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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第五章 悪魔の憂鬱

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011

 それから暫く、俺たちは4人揃って同じ日々を過ごした。ビィナ嬢との会話は魅了の力なんてむしろ邪魔だと思えるくらい楽しかったし、パレオの無邪気さ素直さは、俺たちの間でいつも笑顔を生み出していた。

 夜は夜でそれぞれの部屋にどちらかの夜魔族サキュバスが行って……そう、意外なことに俺の所にパレオが来てくれたのだ。「ビー姉ちゃんにちょっとだけ事情は聞きました。本当に仕方の無い糞ヘニャチン野郎ですね」などとあきれ顔で言いつつも、俺を抱きしめて頭を撫でてくる様はとても優しくて、思わずちょっとだけ涙がこぼれたのは絶対に秘密だ。まあ俺が知らないところで面白おかしく情報が共有されている可能性は否定出来ないが、俺が知らなければ秘密が守られているのと同じなのでそれでいい。面と向かってからかわれたら……その時はまあ、照れ隠しにデコピンでもやってやればいいだろう。


 そうして朝を迎えると、それぞれの腕にそれぞれの夜魔族サキュバスが絡みついているようになる。パレオが「ヤバイです。何かドネットが可愛く思えてしまいました。生産性皆無の腐れヘニャチン野郎なのに、なのに……うぅ」と告白し、ビィナ嬢が「パレオにもちゃんと母性本能が育ってるようで嬉しいわ。でも駄目男に騙されないように教育もしなくちゃね」と嬉しそうな、それでいて困ったような表情でこぼしていたのが印象的だった。そうして腕を絡めたまま昼間を過ごし、夜になったらパートナーを交代。朝になったら夜を過ごした相手と一緒に過ごして……というのを幾度か繰り返した、そんなある日。


「さて、それじゃそろそろ出発しようかしら」


 みんなで揃って朝食を食べている時に、不意にビィナ嬢がそう口にした。


「そっか。どっちの方に行くんだ? 俺たちは本拠地(ホームタウン)に戻るから、ここからだと東の方に行くんだけど」


 わかっていた。別れは必ずやってくる。今過ごしているのはうたかたの夢。長い人生の中にある、ほんの一時の休息。

 だからこそ、俺は努めて軽くそう口にする。未練がましく追いすがるなんて、いい男のすることじゃない。


「そうねぇ……ボウヤ達が東に行くなら、私は西にしようかしら? パレオはどうするの?」


「そうですね。ビー姉ちゃんと一緒だと私が食える……ヤれる……ハメられる……」


「はぁ……もういいから普通に喋りなさい」


 あきれ顔で首を振るビィナ嬢に、パレオの顔がパッと輝く。


「あ、そうですか? なら改めて……ビー姉ちゃんと一緒だと私が食える男が減りそうなんで、私は北の方にでも行ってみることにするです。混浴温泉でも漁れば、モノを見ながらよりどりみどりですからね」


 何というか、パレオも相変わらずだ。全く寂しがる様子がないのは、彼女たちこそ短期間での出会いと別れを繰り返すのを日常としているからだろう。


「じゃ、ここでお別れね。すぐに立つの?」


「ええ。私は朝食を終えたら行こうと思うけど」


「あ、じゃあ私もそうするです。夜魔族サキュバス的に、あんまり同じ所に長期間留まるのは良くないですからね。身バレすると面倒なのが沸いてくることがありますから」


夜魔族サキュバスも大変なのねぇ。あれ、でもそれじゃあ貴方達のお母さんはどうしてるの? 実家があるって言ってたと思うけど……」


「ママは普通に定住してます。あの町は何というか……もうそう言う問題が起こりようが無いくらい、大量のパパが存在してますから……」


「……ああ、そういうことになってるのね……」


 町中ほとんど穴兄弟という恐ろしい事実に、流石のマリィちゃんもやや引き気味だ。というか、もしビィナ嬢のお誘いを受けていたら、そんな町で子育てすることになってたのか……というか、俺もそこに入るんだよな。うわ、想像するだけで鳥肌が立つ。処女崇拝なんて考えは全く持ってないが、そうは言っても自分の妻や義母が顔見知り程度の町の男全員と関係があるっていうのはちょっと厳しい。どうしても反りが合わない奴と喧嘩して帰ってきたら「でもアイツのは凄く具合がいいのよ」なんて囁かれる日々は、いかにいい男たる俺の懐が深いとはいえ、胃に穴が空くのは確実だ。


 そんな感じで雑談をしていれば、最後の朝食はすぐに食べ終わってしまう。食後の珈琲までゆっくり口にしてから、俺たちは全員で食堂を出て大通りにて向かい合う。


「じゃあねボウヤ。次に会ったときに貴方の体質が治ってたら……その時は改めてじっくり楽しみましょう。マリィも、女の子は久しぶりだったけど楽しかったわ」


「ありがとうビィナ嬢。随分と世話になった……また会ったら、こっちこそ頼むよ。ああでも、魅了テンプテーションは辞めてくれよな?」


「楽しかったわビィナさん。素敵な夜をありがとう」


 笑顔のビィナ嬢に、俺もマリィちゃんも感謝の言葉を告げる。彼女との出会いは俺にとって大きな意味があった。具体的な問題解決に繋がる何かがあったわけじゃないけど、彼女にはき出したことで俺の心は随分と楽になった。その礼はこんな言葉程度じゃ到底伝えきれないが、言葉以外のものを贈るには野暮ってものだ。


「私も楽しかったですお姉様。お姉様の絶妙なテクをこの身に刻んで、男も女もひーひー言わせる超夜魔族スーパーサキュバスになれるように今後も精進を続けますね!」


「そ、そう? まあ頑張ってね」


 胸の前に両手で拳を作って力説するパレオに、マリィちゃんが軽く引きつった笑みで返す。その態度からすると、相当凄い何かを教えた、というよりヤったんだろうなぁ。一度くらいなら体験してみたい気もするけど、後戻りできない気がするのと、何故か尻がムズムズするのでお願いしないのが正解だろう。


「あと、ドネット! お前は……あれです。何かいい感じに頑張ればいいのです。ちょっとくらいなら応援してやるので、せいぜい体質改善? とやらに励むがいいです」


「お、おう? ありがとうなパレオ」


 ちょっとだけ頬を赤らめて、パレオがそっぽを向く。あんなに残念だった夜魔族サキュバスなのに、今はこうやって時々可愛い反応をしてくるから扱いに困る。


「あらあらあら? これはひょっとして姉妹で落とされちゃったのかしら? ボウヤったら可愛い顔して色男なのね?」


「ちょ!? ビー姉ちゃん!? 違います! そう言うのじゃありません! これはその……この糞ヘニャチンが毎晩私のおっぱいを吸いながら寝るので、ちょっとだけ情が移ったというか、そういう感じなのです!」


「ちょ!? おま!? それ今言うか!?」


「へぇ。DDってそんなことしてたのね……」


 パレオの漏らした恥ずかしい秘密に、マリィちゃんがピクリと眉を動かして言う。うわ、これ絶対後でいじられる奴だ。下手すりゃ年単位でからかわれるネタだ。この残念夜魔族サキュバスめ、最後の最後で最悪に残念なことをしやがって……


「ふふっ。本当に最後の最後まで楽しかったわ。それじゃ、またね」


「お姉様もドネットもまたですー!」


 あたふたする俺を尻目に、二人の夜魔族サキュバスは手を振ってからその場を歩き去って行った。最後の残り香がふわりと鼻をくすぐれば、あとには何も残らない。見えなくなった背中から視線を切り、それでも残った記憶だけを心の片隅に沈めてから、俺は大きく息をついた。


「ふぅ。本当に嵐のような姉妹だったな」


「そうね。でも二人とも良い人たちだったわ」


 そう言うマリィちゃんの声には、ほんの少しだけ寂しさが見える。慣れることと感じなくなることは違う。別れが寂しいと思うのは、いつだって当たり前だ。それでも俺たちは立ち止まるわけにはいかない。休息の時間は終わり、俺は一歩足を――


「そう言えば、DDってまだ童貞なの?」


 マリィちゃんから飛び出した意外な問いに、俺は思わず踏み出そうとしていた足を引っ込める。


「え、そうだけど……それがどうかしたの?」


「いえ。DDがいいって言ったから、私もビィナさんから多少の事情は聞いてるんだけど……ビィナさんが相手なら、童貞を捨てられたんじゃない? 彼女なら妊娠しないんでしょ?」


「…………はっ!?」


 言われて始めて、その事実に気づいた。そうだ。いかに俺の体質であっても、そもそもその機能が無い夜魔族サキュバスを妊娠させることなんてできるわけがない。そしてあれだけ夜を共にしたんだから、ビィナ嬢は勿論、あるいはパレオだって本番行為を拒んだりはしなかった可能性が高い。なら別に無理に暴発させなくたって、何の心配も無く普通に童貞卒業はできたわけで……


「あああぁぁ!? そう、かぁ…………」


 俺はその場で膝をつき、両手を地に着けて倒れそうな体を辛うじて支えた。逃した魚はあまりにも大きい。とはいえ、ここで必死に追いかけるのはいくら何でも格好悪すぎる。


「あー、まあまた会ったら、その時に頼めばいいわよ。それか、ひょっとしたら他の夜魔族サキュバスに会うこともあるかも知れないし……」


 憐憫のまなざしで俺を励ましてくれるマリィちゃんに答えて俺が立ち上がれたのは、結構な時間がたった後のことだった……

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