011
「いやぁ、悪い悪い。でもほら、知り合いの出世だったら早めに祝いたいじゃない?」
『うん、まあその気持ちはわかるけど。でもそれはこのタイミングじゃ無くない?』
「だから悪かったって」
『まあいいけど』
顔の前で手を合わせ頭を下げる俺に、イアンと名乗った存在はやや不本意そうながらもそう答える。
たったこれだけのやりとりで、解ったことは大量だ。まずこいつには、かなり高い確率で会話が通じる。お偉い貴族様みたいに「言葉が通じる」だけの相手だったら厄介だったが、そうじゃない。普通に自己紹介を始め、会話の流れでイアンの存在を蔑ろにした俺たちに『言葉』で抗議し、謝った俺の謝罪も受け入れた。これなら会話どころか交渉すら望めるかも知れない。
それに、イアンは俺たちの言動に「不満」を漏らし、俺の謝罪を「不本意そうに」受け入れた。つまり感情があるということだ。損得や効率以外の部分で相手の意識に影響を与えられるという事実は大きい。無感情な機械人だったらブラフもハッタリも通じないが、これなら取れる手段は無数にある。
そして何より大きな収穫は、イアンは「妥協」を知っているということだ。こちらの不手際を強く追求するでもなく、あっさりと謝罪を受け入れている。その方が話がスムーズに進むという判断だろうが、その結果を得るために、自分が蔑ろにされたという事実を受け流している。それは「譲れない一線」の手前にきちんと落としどころを探れるということだ。
これらを踏まえれば、イアンは極めて人に近い機械人か、もしくは人間が機械人を操っているということになるが……それはまあここから対話で探っていけばいいことだろう。この様子なら焦る必要も無さそうだ。警戒は残すが、それでも俺は銃を下ろして語りかける。
「で、イアン。こっちも改めて聞くけど、俺たちに何の用だい?」
『ん? ああ、用というか、ちょっと興味が湧いたって感じかな? あのガーディアンはかなり強かったはずだし、この時代の人なら圧倒できると思ったんだけど……」
「この時代?」
『あ、やっぱりそこは気になるよね? いいよ、教えてあげる。何と僕は、大変遷の前の時代から生きてるんだよ』
その言葉は、大きな衝撃を俺たちに与える……はずだった。だが俺もマリィちゃんも動じない。何故ならとっくにそう言う相手と出会っているからだ。
「へぇ。長生きなんだな」
「そうね。ご長寿なのね」
『あれ? リアクションおかしくない?』
平然としている俺とマリィちゃんを見て、イアンの言葉に動揺が混じる。それを後押しするように「大変遷って何?」なんてタカシが聞いてくるものだから、場の空気はイアンが期待したものとはかけ離れていることだろう。
『え? そこの馬鹿はともかく、ドネットとマリィは知ってるよね? 大変遷ってこの世界で一番の大事件だし、いつ起きたかとか知ってるんだよね?』
「誰が馬鹿だよ!?」と吠えるタカシをマリィちゃんがなだめつつ、大変遷に対する説明を始めたらしい。とりあえず二人は放っておくとして、俺の方はイアンとの会話を続ける。
「あー、うん。勿論知ってるよ。知ってるけど……何というか、俺の知り合いに大変遷前からの生き残りがいてさ」
『ええっ!? 何ソレ!? 僕そんなの初耳なんだけど!?』
「いや、初対面の相手にそんなこと言われてもなぁ」
攻守が逆転したとばかりに驚きの声を上げるイアンに、俺はそんな風に返すしかない。
『え、じゃあその人も1000年以上生きてるの? 凄い! それは是非とも会ってみたいよ!』
「いや、そいつは……何だっけな? ナントカカントカってのでずーっと寝てて、何十年か前に起きたって言ってたぞ」
『そうなんだ。コールドスリープかな? でもそれだと知識はともかく、精神は普通の人ってことだよね。残念だなぁ。僕と同じ感覚を共有してる人がいるかも知れないと思ったのに……』
「その言い方だと、イアンはずっと起きてたのか?」
『そうだよ。僕は1000年以上ずっと活動しているんだ。この遺跡の地下をコツコツ改造してね。その辺はまだダミーだから何も無いだろうけど、そこから下は凄いんだぜ?』
「へぇ。それは是非とも見てみたいな」
イアンの自慢げな口調に、いけるかも知れないと思ってそんな要求を乗せてみる。
『いいよ。招待しよう……と言いたいところだけど、その前に君たちが何故ここに来たのか教えて貰ってもいいかな?』
流石に勢いだけで懐に入れてくれるほど甘くは無いらしい。ここに来た理由……適当に誤魔化すよりは、もし不興を買ったとしても本当のことを答えた方が良さそうだ。協会の依頼になってる情報なんて調べられたら一瞬でばれる。
「俺たちはここで大量の機械人が湧いてるっていうから、その調査に来たんだよ。俺たちの他にもそういう掃除人が来ただろ?」
『ああ、それか。確かに何組か来てたね。もっともその時はガーディアンは配備してなかったし、機械人たちもあんなに溢れてなかったから、適当に調査っぽいことをして帰っちゃったけど』
「ん? 機械人はイアンが配備してるんじゃないのか?」
自ら機械人の王を名乗るくらいだから、その全てを統制下においていると思ったんだが……ひょっとして違うのか?
『機械人が溢れちゃったのは、僕としても計算外なんだよね。だからガーディアンを配備して少しずつ殲滅したり、壊した機械人が復活しないようにパーツを回収したりしてたんだけど……まあ今回ドネットたちが大量に壊してくれたから、当分は大丈夫だと思うよ』
「へぇ。そういう事情だったのか……溢れたのが計算外ってことは、普段は溢れないように作ってるってことかい?」
『ふふっ。流石にそこまでは秘密……と言ってもいいけど、まあ教えてあげるよ。魔物の機械人は僕とは無関係だ。単純に僕の城にああいうパーツが溢れてるから、そこから自然発生しちゃったってだけだね。今までは定期的に間引いてたんだけど、今回はちょっと他のことに夢中になってたらそれを忘れちゃってさ。だからまあ助かったよ。ありがとうドネット』
意外にも感謝の言葉を口にされてしまったので、俺は慇懃に頭を下げる。相手の言葉を鵜呑みにするつもりはないが、遺跡を隠れ蓑にしている以上、ここに人が来ることはイアンにとっても不本意だろう。であればその言葉は正しいと考えても良さそうだ。
「どう致しまして。しかしそうなると、俺の受けた依頼は完了だな」
『……機械人の発生原因として、僕のことを話すかい?』
イアンの機械音声が僅かに揺らぐ。だが、俺にはその警戒を煽る必要性が無い。
「いや、話さないさ。1000年隠し通したんだろ? 遺跡が『枯れた』と判断されたときの調査で見つけられなかったものを、俺の申告で再調査させたってやっぱり見つからないだろ。そうなると俺は頭のおかしい妄想癖のいい男にされちまうからな」
『いい男は関係無いと思うけど……それでいいのかい?』
「いい男って部分は重要だぜ? それに、それでいいかと聞かれても、それで駄目な理由の方が無いからな。地下に隠れて住むことも、自前の戦力を揃えることも別に犯罪じゃないだろ? お偉方が聞けばいい顔はしないだろうが、少なくとも俺たち一般市民レベルではそんな相手をどうこうする法律は無いさ」
そう。この時点では何も無かった。次にイアンが、巨大な爆弾を投下するまでは。
『それは……僕が世界征服を企んでいるとしてもかい?』




