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硝煙の幻想郷《ファンタジア》  作者: 日之浦 拓
第五章 悪魔の憂鬱

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004

「ふぅ。やっと開放されたな」


「そうね。悪い娘じゃないとは思うけど、ちょっと賑やかすぎるのは玉に瑕ね」


 早朝というにはやや遅いくらいの時間になった表通り。俺たちは連れ立って歩きながら、さっきまでの出来事を話し合っていた。


「にしても、ベッドの上で運動会をして疲労じゃなく回復になるとか、本当に夜魔族サキュバスってのは俺たちとは違う種族なんだな」


 しみじみと言う俺に、マリィちゃんも深く頷く。それこそまさに半人半魔と言われる所以だ。人の形をし人の言葉を話すが、人とは違う生命体。一般的な獣人なんかと違って子を成す手段すら違うとなれば、見た目がどれだけ近くとも中身は果てしなく遠い。


「てか、それだとマリィちゃんと寝るのは疲れるだけなのか?」


「そうでもないみたいよ? 確かに男に比べれば吸収率は落ちるけど、女性相手でも体液を介して生命力? みたいなものを吸収してるみたいね。食事も普通に食べられるけどあくまでそっちがメインで、生命力が切れると死んじゃうんですって」


「ふーん。つまり男女問わず誰かと寝続けないと生きられないってことか。義務ってなると、羨ましいとは違うなぁ」


「それはそうでしょ。生命維持に必要ってことは、好みで選ぶのは余裕のあるときだけになっちゃうのよ? むさい中年と寝ないと死ぬみたいな状況に陥ったら、私なら愕然としちゃうもの」


「あー、それは確かに」


 そう考えると、パレオの境遇には哀れみすら感じる。もうちょっと優しく接してあげてもいいかなと思ったりもするが、そもそも俺の方が役立たず・・・・認定されているので彼女からお誘いを受けることはまず無いだろう。


「……それで、結局パレオとはどの程度一緒にいるつもりなの?」


「そうね……まあ3日くらいかしら? 夜魔族サキュバスなんて珍しい娘を相手に出来るなんて滅多に無いでしょうから、そのくらいは楽しみたいわね。いいかしら?」


「了解。じゃ、とりあえずそのくらいはのんびりしますか」


 マリィちゃんの要求を受けて、俺は特に悩むこと無く了承を返す。今は懐に余裕もあるし、特に仕事の予定も入ってない。それなら相棒(パートナー)のために3日程度休日を過ごすのに特に迷うこともない。


「それじゃ、どうしよっかな……俺の方は、すぐに受けないにしても依頼掲示板(オーダーボード)のチェックはしておくかな?」


「そう? それじゃ私は……そうね。ちょっと道具屋に行ってこようかしら?」


「……それってひょっとして、裏通りの方?」


 俺の問いに、マリィちゃんの瞳が怪しく光る。


「勿論。せっかく3日もかけてじっくり遊べるなら、色々あった方が楽しそうでしょ?」


「あー、俺はほら、道具とか薬とか、そういうの使わない方だから……」


「あら、そう? 1人でも2人でも、男でも女でも楽しめるように色々なモノがあるのに……プレイに幅を持たせるのはマンネリを避けるコツよ?」


「マンネリを感じるほど特定の相手と寝たことは無いなぁ……」


「ふふっ。それは私もそうだけど、色々な初めて・・・を貰うのは楽しいものよ? じゃ、私はこっちだから」


「OK。じゃ、また後で」


 俺の言葉に手を振って答え、マリィちゃんが奥まった方の路地へと消えていく。いかに日が高いとはいえ女性一人が歩くにはあまり適さない感じの道だが、その辺のチンピラがマリィちゃんをどうにかできるとは思えない。ここは心配するだけ野暮ってものだろう。


「さて、それじゃ俺は一人寂しく依頼掲示板(オーダーボード)を見に行きますか」


 そんな呟きを残しつつ、俺は残りの道を歩む。と言っても目的地なんてすぐそこだ。10分も歩けば到着し、でかい板に張り出された厄介事の紙の束を端から順に眺めていく。今回はよほど美味しい仕事でもない限り受けるつもりはないから、報酬や条件よりも、興味を引きそうな内容の方を重視だ。


「朝だから数はあるけど、まあ大体は護衛と討伐だよな。特に面白そうなのは……うぉ、この依頼まだあったのか……」


 思わず手に取ってみたのは、オークの体液採取依頼。誰も受け手がいないのか、あるいはごく稀にいる程度では足りないのか、微妙に報酬の金額があがっている。


「へぇ。こんな感じになってるのか……」


 今までオークの体液採取というだけでそれ以上見ることは無かったが、こうして改めてじっくり見てみると、当たり前だがちゃんと仕事内容の詳細が書いてある。オークの好む性癖やプレイ内容、追加されたオプションを満たすことで段階的に報酬にボーナスが付くとか、読んでみると意外と面白い。勿論自分でやるのは絶対に御免だが。


「あら、ボウヤはそういうのがお気に入りなの?」


 不意に、俺の背後から声がかかった。強く雄の本能を刺激してくるその妖艶な響きに、俺は思わずガキみたいな速度で振り返ってしまう。


「フフッ。そんなに勢いよく振り返らなくても消えたりしないわよ?」


「あ、ああ。そうだな。いや参ったな。ははは……」


 乾いた笑いを返しつつも、俺の視線はその女性から外れることは無い。亜麻色の髪は花が咲くようにアップで纏められ、薄く青みがかった瞳は吸い込まれそうな程に深く、真っ赤なルージュの引かれた肉厚の唇があまりにも艶めかしい。

 はち切れそうな大きさなのに決して型崩れしていない胸と、どっしりと重量感のあるヒップ、その間にある一般的な女性からするとやや太めな、だがこの体のバランスの中ではこれ以外あり得ないというレベルの最適な細さの腰を絹のような質感の光沢のある服が覆い隠し、その様相はこんな日の高い場所には似つかわしくない、まさに夜の蝶といった感じだ。


 そんな女性が、スッと俺の隣に寄ってくる。そのまま依頼書を持った俺の手に自らのほっそりとした手を重ね、そのまま俺の腕を抱きしめるような形に体をすり寄せ、楽しげに小さく笑う。


「こんな依頼を検討するほどお金に困ってるの? それとも、こんな依頼を検討しちゃうほど溜まってるのかしら?」


「いや、これはまあ、何となく興味本位で……」


 胸の動機が収まらず、股間が痛いほど張り詰めているのがわかる。顔を寄せられ耳元で囁かれるだけで、知性も理性も蕩かされるような気がする。


「そうなの? 確かにオークって激しそうですものね。でも個人的には、ちゃんと私を見て可愛がってくれる人の方が好きよ? もしくは、私が可愛がってあげられる人かしら? ボウヤはどっちがお好みかしら?」


「お、俺かい? 俺は、その……どっち? どっちも良さそうな気がするけど……」


「フフッ。欲張りさんなのね。じゃあ私がいっぱい可愛がってから、私のことをいっぱい可愛がって貰おうかしら? まさか嫌なんて言わないでしょ?」


 そう言って、彼女の指が俺の股間を一撫で。ただそれだけで背筋に電流が走ったように全身がしびれる。ジェシカに食らった稲妻よりも、何十倍も刺激的だ。

 だが、ここでただ屈するわけにはいかない。何せ俺はいい男だ。お誘いを受けるのはやぶさかじゃ無いが、主導権を握られっぱなしなのはあまり楽しくない。


「お付き合いするのは構いませんが……その前に1つだけ」


「あら、なぁに? まさか我慢出来なくてここでシたいとか? ボウヤったら、顔に似合わず大胆なのね」


「貴方の妹さん……パレオを預かっています」


 パリンという音が響いて、俺の世界に光と音が戻ってきた。のぼせ上がっていた思考が冷え、周囲の視線と喧噪が感じられるようになる。負けてもおそらく大した問題はなかっただろうが……とりあえず、賭は俺の勝ちのようだ。

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