007
「さてさて、依頼はと……ワイルドベアの討伐と毛皮の入手……俺はともかく、マリィちゃんが殴ったら毛皮は無理だよな……倉庫整理……流石にD級の仕事はなぁ。報酬安すぎるし。ほかには……うわ、まだオークの体積採取があるのか」
「DD、貴方そんなにオークと組んず解れつしたかったの? 流石にその趣味があるなら、相棒は考え直したいんだけど」
「マリィちゃんわかってて言ってるよね? 俺がいくらいい男でも、流石にオークはなぁ」
「はいはい。馬鹿言ってないで依頼を探しましょ」
「えー、言い出したのマリィちゃんじゃん……」
そんなことをだべりつつ、依頼掲示板を眺めていく。流石に協会の依頼掲示板だけあって、載っている依頼の数そのものは多いんだが、今ひとつピンとくる感じの依頼がない。
「うーん。あ、この辺とかどう? レプルボアの討伐」
「悪くは無いけど……目的地の村まで片道5日だと、出来れば運搬系の依頼も一緒に受けたいわね」
「それだったら……」
「おぅ一発屋! また会ったな!」
あれこれと仕事を検討中の俺たちに……まあ、正確には俺に、突然横から聞き覚えのある声がする。見れば、昨日の髭面ハゲマッチョ。名前は……えーと。
「ああ、昨日の。何かご用で?」
ふっ。いい男は、時には優しい嘘で悲劇を誤魔化すこともあるのさ。
「なぁに、姿が見えたから声をかけただけだ。俺様に話しかけられるなんて、光栄だろう?」
「はぁ……」
「ねえDD、こちらは?」
事情は知ってても人物は知らないマリィちゃんは、一応丁寧語で聞いてくる。
「ああ、ほら、昨日ちょっとあった人だよ」
「あぁ、昨日の……」
そして、事情と人物が一致したところで、マリィちゃんの目から急速に熱が消えていく。
「ん? 何だこの女……いや、一発屋と一緒にいるってことは、ダイナマイト・マリィか!」
「その呼ばれ方好きじゃないんだけど……まあ、一応そのマリィよ。ブランドルさん」
俺が呼ぶと軽くにらまれる感じになる自らの二つ名を呼ばれ、やや拒絶するような口調で言うマリィちゃんに、しかしハゲマッチョはひるまない。
「ハッハッ! 俺を知ってるとは、そこのヒョロガリとは違って感心だな。どうだ? そんな奴から乗り換えるなら、俺が可愛がってやるぜ?」
「残念だけど、お断りするわ。私、乗るなら可愛い女の子にしてるから」
「おいおい、そっちの趣味かよ。だがまあ、そんなのは本物の男を知らねぇからだ! 一発屋じゃ、そりゃ満足なんてできないだろうしな! ガーッハッハ!」
うわぁ、これだけはっきりマリィちゃんが拒絶の色を出してるのに、一切意に介さないとか、逆に凄いな……しびれも憧れもしないけど。
「とにかく、貴方みたいなのはおよびじゃないの。悪いけど……」
いい加減ウンザリした表情のマリィちゃんに対して、無謀にもハゲマッチョが手を伸ばしてくる。
「ゴチャゴチャうるせぇな。いいから黙って……うおっ!?」
ハゲマッチョの巨体が一瞬浮いて、その場に倒れる。マリィちゃんが足払いをかけたのだ。
「じゃあね、坊や。お山の大将ごっこは、自分の家でやりなさい」
ひらひらと手を振って、マリィちゃんが颯爽とその場を去ろうとする。だが、自分が転ばされたことに気づいて、頭から煙を噴いているハゲマッチョが、このままでいるはずがない。
「っざけんな糞アマ! ぶっ飛ばして!?」
力任せに殴りかかってきたハゲマッチョの拳を、マリィちゃんが止める。といっても、力任せに止めたわけじゃない。拳の前に手のひらを突き出して、柔らかく受け止めただけだ。
相手の拳の勢いで、自分の体を半回転させ、相手の拳の勢いのまま、マリィちゃんの左手が、ハゲマッチョの右手の関節を突く。
当然ハゲの腕が曲がり、力の方向が変わった瞬間に、マリィちゃんの右手が左側……ハゲマッチョの拳が曲がった側に押し込むことで、ハゲマッチョの体がその場でクルリと回転して、なすすべもなく再び地面に倒れ込む。
これが、マリィちゃんの強さ。女性であり、腕力ではどうしても劣るマリィちゃんが、それでも超近接型で戦い抜ける理由。力の流れを知り、操り、支配する、神の如き体裁き。
「流石マリィちゃん」
思わずパチパチと拍手してしまう俺に、マリィちゃんは珍しくちょっとだけ照れた表情を見せる。
「言うほど凄くはないのよ? 私は上級者の自覚はあるけど、達人とかじゃないんだし。このくらいなら、貴方……は無理でも、リューなら頑張ればなれるわよ」
「え、褒めたのに俺ディスられてない?」
「だって、貴方体固そうだもの」
「ああ、それなんだ。そう言われちゃうとなぁ……まあ、いい男にはちょっとくらい欠点も必要だよな」
いつも通りの会話を繰り広げる俺たち。だが、2度も転がされ、完全に存在を無視されたハゲマッチョは、遂に腰の武器へと手をかけ……次の瞬間。
「おっと、その手を動かすのは、おすすめできないな」
俺の相棒の銃口が、ピッタリとハゲマッチョの頭に狙いを定めていた。
「ぐっ!? なっ……」
「それを抜いちゃったら、喧嘩じゃないからな。俺の相棒に手を出すのは、流石に見逃せないなぁ……どうマリィちゃん。惚れちゃった?」
「はいはい、惚れないわよ」
「くっ、そっ! 糞がっ!」
「ブランドルさん」
怒りやら屈辱やらでタコみたいに真っ赤になったハゲマッチョに、リューちゃんの冷徹な声がかけられる。
「昨日に引き続き、連日のトラブル。おまけに協会内での戦闘行為は、流石に看過できません」
「何言ってんだリュー! 戦ったのはそこの糞アマだし、武器を抜いてるのは一発屋だろうが!?」
吠えるハゲマッチョ。だが、それに同意する奴は誰もいない。手下を引き連れるような奴だったなら騒ぐのもいたんだろうが、どうやらこいつは孤高のハゲだったようだ。
「ブル・ブランドル。貴方のB級認定を取り消し、ただ今をもってC級へと降格します。また、以後も問題行動が続くようでしたら、最悪登録証の取り消しもありますので、ご留意ください」
登録証の取り消しは、協会が与えるペナルティとしては、ほぼ最大のものだ。これより上となると剥奪だが、それはもう「ギリギリ犯罪者ではない」というレベルなので、二度と登録証の取得はできないし、当然仕事も受けられなくなる。
つまり、取り消しなら再度D級から始めれば一応掃除人は続けられるが……取り消されてから再起して大成した掃除人は、俺の知る限り一人もいない。
「糞っ! 糞っ! 糞っ! どいつもこいつも糞野郎どもがぁぁぁぁぁっ!!!」
負け犬の遠吠えというに相応しい、でかいだけの叫びを残して、ハゲマッチョが協会から、逃げるように飛び出していった。