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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第六章 機兵の王

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012

 世界征服を企んでいる。もし知り合いが真面目な顔でそんなことを言ったら、どう返すべきか? 一般的にはどうなのか知らないが、少なくとも俺はこう返すだろう。「お前、頭は大丈夫か?」と。何故なら世界征服なんて出来るはずが無いからだ。


 では、軍国主義の巨大国家の王が同じ事を言ったらどうだろう? 俺が王様に意見を言えるような偉い人物になっているかどうかを別とすれば、きっと俺はこう返すだろう。「陛下、頭は大丈夫ですか?」と。何故なら世界征服なんてする意味が無いからだ。


「世界征服って……そりゃまたでかい夢だけど、何でそんなことしたいんだ?」


 自称千年王国の王であるというイアンの言葉を信じるなら、世界征服できる程度の軍事力がありますと言われたら特に否定する要素が無いし、そもそもそんな軍隊を相手に俺たちが出来ることなんて何も無い。だがたった一人のトップを相手にするだけなら、やれることが無くも無い。故に重要なのはその理由だ。何故に世界征服なんて無駄なこと・・・・・を求めるのか。


『そんなの決まってるだろ。この腐った世の中を変えたいのさ』


 あー、そっち系の奴なのか……


 内心でため息をつきつつ、俺はどうしたものかと思考を巡らせる。酒池肉林みたいな即物的な欲望を満たすためとか、「世界が欲しい」「自分がやりたいからやるだけ」みたいなのよりはいくらかマシだが、逆に言えば説得も難しい。とはいえ幸いにしてイアンには話が通じる。ならここは変にご機嫌を取ったり誤魔化したりするより、わかりやすく現実を解説してみるのが良さそうだ。


「うーん。方向性はわかったけど、正直おすすめしないぜ?」


『何でだい? 僕のそれを成すだけの力が無いとでも……』


「いや、そういうことじゃなくてだな……世界征服したとしても、別に世の中は変えられないと思うぞ?」


『…………何故?』


 俺の言葉をどう捉えたか……暫しの静寂の後、返ってきた機械音声は激昂でも否定でもなく、やや不満げではあっても、質問だった。つまり、話し合いが続行できるってことだ。


「そうだな。ならまずは今の世界がどうなってるのかから解説するか。国によって多少の違いはあるだろうが、貴族とか役人とか金持ちとか、そう言う奴らがそれ以外の一般人を支配してるだろ? で、そう言う奴らを大臣だの何だのみたいなさらに偉い奴が従えてて、その一番上に王様とかがいて……で、そういう国家が沢山集まってるのが、まあ今の世界だ」


 そう言って、俺は足下に適当な瓦礫を三角形に並べていく。三角形1つで国が1つ。そうして国を3つほど作った後、俺は最後にそれらの三角形の更に上に瓦礫を1つ追加した。


「で、イアンが世界征服をした状態ってのがこれだ。全部の国の一番上にお前さんがいるわけだが……これで何か変わったと思うか?」


『え? えっと……僕が一番偉い人になった?』


「いや、そりゃ世界征服したんだからそうだろ。でもそれ以外は? 何が変わった?」


『それは……いや、そんなの詭弁だ! 僕が一番上なら、僕が全員に命令できるじゃないか!』


「命令は出来るだろうけど、その命令を聞くかどうかは別だろ? 王様が善人だって下の役人が腐ってるなんて話、珍しくも何ともない」


『そんな奴、全部処刑してやれば』


「そりゃ罪を犯した奴を片っ端から処罰できるならそれでいいだろうが、それこそ無理だろ。世界征服ならまだ出来るかも知れないが、世界中の全ての人を監視して信賞必罰を完全に成すなんてことが出来るのか? できないだろ? だってそんなことが出来るなら、そもそも世界征服する必要すらない。それを実行するだけで望む世界にできるんだからな」


『だったら……だったらどうしろって言うんだ! 偉そうに御託ばっかり並べて、だから諦めろとでも言うつもりか!』


「いやいや、諦めろなんて言わないさ。ただまあ、世界征服なんてふんわりした目標より、もっと身近で具体的なところから始めたらどうかって話さ。実際の所、世の中を変えるってどう変えたいんだ? そこに至った一番身近で具体的な問題は何だ? 何があったからそう思うようになったんだ?」


『それは……』


 俺の物言いに、イアンが言葉に詰まる。故に俺は、次の言葉をゆっくりと待つ。


 普通なら、初対面の相手にこんな踏み込んだ話なんてしない。どう転んでも厄介事の匂いしかしないし、世界征服の話が出た時点で「そりゃ凄い。じゃあ頑張ってくれ」とでも言って帰ることだってできただろう。その場合、おそらくイアンは背後から襲ってきたりはしなかったはずだ。


 だが、俺はそれを選ばなかった。何故か? うまいこと言いくるめられれば安全にこの場を去れるからか? 大変遷の前……技術(テクニカ)全盛の時代から存在してるなら、何らかの技術(テクニカ)によって汚染されている俺の体をどうにか出来る知識を持ってるかも知れないからか? そういう打算は勿論ある。だがそれだけじゃない。短い会話のなかで俺が感じたことが正しいかどうかは……この話し合いが続けばいずれわかるだろう。


『僕は……子供を助けたい』


「子供?」


『大変遷の前と比べて……この世界は不幸な子供が多すぎる。魔物の存在のせいで治安の目が行き届かないから、誘拐や人身売買がはびこっている。最低でもそれは何とかしたいんだ。あとは出来れば虐待を受けている子供を保護したりもしたいな。孤児は孤児院があるからまだいいけど、親に売られる、虐待される子供に対する保護制度があまりに弱すぎる。表向き犯罪者でなければ、大人が側にいるだけでその犠牲になる弱い子供を助ける手段が何も無いんだよ』


「それはまた、随分立派な志じゃない」


 タカシへの説明を終えたのか、マリィちゃんが会話に加わってくる。ちらりと視線を向けてみれば、いつも通りのマリィちゃんの姿と、その後ろで頭を抱えているタカシの姿がある。


「マリィちゃん……タカシに何したのさ? 頭抱えて唸ってるけど……」


「何って、大変遷とその前後の歴史について、ちょっと教えてあげただけよ?」


 涼しい顔でそう言うマリィちゃんだが、当のタカシは「歴史、年号、赤点は嫌だぁぁ……」と力なく呟いている。どうやらかなりガッツリと教え込まれたらしい。


「まあタカシの事はいいじゃない。それより何? 困った子供を助けたいから世界征服って、随分スケールの大きな話ね。そういうの嫌いじゃないわよ?」


「いや、マリィちゃん。世界征服はしない方向で話を進めてたんだけど……」


「そうなの? 私の知り合いに犠牲が出ないならどっちでもいいけど。まあ戦う理由がそれなら、軍人以外に犠牲を出すような下手な戦争はしないでしょうけど」


「軽いなぁマリィちゃん。まあ実際戦争まで行ったら俺たちみたいな個人じゃどうしようもないけどさ」


『君たちは……不思議な人だね』


 軽いトークをやりとりしていた俺とマリィちゃんを見て、イアンが今までとは違う静かな口調で言葉を紡ぐ。


『正直、もっと違う事を言われると思ってたよ。世界征服を企む悪者って罵られるとか、できもしないことを夢見る愚か者って馬鹿にされるとか、そういうのばっかり想定してた。なのに君たちは、僕の言葉をちゃんと聞いて、考えてくれるんだね』


「そりゃそうさ。何せ俺はいい男だからな」


 キラッと歯を輝かせて笑い、親指を立ててみせる俺に対し、遂にイアンの口からその言葉を引き出すことに成功した。


『君たちを、僕の城へと招待するよ』

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