009
「ヘイヘイあいぼーう! 今回は随分早いお帰りじゃなーい?」
「……ウザっ」
開口一番のウザさ全開な挨拶に、俺は隠すこと無くウンザリした態度を前面に押し出していく。
「ちぇーっ。何だよつれないなぁ。まあいいけど。俺がそう言う奴だって一番良くわかってるのは俺だしね」
「チッ」
思わず舌打ち。こいつに俺の理解者面されるのは実に気に入らない。気に入らないが……それが否定出来ないのもまた気に入らない。
「てか、何で俺のこと使わないのさ? こう言っちゃなんだけど、このくらい頻繁に来るんだったら、ぶっちゃけ使った方が融合率低くなるんじゃない?」
「融合? 浸食の間違いだろ?」
例え意味も結果も同じだろうと、言葉ひとつで印象は変わる。俺が俺で無くなっていくなら、それは間違いなく「浸食」だ。
そこまで考えて、ふと気づく。前回ここに来たときは、もっとぼんやりしていたような気がするのに、今回はかなりはっきりと意識がある。それはつまり、俺という存在がこの世界に馴染んだ証であり……俺が失われて俺により近づいたってことでもある。
俺は無言で『命令』を紡ぐ。質問は俺の侵食率。そして返ってきた答えは……
「3割だと!? ちょっと前まで5%だったのに、30%!? 嘘だろ!?」
「いやいや嘘じゃないって。というか、こんな短期間に2度も死にかけたらそりゃそのくらいあがるよ。だから言ったじゃん、使った方がいいよって」
「糞がっ! あー、でも何もかも後の祭りか。いや、ここからでも俺に頼らないようにすれば、まだ何とか巻き返しが図れるかも……」
そんなことを考えている俺の前で、ふと俺そっくりの男が真面目な顔になる。いつも適当なコイツがこんな顔をするのは、俺が覚えている限りでは初めてのはずだ。
「なあ、相棒……俺とひとつになるのが、そんなに嫌か?」
「あぁ? 何度も言ってるだろ? そんなの嫌に……」
いつも通りに返そうとして、そこで俺は言葉を止めた。コイツは真剣にそれを問うている。なら俺も真剣に答えるべきだ。俺たちは何処まで行っても離れることの無い、一心同体の相棒なのだから。
「俺は……人でいたい」
真剣に考え、悩み、そして出てくる言葉。それは俺の心からの願い。俺が俺として譲ることの出来ない、たったひとつの純粋な想い。この想いがあるからこそ、俺はコイツと相容れない。この願いがあるからこそ、俺はコイツを受け入れられない。
「権力者共が求める『永遠』なんて、俺の手にあっても持て余すだけさ。だから俺は人として生きる権利を……人として死ぬ権利を手放さない。安易にそっちに流れることはできない。俺は……人間だ」
俺の魂の言葉を聞いて、相棒の顔が歪む。寂しそうに、悲しそうに、だがそれを全て押し込めて、無理矢理の笑顔で顔を歪ませる。その仕草が、心遣いが、何もかもが人間くさくて……だから俺はコイツが嫌いだ。
「そっか。まあ仕方ないよね。でも俺よ。もう一人の俺よ。これだけは忘れるな。決断の時は必ず来る。絶対後悔しない道を選べ……なんて出来もしないことを言うつもりは無いが、答えはきちんと自分の中で持っておけ。一瞬の決断が遅れれば、全てを失うことだってある。後でどれだけ後悔したとしても、決断することだけは絶対に迷うな。これは俺から俺にできる、最初で最後のアドバイスだ」
「……わかった。俺の言葉は、俺の魂に刻んでおく」
そう言って頷いた俺を見て、俺はいつも通りの軽薄な笑みを浮かべる。まるで何事も無かったかのように、いつも通りの態度に戻る。
「じゃ、これでまたしばらくはお別れだ。目覚めたらみんなに宜しくな!」
「いや、オマエの事なんて誰にも話してないけど?」
「うわヒドッ! 俺だけのけ者? それって虐め? うわーん、こいつ俺のくせに陰湿だよ!? 陰険でインキンだよ!」
「インキンじゃねぇよ!?」
最後の最後に最低の言葉を吐いて、そこで俺の意識は急速に白く染まっていった。
目の前が暗い。まぶたを閉じているんだから当然だ。目を開ける。それでも暗い。目が見えない? いや、周囲が暗いだけだ。実際薄暗いだけで、真っ暗ってわけじゃない。
目を動かす。視界に入るのはボロボロに壊れた机やら何やら。あれだけ激しい戦闘をしたんだから、このくらい壊れているのは当然だろう。
首を動かす。ぼんやりとした明かりに男の背中が見える。タカシだ。薄明かりなのはライトの光量を絞ってるからだろう。敵が攻めてくるかも知れないという状況でなら、もっと明るい方が監視は楽だろうが……これは俺に気を遣ったからだろうか?
反対に首を動かす。すぐ近くに、マリィちゃんの顔があった。涙の後を顔に残しつつも、今はすぅすぅと寝息を立てている。俺がもうちょっと軽傷なら添い寝ではなく膝枕だったんだろうかと思うと、少しだけ勿体ない気がしなくもない。まあマリィちゃんなら頼めば膝枕くらいはしてくれると思うが、素の時に頼むのはいくら何でも恥ずかしい。
「……っ。あー」
声の調子を確かめる。ジェシカにやられたときの経験が生きた。これなら今すぐにでも普通に話せるだろう。
「アニキ?」
「おう、タカシ。心配かけたな」
安心させるように言う俺だが、タカシの表情からは不安が消えない。いや、ひょっとしたら不信かも知れない。どう考えても死ぬような傷を負った人間が、寝ているだけで完治したらそりゃ不信だろう。逆の立場なら、俺だってそんな相手は信じない。
「そんな顔するなよ。事情はちゃんと説明するさ。まあそれを聞いた後でタカシがどう思うかまでは保証できないけどな」
「んっ……うう……」
俺の声と気配に反応したのか、隣からマリィちゃんの可愛い呻き声が聞こえる。俺がそちらに首を振れば、目覚めたマリィちゃんとバッチリ目が合った。
「おはようございます眠り姫。お目覚めのキスは必要無かったみたいだな」
「……DD?」
「勿論、貴方のドネット・ダストですよ? 気分はいかがですかレディ?」
「ふざけないで!」
即座に飛び起きたマリィちゃんが、拳を握った両手を振り上げる。これは叩かれると思わず目を閉じてしまったが、次の瞬間に俺を襲ったのは理不尽な暴力ではなく、暖かい温もりだった。
「ふざけて……ふざけたことばっかりして……」
俺の頭を抱え込み、マリィちゃんの体が小さく震える。俺の頬に降りしきる雨を止めるべく、俺は伸ばした手で彼女の涙を拭った。眠る前と違って、今度はしっかりとだ。
「心配かけてごめんよマリィちゃん。でもマリィちゃん、俺がこう言う体だって知らなかったっけ?」
「何となくは知ってたけど……でも実際に目の前で致命傷を負ったところを見たのは始めてだし、そこから治るかどうかなんてわからないじゃない……」
そう言われて、俺は思い至る。確かにタカシの時に紅血弾を使いまくったのは外傷があったわけじゃないし、ジェシカの時もマリィちゃんが目覚めた時には既に傷の修復は終わっていたみたいだったから、こうして直接見せるのは初めてだ。ああ、それで合点がいった。だから刃で貫かれた俺を見て泣いてたのか。
「そっか。じゃあタカシも待ってることだし、話すよ。俺のこと……ずっとマリィちゃんにも隠してたこともね」
そう言ってマリィちゃんの腕から頭を外すと、俺は体を起こしてその場で胡座をかく。さて、どこから話したものだろうかね……




