006
「うわぁ……」
休憩を終えて部屋を出ても、周囲に機械人の姿は無かった。流石にあれだけ倒せばすぐに追加は来ないのかと思い、警戒は残しつつも進んでいき、下り階段に辿り着いたその時。階段から見える階下には、ちょっと引くくらいにギッチリと機械人がひしめき合っていた。
「ごめん。私こう言うの駄目だわ。何か気持ち悪い」
若干顔色を悪くしたマリィちゃんが、そう言って少し下がる。丁度食事を食べたばかりというタイミングの悪さもあって、口に手を当て死んだ魚のような目をしている。
「これは……どうしようアニキ?」
「どうするって言われてもなぁ……」
正直、こんなにギッチリ詰まってたら機械人たちだってろくな身動きはできないだろう。というかここから見ただけでもまともに動けてる奴は1体だっていない。だからといってそこに突入すれば流石に押しつぶされるだろうし、頭を踏んで頭上を歩くなんてアクロバティックな移動はしたくない。一歩でも踏み外せばおしまいで、手くらいは伸びてくる可能性もある。
現実的に考えれば、殲滅は難しい。だが殲滅以外の方法でここを突破する手段も思いつかない。
「うーん。一番わかりやすいのはマリィちゃんの爆裂恐斧で吹き飛ばしまくることだけど、流石に遺跡の強度も心配だし、そもそもマリィちゃん本人がなぁ」
ちらりと視線を向けてみるも、マリィちゃんはその場にしゃがみ込んで動かない。乙女の嗜み、あるいは掃除人としての心得として吐いてはいないようだが、ツブツブしてたりグネグネしてたりするのはマリィちゃんの天敵なようだ。これで戦わせるのはいくら何でも無茶すぎる。
「前に使ってた、アニキの爆発する弾は?」
「あー、あれはなぁ……ここまで詰まっちゃってると厳しいかな」
『The Exploder』を使えば吹き飛ばすことはできるが、これだけ多いと爆発力をかなり抑えられてしまう。数を撃てばどうとでもなるが、明らかに「時間稼ぎの雑魚」であるこいつらで切り札を使い切ってしまうのは躊躇われる。休んで回復を待っている間に倒した以上の機械人が再生されてました、では笑い話にもならない。
「何か機械人の弱点とかって無いのかな? 何か知ってる?」
俺の問いかけにマリィちゃんは静かにゆっくりと無言で首を横に振り、タカシはその場で首を傾げて思案する。
「機械の弱点……水とか電気とか? でもこいつらって機械じゃなくて、金属部品を寄せ集めて動いてる魔物なんだよな? なら分類的にはゴースト? それともゴーレムなのかな?」
「さあなぁ……」
ゴースト系なら『不死祓い』が効きそうだが、どっちにしろそんな魔術を使える人間はこの場にいないので意味は無い。
「いや、まて。電気って稲妻のことだったか? あれだけ密集してれば1発でもかなりの数の個体に稲妻の力が伝わるはず……」
「感電させたって意味無いだろ? 機械……技術じゃないんだから、電気が余計に流れたって壊れるような物じゃないし」
「そうでもないさ。要は胸の所にある魔石に負荷がかかればいい。大量の稲妻を流してやれば、砕けなくても動作に問題が出るくらいにはならないか?」
「それは……やってみないとわからないけど。てか稲妻なんてどうするんだ? オレ稲妻の魔法なんて使えないぜ?」
「そこは任せろって。じゃ、ちょっと下がっててくれ」
俺はタカシを下がらせると、相棒に向かっていつもの『命令』を下す。
「接続。起動せよ『第2の銀』」
「イエス、マスター。リンケージ、オールグリーン」
いつもの通りに相棒が目を覚まし、いつもの通りの機械音声が辺りに響く。
「精神同調 接続臨界 50%」
いつもよりも高い同調率を指定。これから作る弾丸には、最低でもこの数値が必要になる。使用後の体の負担は大きくなるが、それに見合う効果を発揮してくれるならやぶさかでは無い。
「オーダー、アクセプト。マインドハーモナイズ、リンケージスタート」
「紅血弾 生成開始 内容物指定 偽弾No.5」
「オーダー、アクセプト。ブラッドバレット、クラフタライズ……コンプリート」
俺の体から血が抜けて、できあがるのはジェシカの銃の弾丸。だがこのままでは中身が空だ。そいつを充填すべく、俺は更に『命令』を重ねる。
「電撃弾 充電開始」
「オーダー、アクセプト。ライトニングバレット、チャージアップ。カウント120」
紅血弾の時とはまた違う、体中から力が抜けていく感触。立っていることすらできず、俺は思わずその場で尻餅をついてしまう。
「アニキ!?」
「大丈夫だ。気にするな」
心配して声をかけてきたタカシにそう答え、俺はひたすら作業の完了を待つ。立てないほどの脱力に加えジェシカの100倍の準備時間となれば実践での実用性は皆無だが、幸いにして今は機械人たちが階段を上がってくる様子も無い。じっくりと時間をかけて準備できる。
「……2、1、フルチャージ」
長い長い時間が過ぎて、遂に弾丸が完成する。純粋に稲妻の力を撃ち出すだけの劣化コピー弾だが、出来るとわかって試したときに確認した威力は折り紙付きだ。
「穿て! 『The Lightning』!」
相棒の銃口から、青白く輝く閃光がほとばしる。瞬きするよりも速くそれは階下にいた機械人の1体に命中し、次の瞬間。
バリバリバリバリッ!
大気を引き裂く雷鳴の如き爆音が鳴り響き、巨大な塊と言えるほどに密集していた大量の機械人たちの間を莫大な稲妻が走り抜ける。その力は行きて戻りて機械人達の間を巡り、数秒の間青白い火花が飛び散り続けて――後に残るは屍の山。どうやら想定以上の負荷がかかって、ほぼ全ての機械人の魔石がはじけ飛んだらしい。
「うぉぉ! スゲェ! スゲェよアニキ!」
「……終わった? もう動いてない?」
「ああ、終わった。動いてないから大丈夫だよ」
目をキラキラさせてはしゃぐタカシがまず俺の側に飛んできて、ふらふらよろめくマリィちゃんは後を追うようにゆっくりとこっちにやってくる。
「ああ、大丈夫みたいね。良かった……」
「マリィさんでも苦手な物ってあるんだな。あ、じゃあこのケーブルとかがうねうね動き出したら……」
「辞めてタカシ。本気で斬るわよ?」
調子が戻ったマリィちゃんが、キレのある動きでタカシの首に爆裂恐斧の刃を当てる。その一瞬の早業は、まだまだタカシには見切るどころか対応すらできない。
「うぉぉ!? ちょ、冗談だから辞めて、辞めてくださいマリィさん!」
「全く……言って良いことと悪いことの区別くらいつけなさい」
「はいはい。二人ともそのくらいだ。じゃ、降りるぞ?」
言ってマリィちゃんに視線を送れば、彼女が先頭になって階段を降りていく。次は俺で、殿はタカシだ。残敵に警戒しながら階段を降りていけば、いよいよ地下2階。敵の「親玉」とやらがいるなら、そろそろ本気を出してくる頃だろうが、果たして……




