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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第六章 機兵の王

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014

「えっ!? 子供!?」


 イアンの姿を見て、驚きの声をあげるタカシ。より正確に言うなら、タカシ以外は驚いていない。


「うーん。素晴らしいよバカシ。僕の期待を裏切らないそのリアクションは本当に素晴らしいよ」


「うるせー! だから馬鹿じゃないって言ってるだろ!」


 そんなタカシの姿を見て満足げに手を叩くイアンと、それに食ってかかるタカシ。初対面のはずなのに十年来の友人のようなやりとりが出来る辺り、この二人はなかなか波長が合うようだ。


「まあバカシはともかくとして、二人は驚いてないみたいだけど……ひょっとして気づいてたのかな?」


 こちらを伺うような、あるいは値踏みするような視線。だがそんな目で見られても、俺としては肩をすくめて答えるしかない。


「まあ、言動から何となくな。確証があるわけじゃなかったけど、それでも大きく外れることは無いと思ってたよ」


 イアンの言動は知識があっても経験が無い、頭でっかちな子供そのものだった。よほど間抜けじゃない限り、あの会話で相手を子供だと思わない奴なんていないだろう。そしてそれこそが、俺がイアンに適当な事を言ってこの場を去らなかった最後の理由だ。


「ふーん。なら僕が子供だとわかっていたのに、ああして普通に話してくれたわけだ」


「当然だろ? まあ流石に見た目通りの年齢だったならもうちょっと言い回しとかは考えただろうが、イアンは1000年前から生きてる『経験を積んだ子供』なんだろ? それなら『体がでかくなっただけのガキ』よりよっぽど話が通じる。そんな相手を蔑ろにしたりしないさ。それに……」


「それに?」


 興味深そうに椅子から身を乗り出してくるイアンに、俺は親指を立ててニカリと笑う。


「俺がガキの頃に見上げた男は、いつだって俺の話を正面から受け止めてくれた。だったら俺も現役のいい男として、そういう風になりたいだろ?」


 子供には、いい男の背中を見せてやりたい。いつか誰かに憧れられる背中を持つ男になりたい。そんなちっぽけで取るに足らない矜恃。世間一般で言う「悪」なんてものを正してやろうなんてくそったれな正義感ではなく、子供を正しい道に導いてやろうなんて傲慢な思い上がりでもない。たったそれだけの小さなプライドが俺をここに押し止めたのだ。


「……ははっ! 確かにそうだね。そう言う格好いい男になりたいって、僕だってそう思うよ。憧れちゃうなぁ」


 そう言って、イアンがギシリと椅子に背を預ける。その目は遙か遠くを見通すようで、そこには間違いなく時の重みが宿っている。見た目も言動も10歳程度ではあるが、1000年過ごしたというのもまた嘘じゃないんだろう。


「で、そんな未来のいい男候補のリトルキングが俺たちをここに招いた理由は、さっき聞いた話の件でいいのかい?」


「ああ、勿論。さしあたっては、この子達を助けたい」


 そう言ってイアンがパチンと指を鳴らすと、中空に何処かの光景が映し出される。それなりの部屋の真っ白な部屋で、床に敷かれた敷物の上で眠る子供が10人。


「あっ!? これ、ひょっとしてオレが受けた誘拐事件の!?」


「そう。この子達が僕に『誘拐された』子供たちだよ。と言ってもその経緯は、おそらくバカシが聞いてるのとは違うと思うけどね」


「……聞こう」


 腰の剣に手をかけ、低い声でタカシが問う。その顔は真剣そのものだが、その刺すようなまなざしを正面から受け止めてなお、イアンの表情に変化は無い。


「なに、簡単な話さ。この子達はみんな『奴隷』だよ。いや、表向きは養子かな? 大抵の用途は……慰み者かな。そういう用途で使う奴は、一定の年齢までで使い潰してその都度新品を購入するからね。他には戦場に出る息子のための試し切り要員なんてのもあるよ。初陣の前に人殺しに慣れておけば、戦場での戦死率が大きく下がるし活躍出来る機会も増えるからね」


「…………は!? 何だそりゃ!? いや、でも、誘拐された子供の調査と奪還は協会からの正式な依頼で……」


「そりゃそうだよ。養子縁組は完全な合法だからね。子供を売った親にはそこまで子供を育てた『慰労金』という形でお金が渡るだけで売買契約じゃないし、子供を買う方もあくまで『養子縁組に伴う手数料』としてお金を払うだけ。商取引じゃないから違法性は全く無いし、子供の権利は親が持つから、養子にした子供をどう扱ってもそこに監査が入ったりしない。殺意をもって殺したら別だけど、躾の結果として死んじゃった場合は罪に問われたりしないからね」


「ふざけるなよ! そんなの、そんなの通るわけないだろ!」


「それが通るんだよ。貧しい農村なら口減らしは普通にあるし、そこで親から子供への虐待に罰則を設けたりしたら、親が軒並み逮捕されて結局みんな死んでしまう。孤児院に入れるって言っても、それこそ貴族様からの寄付で成り立つような施設だから、受け入れ人数の上限は当然ある。


 それに何より、子供を捨てるような親にとっては、どうせ捨てるならお金になった方がいいからね。今の世界において、子供は財産……本当に、換金出来る財産なんだよ」


「そんな、そんなのって……」


 イアンの言葉に、タカシがその場に崩れ落ちる。表情からは色が抜け、その身に感じる衝撃はどれほどだろうか。異世界人のタカシにこの世界の暗部を見せつけざるを得ない状況は、俺にとっても最低の気分だ。


「僕はこれを変えたかった。子供を引き取ってちゃんと教育を施し、まっとうな仕事が出来るようにしたかった。魔物の存在のせいでこの世界は土地が狭い。でも人口が増えれば戦力だって増えるから、それで土地を広げられる。そうすれば農地も広げられるし、それで食料生産があがればまた人が増えて……これを繰り返せば、計算上では世界の総人口が5倍になるくらいまではいけるはずなんだよ。

 勿論その辺りで頭打ちはくるけど、そこまでいく頃にはだいぶ年月も経って人の勢力圏が広がっているはずだし、そうなれば今より安価で魔石が安定供給できる体制を確立できて、それさえあれば食糧問題程度ならどうとでもなるんだけど……」


「まあ、そう上手くはいかないわな」


 イアンの計画は、完全なる机上の空論だ。そこに関わる人間の心理が一切反映されていない。全ての人間が善良かつ勤勉なら成り立つが、そんなものは前提として検討する余地すらない条件。だが何よりあり得ないのは、この結論のいびつさに気づけないイアンの偏った知識だ。

 本物の子供ならともかく、1000年の時を経ているはずなのに、イアンには成長の様子が見えない。これがダレルのようにずっと眠っていて最近起きたというならわかる話だが、本人は1000年間活動を続けていたと言っている。そんな嘘をつく理由が無い以上それは正しいはずだが……ならば、そこにどんな事情があるのか。


「なあイアン。話は変わるんだが……結局お前は何者なんだ?」


 聞いていいのかどうかはわからないが、聞いてみなければこれ以上話が進むことはないだろう。イアンが成長できるのか、あるいは子供で有り続けなければならない理由があるのか。


「あー、やっぱりそこになるよね。なら、もう3度目だけどもう一度自己紹介しようか。3度目の正直って言うしね。僕はイアン。10歳で死んだイアンという少年の魂を入れられた、1000年前の亡霊だよ」


 そう言って、目の前の少年は疲れた表情で苦笑いを浮かべた。

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