びこそしないが、結構な速さで走り跳ぶ猿の魔物だ。今の一撃を目にしていたからには、俺の銃弾にも意識を向けてくるだろう。つまりここから先は、弾を命中させるための工夫と努力が必要になるわけで、当てる難易度は跳ね上がっている。
撃退できるか? 逃走するべきか? 一人で逃げる? 一人を逃がす? 手段は、方法は、選べる選択肢と実現の可能性は……
高速で思考が巡る。だが目の前に迫る猿の勢いとて決して遅いものではない。選択肢を増やすためにも、まずは1匹、一番近い猿に対して紅血弾を生成する。
走ってくる猿の足に1発。命中。だが速度は変わらず、こっちに向かってきている。
同じ場所を狙ってもう1発。かするだけ。足を振り上げて交わしたためにやや体勢は崩れるも、勢いが失われるほどではない。
同じ場所を狙ってさらにもう1発。外れ。距離が詰まったことで、撃った瞬間に猿が跳ね、こちらに飛びかかってきた。つまり奴はもう躱せない。
「穿て! 『The Exploder』!」
発射と共に横に跳び、腕を十字にして気休め程度に防御を固める。
命中と共に起爆。猿がはじけ飛び、近距離での爆発に俺の体も吹き飛ばされる。したたかに背中を打ったが、致命傷にはほど遠い。痛いしだるいが体はまだ動く。
残りは2匹。だがそこで、俺を強敵と見た猿が彼女の方へと走る方向を変える。ヤバイ。一定以上に近づかれたらこの弾は使えない。他にもいくつか種類はあるが、とっさに使える程練度が無い。
「マリィちゃん!」
無力に蹲るだけの少女に対してなら、何の意味も無い呼びかけ。だが彼女に自ら名乗ったB級に相応しい力があるなら、きっとどうにかできるはず。
通常弾を2発。彼女に跳びかかろうとしている2匹の顔に命中。それでもほんの一瞬ひるませた程度だったが……その一瞬が明暗を分けた。
「武装具現化・爆裂恐斧!」
彼女の手から、巨大な斧が生えた。その小柄な体、細い腕では持ち上げることすらできなそうな巨大な金属の塊を、彼女は片手で一閃。それを受けて猿が2匹とも吹き飛んだ。
「やぁぁー!」
彼女が斧を振り回す。ひと振りする度その動きは洗練されていき、ひと振りするごとに猿の体から激しく血が飛び散る。最初は浅い切り傷が、次は深い絶ち傷が。やがて手足を飛ばされて、1匹は頭から縦に両断され、彼女の斧に赤いひび割れのような筋が走る。ひょっとして武器が壊れるのかと心配した次の瞬間。
「吹き飛べぇ!」
掛け声と共走る赤い閃光。そして響く爆発音。俺の爆裂弾のような大爆発によって、最後の1匹の猿もまた、粉々になって吹き飛んでいた。
「マリィちゃん。今のは……大丈夫だった?」
今のは何だと聞きたかったが、聞けば俺も答えなければならない。そして俺の相棒のことは、多少の好奇心と引き替え程度で答えるようなものじゃない。
言葉を濁した俺の意図を察したのか、彼女もまたそれに関しては何も言わず、何も聞かなかった。ただにっこりと笑って一言。
「言ったでしょ? 私は貴方と同じB級の掃除人だって」
「ああ、これなら納得だ」
今の戦いぶりを見れば、彼女が最低でもB級程度の戦闘力を持っていることは明白だ。背後から斬りかかられる心配事も増えたが……それでも、今は素直にお互いの健闘を称えるべきだろう。俺は銃を腰のホルスターにしまい、彼女もまた斧を消して柄だけになったそれを腰につけると、互いに歩み寄って両手をあげる。
「「いぇーい!」」
暗い気分を吹き飛ばすようにハイタッチして、血と硝煙の香りのなか、俺たちは勝利の余韻にしばし浸るのだった。




