009
「で、オメェのこだわりはわかったが、実際問題どうするんだ?」
「ああ、うん。単一貯蔵鞄を使うよ」
単一貯蔵鞄とは、『全く同一の物体』のみを、大量に保管することのできる鞄……いわば収納鞄の下位互換品みたいなものだ。普通に手に入るもので『全く同一の物体』なんてあり得ないので、基本的には自動組立機や物質複製機で大量生産した物を保管するためだけに使われている。
「は? 何でぇ、そんなもの持ってるなら、最初から悩むことないだろ?」
「俺の持ってる自動組立機は、最低価格の安物なんだよ。材料投入も手動だし、1つ作るのに弾丸だと3秒くらいかかる」
「そりゃあ……大変だな……」
10キロの火薬を使い果たせるほどの大量の弾丸の精製……これは今夜は徹夜かも知れないな……
俺はおっちゃんからの憐憫のまなざしを背に受け、薬莢の精製に必要な金属なんかも買い足して、大荷物を抱えて宿屋へと戻った。途中の階段で挫折しかかったのは、ここだけの秘密だ。
「あぁぁ、重かった……」
「DD、貴方馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、本当に馬鹿だったのね……」
「マリィちゃん? 見てたなら手伝ってくれたらいいのに……」
ヘロヘロになってる俺を、開けたままの扉から入ってきたマリィちゃんが、馬鹿を見る目で見つめてくる。
「一応聞くけど、そんな大荷物なら、何で浮遊台車を借りなかったの?」
「え……?」
浮遊台車とは、文字通り魔術によって浮遊や重量軽減などの術式を付与されたカートだ。これに荷物を載せることで、100キロ程度の荷物までなら、子供だって押せるくらいの重量にできるのだ。
……そう、できるのだ。
「この後の弾丸精製の事で頭がいっぱいで、すっかり忘れてたよ……」
全身にどっと疲れが押し寄せ、俺は思わずその場にへたり込む。何かもう、今日は何もする気がおきない。
「本当にしょうがないわねぇ……手伝いましょうか?」
「……いや、いいよ。これは俺のこだわりだし、俺がやらなきゃいけないことだからね」
両手でパンと頬を叩き、俺は気合いを入れ直す。そう、これに拘ってるのは俺の我が儘で、マリィちゃんはそれに付き合ってくれてるだけなのだ。ここで甘えたりすれば、俺は単なる足手まといになってしまう。
「そう。じゃ、頑張りなさいな。夕食はどうするの?」
「うーん。じゃあ、何か美味しそうな物があったら、食べるついでに持って帰ってきてくれるかな?」
「了解。じゃ、頑張ってね」
そう言ってヒラヒラ手を振ると、マリィちゃんは俺の部屋から出て行った。
それを確認して部屋の扉を閉め、俺は改めて気合いを入れる。懐の秘密ポッケから取り出したのは、10センチ程の立方体の箱。これこそが、俺が大枚をはたいて買った、俺の生命線。自動組立機だ。
普通だったら、こういう貴重品は協会の貸倉庫とかに預けるものだが、俺の場合はこれが無いと万一弾丸が尽きたときに現地調達ができないので、危険を承知で常に持ち歩いているのだ。
もっとも、自動組立機自体は俺の体よりよっぽど丈夫だから、俺が生きてるのにこれが壊れるって心配はほぼ無い。盗まれるのだけは注意が必要だけど、普通持ち歩く物じゃないし、俺もマリィちゃんにすら持ち歩いていることは言ってない……まあ気づかれてるかもだけど……から、狙って盗まれるって可能性はかなり低い。
心配なのはスリくらいだが、流石に俺だって伊達にB級掃除人じゃない。懐の一番奥に手を突っ込まれて気づけないなら、死んだのと同じだしな。
「うっし、始めるか」
まずは箱を開け、手持ちの弾丸を入れてスキャンさせる。それが終われば弾丸を取り出して、必要分の材料を入れて再度蓋を閉じ、上面にあるスイッチをオン。
青い光が箱の側面を下から上に登ってきて、上まで来れば……
ピコーン
軽快な音と共に、はい完成。蓋を開ければ、さっき入れたのと同じ弾丸が精製されている。ちなみに、これは安物なので、材料を入れすぎても余剰分は消滅してしまううえ、足りないとブツが精製されずに材料だけ消えるという素敵仕様なため、無駄なく大量に作るには、結構な集中力がいる。
材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ……
途中でマリィちゃんがサンドイッチを持ってきてくれたので、ありがたくいただく。食べたら再び、作業再開。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ…………
頭がぼーっとしてくる。何も考えていないのに、手は自然に動き、材料を投入してスイッチを押す。そのうち意識が朦朧としてくるが、それでも俺は、材料を投入してスイッチ。やがて意識が飛んで、それでもやっぱり材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ。材料を投入してスイッチ……
「はっ!?」
気づいたときには。朝だった。山と詰まれた弾薬と、ほぼ使い切った材料。俺はどうやらいつの間にかやり遂げていたらしい。しょぼしょぼする目を擦り、人間の適応力の凄さを、改めて思い知った朝だった。