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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第七章 砂の町

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003

 掃除人というのは、この世で一番自由な職業だ。一般市民ならばひとつの町に生活拠点を築いているのが普通だし、町を渡り歩く行商人だって仕入れルートの構築をしているだろうから、ある程度行動範囲に限界はある。

 だが掃除人は、世界の何処にでもふらっと現れる。現地で依頼を片付ければその場で収入が得られるし、懐に余裕があるなら数日、人によっては数週間なんてレベルで自主的な休暇を楽しむ奴だっている。何処にいても不自然ではなく、初めて見る顔でも不審では無い。だからこそ登録証(ライセンス)を持ち、自分が何処でどんなことをしてきたどういう人物なのかを証明し続けているのだが……逆に言えば、登録証(ライセンス)を持たない自称掃除人は、この上ない不審人物でしかない。


 では、目の前にいるマリィと名乗った女はどうなのか? 不審かと問われれば、間違いなく不審だ。何せ町があったはずの場所が丸々砂漠になっていて、その中心付近に倒れていたとなれば、この現象に無関係であると考える方が難しい。

 だが、関係性にも種類がある。この現象を引き起こした張本人から、本当に巻き込まれただけの運の悪い人物まで、その幅はかなり広い。彼女のこの態度が、嘘か本当か演技か欺瞞か、俺は目を細めてその様子を子細に観察する。


登録証(ライセンス)を無くすなんて……あ、そうよ。協会に行って再発行してもらえばいいじゃない」


 ポケットを裏返し鞄をひっくり返し、最後には腰に付けていた水筒すら逆さにして振っていた女が、不意にそう言って立ち上がり……そのまま数歩進んで立ち止まる。


「……お金が無いわ」


 登録証(ライセンス)の再発行には、結構な金がかかる。というか、そもそも登録証(ライセンス)無しだと町に入るのも面倒な手続きが必要になり、手数料もかかる。そして彼女がひっくり返していた荷物の中には、小銭しか入っていなかった。


「ま、とりあえず落ち着いたら? ほら」


 沸いた湯で珈琲を作り、カップに入れて差し出す。それを手にした彼女は、その場にちょこんと腰を下ろしてカップを傾け、一口。


「……不味いわね」


「そりゃ粉珈琲だからね」


 豆を持ち歩いてその場で煎って挽いてとやれば格段に美味い珈琲が飲めるだろうが、そんな物を持ち歩くのは一部の趣味人だけだ。


「貴方は飲まないの?」


「カップはそれ1つだけなんだよ」


 流石に火にかけた手鍋から沸いた白湯を直接飲むのは嫌だ。普通に火傷する。


「……飲む?」


「ああ、ありがと」


 差し出されたカップを手に、珈琲を一口。うん、苦くて酸っぱくて実に不味い。だがそれでも白湯よりはいくらかマシだ。今は必要無いが、夜に不寝番をする時なんかはこの味と「眠気を吹き飛ばす」という効果はなかなかに有用なのだ。


「で、どうだい? 少しは落ち着いた?」


「私は最初から落ち着いてるわよ?」


「いや、落ち着いてる人は水の入った水筒をひっくり返して登録証(ライセンス)を探したりしないから。どう考えても入らないでしょ」


 肩をすくめて言う俺に、彼女の目が丸く見開かれる。


 登録証(ライセンス)が紙のように柔らかい素材なら、丸めれば入らないことは無いだろう。が、登録証(ライセンス)は板状の物なので当然固い。バキバキに砕いて破片を入れるなら不可能ではないが、それはもう「しまう」とは言えない行為である。


 俺は再び珈琲の入ったカップを差し出し、彼女は受け取る。カップを両手で持ち、ちびりちびりと彼女が口を付ける。


「じゃ、改めてもう1回聞こう。落ち着いたか?」


「……そうね。だいぶ落ち着いたと思うわ」


 そう答える彼女の様子は、確かにさっきまでより落ち着いて見える。ならばそろそろ事情を聞いても大丈夫だろう。


「で、お嬢さん。お嬢さんはここに倒れていたわけなんだが……自分が何をしていたのかとか、何でここで倒れてたのかとか、そういうのはわかるかい?」


「えぇと……そう、私は久しぶりに実家に帰ってきてたのよ。大きめの依頼をひとつ片付けて、お金に余裕もあったし近くに寄ったからってことで、お母さんに挨拶をして……で、お母さんに頼まれて地下室の片付けをしていて、それで……」


 俺の問いかけに空を仰いで記憶をたぐり寄せていた彼女が、そこまでで首を横に振る。


「ごめんなさい。その後は覚えてないわ。というか、私ここに倒れていたの?」


「ああ、そうだよ。見たところ外傷は無さそうだったけど、痛いところとか無い?」


「うーん……大丈夫そうね。何処も痛くないわ」


 一端立ち上がって腕やら足やらを動かして確認してから、彼女は再び腰を落とす。


「ねえ、私からもひとつ聞いていいかしら?」


「ん? 何だい? 俺のいい男伝説とかに興味があったりする?」


「それにはこれっぽっちも興味が湧かないわ。それで……ここって何処なの?」


「興味無いのか……ほい、ここだよ」


 切れ味鋭い彼女の言葉を嘆くべきか、切り返せる程度には彼女が落ち着いたことを喜ぶべきか迷いつつ、俺は鞄から簡易的な地図を取り出し、この町の場所を指で指し示す。

 ただ名前を口にするのではなく、あえて地図を見せたのは……きっとその方が納得すると思ったからだ。


「…………え?」


 示された場所を目にして、彼女の顔に困惑の色が広がる。右を見て左を見て、立ち上がって遠くを見て、つま先立ちまでして周囲全てを見渡して……


「……ここ、砂漠よね?」


「そうだねぇ。砂漠になっちゃったみたいだね」


「砂漠に……なった?」


「そう。具体的には、多分このくらい」


 地図の上で丸く指を動かす。この砂漠化が町の中心から始まったと過程して、俺が通ってきた境目からここまでの距離を考えれば、かなりの広範囲が砂漠化したのが良くわかる。


「……え? 砂漠? えっ……町は?」


「さあ? それは俺にもわからないけど、俺が来たときにはここはもう砂漠だったよ」


「……町の人は? 人だけじゃなく、建物とかは? 家は? お店は? 私の両親は?」


「……俺が来た時には、何も無かったよ。何も誰も……いたのは君だけだ」


「…………私だけ…………?」


 その場で彼女が崩れ落ちるように膝をつく。倒れるのかと慌てて手を出したが、辛うじて膝建ちで体勢は維持されている。だがその顔は……まさに茫然自失だ。


「何も無い……誰もいない……私だけ……? 何で私だけ……!?」


「なぁ、お嬢さん……」


「…………お願い……少しだけ、一人にして…………」


 人形のように真っ白な顔には、何の表情も浮かんでいない。だが燃えるような紅い瞳からは、止めどなく涙が溢れている。突然何もかも失った女性に、通りすがりでしかない俺がかけられる慰めの言葉なんて無い。俺は目を閉じて拳を握ってから、彼女に背を向け距離を取った。女の泣き顔を眺めるなんて、いい男のすることじゃない。


 背後から、すすり泣く声が聞こえる。本当ならそれだって聞かない方がいいんだろうが、こんな何も無い場所で声すら聞こえないほど離れるわけにはいかない。まだまだ聞きたいことはあるし、そもそも泣いている女を放置するなんて選択肢は無い。それでも出来るだけ聞かないように、意識を背後からはずしていって……それ故に、気づけなかった。


「きゃーっ!」


 背中越しに聞こえる悲鳴。慌てて振り返った俺の目の前には、天高く手を振り上げている魔物と、その足下で倒れているマリィの姿があった。

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