008
マリィちゃんの強烈な一撃によってボディをへこまされ、更に俺の撃ったとっておきで内部から爆発した金属の巨人は、腹から煙をモクモクと吹き出させたままその場を動く気配が無い。
「……やったか?」
「あ、アニキ! それは言っちゃ駄目な台詞だって!」
何故かタカシが焦ってそんなことを言ってきたが、勿論俺だってここで気を緩めたりはしない。そしてそれはマリィちゃんだって同じであり――
「やぁぁー!」
俺の攻撃で奴が連鎖で爆発したりすることは無さそうだと判断して、マリィちゃんが爆裂恐斧を振り上げ、動かないデカブツに更に追撃を加えようとする。
ギィン!
「くぅぅ、重い……っ!」
マリィちゃんの斧が当たる直前、奴の腕が素早くその刃の下に入り、マリィちゃんの爆裂恐斧を腕で直接受け止める。一見パワーファイターでありながら、その実腕力も体重もそれほどでは無いマリィちゃんは腕の一降りにてそのまま吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる直前で踏ん張って何とか体勢を立て直す。
「くそっ! 行けタカシ!」
紅血弾を生成している時間は無い。俺はあらかじめ作っておいた通常の対鋼貫通弾を3連射。だが1発だけボディに半分ほど食い込んだだけで、残り2発は装甲ではじかれた。どうやらほぼ垂直でない限り、対鋼貫通弾でも攻撃が通らないらしい。
「どれだけ固いんだよ糞っ!」
通常弾の10倍近い金と時間をかけて作ったのにこの程度の効果じゃ、割に合わなくて泣けてくる。だがそれでも通じる可能性のある弾はこれしか無いのであればこれを撃つしか無い。在庫は心許ないが、あんな至近距離で銃の方を使われたらマリィちゃんには回避する術が無い。
俺の攻撃を蠅でも鬱陶しがるようにして、奴の意識が再びこっちに戻ってくる。左腕の銃身が回転し、だが発射と同時にタカシの剣がそれを打ち付ける。銃弾は誰も居ないところを薙ぎ払い、デカブツの意識がタカシに向いたところで体勢を立て直したマリィちゃんが背後から足を一撃。軽くひしゃげたせいでバランスが取れなくなって、デカブツがその場に仰向けに倒れ込む。
明らかにでかい隙。紅血弾を仕込むならこのタイミングしかないが……内容をどうするかで、一瞬だけ逡巡する。
爆発は体内で起爆したのに効果が今ひとつだった。ならどうする? 生物なら焼くか凍らせるかが効くだろうが、明らかに金属の奴に効くかはわからない。稲妻なら効果はありそうだが、流石にあれだけ時間がかかる弾を準備出来るほど隙は作れないだろう。ならどうする? どうする? どうする……
「DDっ!」
普通なら油断とも言えないような刹那の隙。だがそういうものこそ致命傷を招くのだと、俺は十分に知っていた。知っていたつもりで……だが、徹底は出来ていなかった。
目の前に鈍く光る銀色の巨体が高速で迫ってくる。奴はまだ仰向けのままだ。だが奴の足はローラーになっていた。つまり倒れていても、足が接地していれば移動できるってことだ。
そして俺は部屋の中央奥に立っていた。奴の銃弾をタカシが反らしてくれたからこそ、俺は近くの机の影に隠れること無く、その場に立ったままでいた。隠れる一瞬の隙を惜しむあまりに、身を隠す一瞬の好機を逃していた。
危機感が意識を高ぶらせ、情報が加速していく。世界の動きがゆっくりになり、それでも尚高速のデカブツが、右手をこっちに突き出して向かってくる。
右か左か、どっちかに飛んで避けるしかない。だが飛ぶために足に力を溜める時間だけで、奴の刃が俺に届くことがわかってしまう。つまり完全な回避は不可能。ならどうする? 決まってる。出来ることは被害を最小限に抑えること。俺は精一杯の力で体を動かし、避けるのではなく、刃が垂直になるようにして……
どすっ
俺の体を音も無く貫いたデカブツの刃が鈍い音を立てて壁につき立つ。
「あああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
悲鳴のような声をあげて、マリィちゃんがこっちに突進してくる。だがデカブツもまた刃を引き抜いて応戦しようと試みるが……やらせねぇよ。
いつもの決め台詞もなく、震える指で引き金を引いて1発。それは狙いを過たず、デカブツの足下に命中して広がり……そして奴はもう動けない。
いくら壁に深く刃が刺さったと言っても、奴の力なら引き抜くのは簡単だっただろう。だが唯一の移動手段である足のローラーのところに油をばらまかれたら? 答えは簡単。滑って動けない。実に間抜けな話だが……現実の勝利ってのは、そんな間抜けな要因でたやすく決められることもある。毎回毎回英雄が格好良く必殺技でトドメ、なんてのは物語の中だけのことだ。
片足が歪んだせいで立ち上がれず、足を動かしてもローラー自体に油が絡んでいるから滑って動かない。右手の刃は壁に刺さったままで引き抜かなきゃ動かせないし、左手のガトリング銃じゃ近すぎる相手は狙えない。それでも少しの時間があれば、右手の刃を壁から引き抜くことも、腕をついて体を起こすこともできただろう。だがそんな猶予を与えるわけがなく、真っ赤な死神と化したマリィちゃんが、紅く滾る爆裂恐斧をデカブツの頭に振り下ろす。
デカブツの頭がひしゃげる。斧が振り下ろされる。頭に亀裂が走る。斧が振り下ろされる。装甲が砕けて中のパーツがはじけ飛ぶ。斧が振り下ろされる。煙を噴いてバチバチと火花が散る。斧が振り下ろされる。首からもげ落ち、数本のケーブルに寄って繋がるのみで宙ぶらりんになる。斧が振り下ろされる。完全に切り離され、ただの鉄くずになる。斧が振り下ろされ――
「マリィさん!」
タカシに背後から羽交い締めにされ、マリィちゃんの動きが止まる。
「離しなさいタカシ! こいつがDDを! この屑鉄が!」
「もう動いてないよ! これ以上やったって意味無いって!」
デカブツは、もう動いていない。一般的な機械人なら魔石は胸にあるはずだが、こいつは頭にあったんだろうか? 右手のみは壁に刺さっているからそのままだが、左手も足もダラリと垂れ下がり、ここからの復活は流石に無さそうだ。
「あぁ……あぁぁ……」
マリィちゃんが顔を押さえて泣いている。元々紅い目を更に真っ赤にして、その場に座り込んで涙を流している。というか、何で泣いてるんだ?
「あー、マリィちゃん?」
「…………え? DD? え、生きてる、の……?」
「いや、そりゃ生きてるよ。生きてるから、そろそろ下ろしてくれないかな? マリィちゃんがガンガンやってた振動もきつかったし……」
「下ろす……あ、下ろすのね。ど、どうすればいいかしら? タカシ、どうしたらいい?」
「えっ、オレ? えーっと……うわ、こんな糞重いものどうやって動かせばいいんだ?」
「あー、ほら、足下に油まいてあるから、それを広げて滑らせるとかどう?」
「あ、ホントだ。アニキ頭良いっすね。じゃ、オレが押すんで、マリィさんはアニキの体を……いや違うか。こいつの右手を支えてて貰っていいですか?」
「え、ええ。解ったわ。支えればいいのね」
そう言って、マリィちゃんデカブツの右手を両手で支え、念のため爆裂恐斧でも支えておく。その状態でタカシに押されてゆっくりとデカブツの体が滑り……やがて刃の先が壁から抜けて、腕がガクンと落ち込む。
「ぐおっ……」
「だ、大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫。そしたらタカシ、俺の体をゆっくりと刃から引き抜いてくれる?」
「わ、わかったよアニキ。でもこれ、抜いて平気なのか?」
「どっちみち抜かなきゃどうしようもないだろ?」
衝撃を与えずにこの刃だけを短く切り落とせるならそっちの方がいいが、タカシの剣じゃ鋭さが足りないし、マリィちゃんの斧はそもそもそう言う繊細な作業には向いていない。
おっかなびっくりタカシが俺の体を後ろへとずらしていき、程なくして俺の体から銀色の刃が完全に抜けた。瞬間俺の体からは明らかにヤバイ量の血が噴き出すが、今更どうすることもできない。
「あ、アニキ!? いや、これヤバイよ。絶対ヤバイって!」
「あー、大丈夫だから、そっと床に寝かせてくれる? 平らなところね」
「大丈夫なわけないじゃない! ねえDD、貴方本当に……」
「いや、本当に大丈夫なんだよ。俺がマリィちゃんに嘘をつくわけないだろ?」
「約束……覚えてるわよね?」
「ああ、勿論。だから死なないさ。とは言え少し寝るだろうから、その間は守ってくれると嬉しいかな。ほら、俺って寝込みを襲われちゃうくらいいい男だから」
「馬鹿な……馬鹿な事ばっかり言って……」
マリィちゃんの頬をぬらす涙を、震える手で必死に拭ってから、俺はそのまま眠りについた。ああ、またしても嫌な奴に会いそうだ……




