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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第五章 悪魔の憂鬱

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009

「ふぁぁ……おはようマリィちゃん」


 いつもと同じで、いつもとは違う朝。あくびをかみ殺しながら普通に起きてきた俺を、マリィちゃんが驚きの表情で見つめてくる。


「おはようDD。その様子だと……昨日はしなかったの?」


「えっ!? ビー姉ちゃんと一緒にいながらヤらなかったんですか!? あり得ないです。どんだけヘニャチンなんですか!?」


 優雅にカップを傾けながら問うマリィちゃんと、口の周りにソースをべったりくっつけたまま喋るパレオに、俺は苦笑いで答える。


「いや、いつも通りの夜は過ごしたよ? ただまあ、ビィナ嬢の包容力が凄かったというか……」


「ふふっ。そうね。ボウヤったら私の胸の中でぐっすりだったものね」


 一歩遅れて俺の後ろをやってきたビィナ嬢に楽しそうにそう言われて、俺は何とも居心地悪く頭を掻いて視線を床に落とす。実際その通りだったしビィナ嬢には感謝しかないが、だからといってこのばつの悪さはどうにもならない。


「驚いた……DDってそんな顔も出来るのね。もう何年も一緒にいるけど初めて知ったわ」


「マザコン野郎が赤ちゃんプレイですか。その手の性癖の相手だと流石にビー姉ちゃんには敵わないですが……はっ!? ドネットが復活しなかったのはその特殊性癖のせいですか!? うぅ、自分の若さが恨めしいです……」


「ねえパレオ。それは暗に私が若くないって言ってるのかしら?」


「え!? まさかビー姉ちゃん、自分が若いとか言うつもりですか?」


 夜魔族サキュバスの姉妹の視線が混じり合う場所で、バチバチと火花が飛ぶのが幻視できる。が、年齢の話題なんてデリケートなものに俺から切り込むのは無謀ですらない。いい男はいつだって空気を読むものだ。


「そう言えば、お互いの年齢なんて話題にしたこと無かったわね。そういうのって聞いてもいいものなのかしら? あ、ちなみに私は23で、DDは25よ」


 と、俺が日和っていたところにあっさりとマリィちゃんが介入し、あと凄く自然に俺の個人情報が開示された。まあ登録証(ライセンス)に書いてある情報だから秘密でも何でも無いけど。


「歳ですか? 私が33歳で、ビー姉ちゃんが54歳……」


「違うわよ! 私はまだ53歳よ!」


「あー、そうでしたっけ? まあそんな感じです」


 予想を大きく違えるその答えに、俺は思わず二人の姉妹の顔を交互に見てしまう。実に失礼な行動だが、そうしてしまうくらいの衝撃だ。


「え、嘘!? パレオ貴方、私より10歳も年上なの?」


「そうですよ? 夜魔族サキュバスは大体12歳くらいまでは普通に成長しますけど、その後は成長というか、老化速度が極端に遅くなるのです」


 得意満面で言うパレオに、だが俺は今度こそツッコミを入れずにはいられない。


「俺よりもずっと年上なのに、その子供っぽさなのか……?」


「誰が子供ですか! 子供にこんな立派なおっぱいがあるわけないじゃないですか!」


「胸の大きさと精神年齢は関係無いだろ……ねぇマリィちゃん?」


「はっ! この流れで私に話を振るような男と交わす言葉は無いわ。ほらパレオ、こんな男どうでもいいから、さっさとご飯食べちゃいなさい」


「はーいですお姉様!」


「あっれぇ!? いつの間にか孤立無援とか酷くない?」


 俺の言葉に、しかしマリィちゃんはもう何も答えてくれず、パレオも黙々と豆を匙で掬って口に運ぶ作業を再開し始めた。え、何だろうこの状況。俺はここで泣いていいんだろうか?


「ハァ……仕方ない子たちね。いいボウヤ? 精神年齢っていうのは、どれだけ生きてきたかじゃなく、どんな風に周りに扱われてきたかで育つものなの。20歳の外見で100年生きたとしても、周囲が20歳としてしか扱わないなら精神年齢は20歳のままだわ。逆に10年しか生きてなかったとしても、周囲に助けてくれる人も無く、たった一人で強く孤独に生きなければならなかったような子供だと、あり得ない程達観した精神を持っていたりもする。

 勿論根底には過ごしてきた時間分の経験が積み重なっているから、子供扱いされ続けた大人であっても必要な時には冷静な判断を下せたりするし、逆に大人にならざるを得なかった子供は経験不足からちぐはぐな決断をしたりもする。


 若い頃から掃除人として活動していたボウヤなら、心当たりはあるんじゃない?」


 そう言われれば、思い当たる節はいくらでもある。というかまさに俺のことだ。6歳で孤児に、そして掃除人になった俺はずっと大人の世界で生きてきた。周りの子供達が何も考えずに町ではしゃぎ回っている頃、俺は既に命のやりとりで金を稼いでいた。周りの子供より間違いなく大人だった俺が、その実大人になったフリでしかなかったなんてことは、今更蒸し返すまでも無い過去のことだ。


「なるほどねぇ。そう言われたら納得するしかないな。とするとパレオは、さしずめ30年分の経験を積んだ17歳、とかかな?」


「そうね。大体そのくらいなのかしら? だからまあ『永遠の17歳です!』とか言ってる馬鹿な妹も、もう少し時間が経てば落ち着くわよ……それはそれでちょっと寂しい気もするけどね」


 そう言って優しく笑うビィナ嬢の顔には、俺に見せた母性愛とは違う、家族愛のようなものが見て取れる。


「いいねぇ、家族。俺もいつかは、自分で家庭を持ったりするのかな?」


「あらDD、結婚願望なんてあったの?」


 やっとご機嫌が直ったらしいマリィちゃんが、俺の呟きに反応して声をかけてくる。


「そりゃまあ、人並みにはね。といっても『結婚して子供が欲しいから恋人を探す』みたいな事をする気は無いから、まあ良い出会いがあったらってところだけどね」


「そうなの、奇遇ね。私もそんな感じだわ」


「そっか。まあマリィちゃんなら引く手あまただろうけど、俺の方はまあ、アッチの方に問題があるから大分前途多難なんだよね……」


 そう、結局の所ビィナ嬢は俺の心情を見抜いただけで、俺の問題を解決してくれた訳じゃ無かった。つまり依然として俺は童貞であり、そして今後も童貞であり続ける可能性が高い。結婚して子供を作ること自体は可能だろうが、旦那が自分だけ事を済ませるといきなり落ち込んで朝までグダグダしている……となったら、嫁さんにとっての夫婦生活は地獄だ。そんなところに嫁いでくる物好きな女性がいるとは思えない。だがそのハードルをクリアして貰わなければ俺と一緒にはなれないというのだから、現実的には結婚は無理だろう。全てを知った上でそれでも一緒に一晩過ごしてくれた女性なんて、それこそ一人しか・・・・いない……そう、今俺の隣にいるビィナ嬢だけだ。


「あら? 何ボウヤ?」


「……いや、何でも無いよ」


 思わず彼女の顔を見てしまった俺だが、その言葉に静かに首を振る。ビィナ嬢は極めて魅力的な女性だが、生命維持のためとはいえ不特定多数の男と常時関係を持つ必要がある相手を嫁にしたいとは思わない。彼女にしたって、一人の男に縛られるなんて窮屈なことは嫌だろう。いい男は肝要なものだが、だからって嫉妬心が無いわけじゃないんだから。


「……そうね。ボウヤと結婚してあげることはできないけど、望むなら赤ちゃんくらいは産んであげましょうか?」


 そんな俺の小さな悩みを、ビィナ嬢の投下した特大の爆弾が吹き飛ばした。

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